私は、ボンゴレ10代目の妻になる。

妻になって、命を懸けてその人を守る。

そうやって決められていた。

私が生まれた時に、既に決められていた。

幼い頃から、ずっとずっとそう言い聞かされてきたので、疑問なんて感じなかった。

ただただ、ひたすらに強くなろうとした。

ただただ、親の言うことに従っていた。

だからこそ、やりがいなんて感じたことはなかったし、楽しくもなかった。

成長していくにつれて自我が生まれて、そして気付き始める。




懐古







日が射す暖かな屋上。

そこで今日も、昼食をとる4人。

1人は持参した弁当を食すツナ。

あとは、購買で買ってきたパンを食べる獄寺、山本、といういつものメンバーだ。

そこで、ふいにツナがにある疑問をぶつけた。


さんは、さ、このままでいいの?」

「え?」

「だから、俺を守るとか、その…えっと…結婚するとかそういうこと…」


自分から振った話題にも関わらず、ツナは赤面し、語尾は弱々しくなる。

そんな彼を見、は口元を緩めた。


「いいもなにも、これでいいんですよ」

「…本当に?」

「はい」


心からの笑みを浮かべる

そこには、それ以上のツナの言葉への拒絶も含まれていた。

黙って俯き、また食事を始める4人。

獄寺と山本は、複雑な心境ながらも、掛ける言葉を見つけられずに目を合わせた。

そして2人、自虐的に笑いあう。

そんな友人2人の心知らず、モヤモヤとしたものを抱えたツナ。

は、空を見上げた。




 × × ×



我ながら、7歳にしてはなかなかの行動力だと思った。

初めて親に反抗した。

初めて飛行機に乗った。

初めて日本に来た。

そして、初めて、ボンゴレ10代目(になる予定)の沢田綱吉さんに会う。

やっぱり、このままじゃいけないと思った。

訓練を休んででも、私は沢田綱吉さんに会いたかった。

自分の命を懸ける人なのだ。

顔も知らない、性格も知らないままで鍛錬を続けたってその内苦痛になるだけだと知っている。

だから、私は『日本へ行ってきます』という置手紙を残して、単身で乗り込んできたわけだ。

早々に沢田家を発見し、覗いてみたが誰もいなかった。

きっと出掛けているのだろう。

しょうがないから私は、周りを散策してみることにした。


私の両親は2人とも日本人だ。

そもそも、この『家』というのが元々は日本の家系なのだ。

古くは江戸時代から、お偉い方々の影武者として仕え、それが形を変えて今の伝統になったらしい。

そうは言っても私はイタリア生まれのイタリア育ちで、日本に来るのは初めてだった。

瓦の屋根、コンクリートの街並み。

どれもが珍しく、新鮮だった。

何も考えず、フラフラと歩いていると、目の前にツンツンとした頭のランドセルを背負った男の子がいた。

同じくらいの歳だろうか、トボトボと歩いている。

あまりにも弱々しげなその背中は、軟弱者というに相応しく見えた。

と、後ろからバタバタと駆け足の音が聞こえ、3人の男の子がを通り過ぎる。

そしてそのまま、目の前を歩いていた男の子に声を掛けた。


「おーい、ダメツナー!お前テスト何点だったんだー?」


ダメツナと呼ばれたその男の子は、3人に囲まれ、テストを見せてみろとせがまれる。

必死に嫌がっているが、あっけなくもランドセルを奪われ、中を開けられる。

「やめてよー」と叫び、ダメツナとやらが抵抗したとき、例のテスト用紙が私の足元にとんできた。

その用紙に、汚い字で書いてある名前。

さわだ つなよし

ちなみに点数は、100点満点の10点。

私は、呆然とその文字を何度も何度も読み返し、そしてダメツナ――こと、沢田綱吉――を見た。

半泣きで、同年代の3人組に馬鹿にされている。

泣き出しそうなのを見たその3人組は、慌ててランドセルを投げ出し、その場を去った。

残された沢田綱吉は、私の方を見た。


「それ、返して」


私という、ただの女の子にビクビクとした態度を見せる彼。

私はただただ、白い目で彼を見、黙ってテスト用紙を差し出した。

おずおずと、それを受け取り、今度は投げ出されたランドセルを取りに行く。

しかし、悲しいかな、それは目の前にある家の敷地内に入っていた。

敷地内のランドセルを見たまま、なかなか取りに行かない彼に苛立つ私。


「なんで早く取りに行かないのよ」

「い、犬が…」

「はあ?」

「ここ、怖い犬がいるんだ」


そう言われて敷地内を覗くと、なるほど、すぐ傍に犬小屋がある。

お犬様はその犬小屋の前に悠々と座っているが、誰かが敷地内に入れば途端、番犬へと変身することだろう。

そして、だから、それがどうした。


「取りに行きなさいよ」

「むむ、無理だよ、噛まれたらどうするんだよ!」

「じゃあ、もう帰ったら?」

「でも、ランドセル…」

「じゃあ取りに行きなさいよ」

「怖いよ」


深く溜め息をつくと、私は敷地内に足を踏み入れようとした。

それを慌てて止める彼。


「何よ?」

「だっ、ダメだよ!犬が…!」

「あんたと一緒にしないでよ。あんなもん怖くないんだから」


彼の制止は遅く、私は既に一歩を踏み出していた。

そして、私達の無意味な会話。

いつの間にか犬は番犬へと変身していた。

低く唸る声。

しかし私は、これっぽっちも怖くなんてなかった。

撃退する自信もあった。

しかし…


「うわぁぁ!」


彼はみっともない悲鳴を上げて泣き出した。

イライラが頂点に達した私は、私の服を掴んでいる彼の手を払いのけランドセルを取りに行こうとした。

