「嫌な女」


そうハッキリ言われたのは、初めてだった。

何度か敵対心を剥き出しにして私を睨みつける女や陰口なら腐るほどあったが、正面きって喧嘩を売られたのは初めてだった。

私は、真っ直ぐな彼女の目が、とても気に入った。

むしろ、愛しいとさえ感じた。

そんな彼女の瞳は、私への憎悪でいっぱいだったわけですが。


は、あなた如きが貶していい人ではありません」


苛立ちを顕にする骸。

彼からは殺意が漲っており、彼女は恐怖に顔を歪ませた。









独自論とその展開






















彼女のことを私は知らない。

しかし、彼女は私を随分と前から意識していたらしい。

彼女は、六道骸の恋人だ。

セフレにすぎないのかどうかは知らないし、関係ないので興味もない。

そんな骸の傍にいる私。

同じボンゴレファミリーの幹部なのだからしょうがない事なのだが、マフィアではない彼女にとってはとても邪魔な存在らしい。

ある日、リボーンと雲雀と三人で街中を歩いていて、骸と彼女の修羅場に遭遇した。

最初は、骸と知らない女の声がして、それが何だか女に怒鳴られているようなので、私とリボーンは好奇心丸出しでその現場にコッソリと近付いた。

雲雀は興味を全く示さなかったが付き合ってくれていた。


「骸は結局、私なんて愛していないんでしょう!?」

「何を言っているんですか? あんなに何度も僕と寝たじゃないですか」

「そんなの、愛の証明になんかならない! いっつもいっつも、仕事仕事仕事!」

「それは仕方がないでしょう、僕は幹部ですから。そんな僕のことが好きなんでしょう?クフフ」

「そうよ! 骸が本当に仕事の為に私と会う時間がないって言うなら、私だって応援するわ!」

「……」


どうやら、月並みな「仕事と私どっちが大事なの」論争ではないかと推測する。

リボーンが「骸のやつも案外間抜けだな、くだらねえ諍い起こしやがって」と呟くのが聞こえた。

雲雀は鼻で笑っていた。

しかし、段々女は骸の仕事では無い部分に話を持っていき始めた。


「私、知ってるんだから」

「何をですか?」

「骸が、本当に好きな人のこと」

「!?」


骸の顔が、一瞬引きつる。

これでも経験豊富なマフィアの一員。

その顔を歪ませるとは、彼女はなかなかの腕だ。

是非とも紹介して欲しい。


「女ってね、好きな人のことなら分かっちゃうのよ。骸は、ボンゴレのなかに好きな女がいるんでしょう!?」


このセリフを聞いて、骸は勿論、何故かリボーンと雲雀の体までもが強張るのを感じた。

私はふと、昔…10年前の雨の日を思い出した。

土砂降りのなか傘も差さず、私と骸がずぶ濡れになった日のこと。

黒曜中の制服を着た骸は、泣きそうな顔をして、私を好きだと、愛していると言った。

その頃の私は、ツナ一筋だったから彼の思いに応えることはできず、でも、とても励まされたのを思い出す。

しかし、それからの歳月で、彼はそんなセリフをいとも簡単に誰にでも言えるのだという事に気付いたので、今では私を励ます為の冗談だったのだと理解できている。

だからこそ、その彼の言葉を信じてしまった彼女の気持ちはよく分かる。

それにしても、その骸に本当に好きな人がいるという彼女の女の勘に私は驚いた。


「ね、ホントかな? 骸、好きな人いるのかな?」

「……さあな、もう行くか」

「え」

「行くよ、


リボーンは素っ気無く返事をすると、踵を返した。