このランドセルを私と彼の縁の終わりにしてやろうと思った。

しかし、彼は手を離さない。


「ちょっと、離してよ」

「だ、ダメだよ、君が噛まれるよ!」

「噛まれないわよ!――」


臆病者!と怒鳴りたい気持ちを必死で堪えた。

犬は、一歩一歩近付いてくる。

その時、彼はするりと、私と犬の間に入った。

そして、私を押し出そうとする。


「ちょ、ちょっと…」

「いいから、君はもう逃げなくちゃ!」


涙で顔をグシャグシャにした彼が、必死で言った。

犬が大きく一言吠えた。

それだけで、彼の目は情けなく下がり、私に伝わってくるくらいに震えていた。

それでも、私を押そうとする力は弱まらなかった。

そんなに怖いなら、さっさと逃げればいいのに。

わざわざ、犬と私の間に入ってこなくてもいいのに。


「…あんたは?ランドセルなら私が取ってきてあげるから、逃げてていいよ」


そう言うと彼は、力いっぱい首を横に振りながら、更に強く私を押し出そうとした。

犬は、私達が無害だと思ったのだろう、既に警戒を解き、寛いでいた。

それにも気付かず、彼は私を逃がそうと必死になっていた。


震える小さな手が何故だか急に、愛しくなって、私は彼の力に従った。


敷地の外に出ると、彼は座り込んで泣いた。

私が彼の頭を撫でると、彼はキョトンとした顔をした。

それが、可愛いと思った。


「犬、怖かったの?」

「君は、怖くなかったの?」

「すごく、怖かった。助けてくれて、ありがとう」


私の、嘘だらけの言葉を聞くと、彼は照れたように笑った。

ああ、いいや

彼が弱くても、頭が悪くったって

いいや

そう思った。

私の背中を押した彼の手が、とても暖かくて愛しかったから。

それを守ろうと思った。

彼は、私を守ろうとしてくれた。

それは、守ることしか教えられなかった私にとって、初めてのことだった。

だから、いいやって思った。



結局、ランドセルを置いて帰った沢田綱吉さんの家に、私はその後コッソリとそれを届けた。

家の中から、彼とそのお母さんの笑い声がした。

暖かいなあと思った。

ひどく切なくなった。

涙が出そうになったけど、ぐっと堪えて、走った。

そして、そのままイタリアへ帰った。

イタリアの家に帰ると、食事の支度を整えてお母さんとお父さんが待っていた。

2人とも、私が帰ってきたのを見て、優しく笑った。

それから、お風呂へ入って疲れをとって、その後は一緒に食事をしようと言った。

食事のときに、日本はどうだったかとか、ボンゴレの10代目の話を聞かせてねと言った。

それから、お母さんとお父さんの話を聞いて欲しいって言われた。

バスルームにお母さんに連れて行ってもらうとき、初めて泣いた。

ごめんなさいって謝ったら、お母さんは謝らなくていいのよ、は間違ったことしてないよって言った。

お母さんは、何もかも分かってるみたいだった。

その後、食事の席で私はお母さんとお父さんから、この契約は破棄できることを聞かされた。

私がきちんと自分で物事を判断できるようになるまでは、内緒にしておいたと言って、謝った。

そして私は、改めて、ボンゴレ10代目――沢田綱吉さんのことを守ると決めた。





 × × ×


予鈴が鳴った。

昼食を食べ終え、何気ない話に花を咲かせていた4人は慌てて持ち物をまとめて立ち上がった。

獄寺と山本が屋上の出口へと進む。

も付いていこうとしたが、何故か進みださないツナに気付き、そちらを振り向いた。

ツナはと目をあわせようとせず、戸惑ったように言った。


「やっぱりさ、違うよ」

「…何がですか?」

「俺は、さんに守って貰いたいって思ってないし…あ、いや、そうじゃなくて、あ、ゴメン、なんか、いい言葉でなくて、その…」

「…」

「やっぱりさ、おかしいよ。そりゃ、俺は弱いけど…でも、だからってさんに守ってもらうなんて…。


言葉を探しながら、ツナは続ける。


「俺、マフィアのボスになる気なんかは、ないけどさ、それでも、もし例えばの話。もし、俺がボンゴレの10代目になるんなら、そのときはやっぱり、さ、…」

「…なんですか?」


ツナは、顔を上げた。

その目には、優しい、けれど確固たる意志が見えた。


「そのときは、俺がさんを守るよ」


そういうとツナは、顔を真っ赤にして急ぎ足で屋上から出て行った。

呆然としたの顔はツナ以上に真っ赤になっている。

階段の方から、山本の呼ぶ声がしてやっと我に返り、駆け足で屋上から出た。

階段を降りていくと、踊り場のところで獄寺と山本、ツナの3人が待ってくれていた。


「あ、待たせちゃってごめ…」

「俺も、さんのこと守るぜ」

「勿論、俺もです!さんと十代目、どちらもお守りします!!」


山本と獄寺の言葉の意味を一瞬理解できず、ツナとは固まった。

その後、2人揃って顔を赤くする。


「さ、さっきの…聞いて…!」

「当たり前だろ、あんな所で話してたら聞こえるって」

「水臭いっすよ!お2人とも」


そう言って、とにかく授業だと教室へ向かう獄寺と山本。

ツナも2人を追いかける。

3人の並んだ背中を見て、は幸せそうに微笑んだ。







変わらない、あなた。

むしろ、昔以上に優しく、そして頼もしくなりましたね。

だからこそ、私も昔以上にあなたを守りたいと思うのです。

そして、他にも、守りたい人が増えました。

守りたい人がいるということは、なんて幸せなことでしょう。















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