雲雀も、私の腕を引きその場から離れようとする。

こんなに中途半端なところで引き上げてしまうのは悔しかったので抵抗したのだが、それでも二人の足は止まらない。


「ちょ、ちょっと」

「誰!?」


私がつい出してしまった声は、彼女の耳に届いてしまったらしい。

私はリボーンと雲雀と顔を見合わせ、すごすごと彼らの前に姿を現した。

その場を離れたがっていたリボーンと雲雀は呆れたような溜め息をつく。


「あんた…!」


名も知らぬ骸の彼女は、私を見て顔を険しくさせた。

その後、気まずそうにしている骸の顔と私を見比べ、正しく般若のような顔になった。


「そう、あんた、私を嘲笑いに来たってわけ?」

「え、誰が?」

「あんたよ!」

「誰を嘲笑うって?」

「私をよ!」

「何故?」


何故か私に怒りの矛先を向けた彼女は、私の理解できないことを話し始めた。

彼女は骸の制止の声など聞こうともせず、私に寄って来て、私の目を睨んだ。


「なんで骸は、あんたなんかが好きなのよ! あんたさえいなければっ!」


彼女の平手が飛んでくる。

私は叩かれる理由が分からず、彼女の手を止めた。


「えっと、ごめんなさい。言っている意味が分からないのだけど」


私は彼女の神経を逆なでしないように、出来る限り優しく話しかけたが、彼女の怒りを増長させてしまったようだった。

ちらりと骸を見遣ると、スーツの懐から銃を出す構えをしていた。

慌てて私は首を振り、「やめろ」と目で合図をした。

彼は、躊躇いつつも銃から手を離す。


「あの、貴女は骸の恋人ではないの?」

「そうよ! 恋人よ」

「どうして、私が関わってくるのかしら?」

「はあ? まさか、あんた気付いてないの?」


彼女は、不信感を顕にし、私を見た。

しかし私は、何に気付いていないのかすら分からず、首を捻った。

彼女が、何かを言おうとした途端、リボーンと雲雀が口を挟んだ。


、もう充分だろう。帰るぞ」

「早くしなよ」


私に近寄ってくる。

力ずくでも私を帰らそうとしているのを感じた。


「ちょっと待ってよ」

「何故?」

「彼女は今、私と対等に話をしているの。それに、なにか私に憤っていることがあるんだから、ちゃんと聞くわ」

「必要ない」

「あります、帰りたいなら二人で先に帰っておいて」


私が意地でも動かないと観念したのか、二人は溜め息をつき、骸を睨んだ。

骸は、困ったように薄ら笑いを浮かべ両肩を上げた。


「で、私が何に気付いていないの?」

「あんた、骸とセックスした?」


私の質問には答えず、彼女は私に挑むような目を向けた。

そして、全く予想外の言葉を吐いた。

私は一瞬呆気に取られる。


「え、ないけど」

「じゃあそこの男二人とは?」


彼女は顎でリボーンと雲雀を指す。

知らぬこととはいえ、顎で二人を指すとは恐ろしいことをする女だ。


「ないわよ」

「なんで?」

「なんでって……貴女も自分の家族とそんなことしようとは思わないでしょう? 同じことよ」

「他の人とは?」

「少なくとも、ファミリーとはそんなことしないでしょう」

「男の方は、そうは思っていないみたいだけど?」


彼女は鼻で笑う。

私はその時、大人気ないと思いつつも怒りがこみ上げてきた。


「あのね、貴女がどんな理由で私に起こっているのかは知らないけど、ファミリーのことを貶められるのは我慢ならないわ。喧嘩を売るにしたって礼儀というものがあるでしょう」

「真実を述べたまでよ。少なくとも、骸はあんたのこと好きなのよ」


私は、事実を確認しようと骸を見た。

骸は、いつものように笑っていたが、私の目を見なかった。

私の中に、雨の日の彼の姿がリフレインした。


「そうやって、さあ、知らないふりしてるんでしょ? 何人もの男囲って喜んでるんでしょ? セックスしたことないって、嘘でしょ?」


彼女が、私に浴びせかける言葉、憎悪。


「嫌な女」


何度も言われたことがあった。

並盛中にいた時から、度々陰口を聞いた。

男を引き連れて、男に囲まれて。

でも、こんなにハッキリと目の前で言われたことは無かった。


は、あなた如きが貶していい人ではありません」

「やめて、骸」


彼女に銃を向ける骸に、私はわざと怒りを向けた。


「彼女は、骸のことが好きなの。知ってるよね? あなたの軽口が、彼女の気持ちを弄んだのでしょう?」

「……」


骸は銃を引っ込めた。

彼女は、ポカンとして私を見た。

私が庇ったのを意外だと思っているのだろう。

骸の為に着飾っている彼女。

骸を愛しているが故に私を憎んでいる彼女。

骸への愛が強すぎて、嫉妬に狂いそうになっている彼女。

なんて可愛い人なのかしら。


「大丈夫よ、安心して」


私が笑いながら言うと、彼女は怪訝な顔をした。


「私は、貴女が骸のことを愛しているなら、応援だってしてあげるわ、私と骸はそんな関係じゃないもの。だって、私たちはファミリーなんだから」

「……本当?」

「本当よ、誓うわ。私は、ボンゴレの誰ともセックスなんかしたことないし、そんな感情も抱いていない。だから、安心して?」


ね、と彼女の頭を撫でた。

綺麗にセットされた髪が、多少痛んでいたけれどとても美しいと思った。


「でも、でも骸はあんたの事が好きなのよ」

「その真偽の程は、私には分からないけど…でも、それじゃあ私はどうしたらいい?」

「どう…?」

「私がいなくなったら、貴女は満足する?」

「そんな、そんなこと……」


彼女は動揺したように首を振る。


「じゃあ、今まで通りでいいのかしら?」


私の言葉で彼女は俯き、黙った。

しばらく時間が経ち、何か本人で結論を出したのだろう、おずおずと頷いた。


「そう。ありがとう」

「あんたって…」

「何?」

「思っていたのと全然違う。もっと、偉そうで嫌な女だと思ってた」

「実際に話してみたら、どうだった?」

「……嫌いじゃ、ない」

「私もよ」


悔しそうに言う彼女の向こうに、佇む骸が見えた。

ひどく複雑そうな顔をしていて、何を考えているのか読み取りづらい。

けれど、骸が彼女に言った「愛している」という言葉は、やはり彼特有の軽いものなのだろうと簡単に分かった。


「あのね、貴女。骸なんか諦めちゃったほうが、絶対幸せになれると思うの」

「分かってるわよ…でも、好きなんだから、しょうがないでしょ」

「そうね」

「絶対、絶対…あんたは私を応援してくれる?」

「そうね」

「約束よ!私から、骸を取らないで」

「そ――」


返事をしかけた途端、口を塞がれた。

いつの間にか私の後ろに骸が立っていて、私の口を手で塞いでいた。


「その返事は、させませんよ」

「!?」


彼女は驚き、それからとても悲しそうな顔をした。


「ずるい…あんたのこと、憎めなくなったのに、こんなの…私は、一体誰にこの気持ちをぶつけたらいいのよ」

「そんなこと、知りませんよ」

「嫌い、骸なんて、嫌い」

「そうですか」


ボロボロと涙を流す彼女。

一生懸命、嫌いと言いながら去っていく。

追いかけようとしたが、後ろから骸の腕が私を止めていて動けなかった。

彼女の姿が見えなくなり、骸は私の口を解放した。


「馬鹿っ! なんで――」

、僕にも譲れないものはありますから」

「でも、彼女は」

「今は、貴女の話です」


骸は私を睨んだ。

私の肩を掴み、逃げられなくする。

目と目がぶつかり、まるで金縛りにあったかのように動けなくなる――


「おい、帰るぞ。これ以上待たす気か」


苛立ったリボーンの声が聞こえ、骸の頭に銃口が押し付けられる。

溜め息をついて、私から手を離すと、黙って背を向けた。

雲雀は、呆然としている私の背を押した。


「雨の日……」


ポツリと骸が呟いた。

もう一度、リフレインされるあの光景。

雲雀が、怪訝な顔をする。


「何のこと?」

「いえ、なんでもありません。は、きっともう覚えていないでしょうから」


振り向くことなく答えて、骸は黙った。

落胆しているようにも見えた。

私は、「忘れている筈がない」と答えようとし、やめた。

雨の日なんて、沢山あった。

その中の、同じ雨の日のことを考えているわけではないかもしれないと思ったから。

そしてそれ以上に、私は、聞きたくなかったから。

あの日の言葉の真偽について、私は自分自身で既に結論を出していた。

それを今更、否定されたくなかった。



この関係が、終わってしまうのが何よりも怖いから――



















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