優雅で静かな昼下がり。

バルコニーでのたった二人のお茶会。

私は紅茶を飲むルルーシュを眺めていた。

私の目の前にも置かれた紅茶からは、うっすらと薔薇の香りがする。

その香がわたしの嗅覚を刺激するたびに、私は心地よく目を細める。

ルルーシュはそんな私に目もくれず、本を読んでいる。

ページをめくる彼の指に、本を支える彼の手。

彼の手はいつも綺麗だ。

労働知らずのお貴族様の手。

気品に満ちた物腰。

私は、そんな気取った彼を見るのが好きで好きでしょうがない。

そして、そんな彼の……


「ねえ、ルルーシュ」

「なんだ?」

「ルルーシュの童貞、私が貰ってあげようか?」

ゴホッ

「な、何を……!」


真っ赤になって取り乱す様を見るのが、好きでしょうがない。






暖かな昼下がり






「やー、冗談だよ、冗談。ルルーシュってば可愛いなあ」

「じょ、女性が軽々しくそういう言葉を口にするな!」

「はいはい」


思わず噴出してしまった紅茶を拭きながら、ルルーシュは私に説教をする。

それでも、顔は真っ赤だし、私の目は直視しないし、まったく説得力がない。

ああ、可愛いなあ。

愛しいなあ、愛しい。

胸が締め付けられるような切なさ。

あのねルルーシュ、私はね、本当に……


「なんだ? まだ何かあるのか?」


私の熱い視線に気付いたルルーシュは、訝しげに問う。

顔の赤らみも薄くなり、私としてはちょっと残念だ。

太陽がぬくぬくと心地いい。

なんだか、何でもできてしまいそうな気さえ、した。


「んっと、私はね、ルルーシュが好きだよ。本当に」


太陽が眩しかったから人を殺してしまう話をふと思い出した。

カミユの異邦人だったかな……こんないい気候なのに全然そぐわない事を思ってしまった。

でも、不条理ではあるけれど、そんなこともあるんだ。

太陽が暖かいから、想いを告げたっていいじゃないか。

当のルルーシュは、固まって私を見ている。

彼の頭の計算速度が間に合わないのかもしれない。

してやったりだ。

私は立ち上がって、ルルーシュに近付いた。

ルルーシュの顔に、影を落とす。

こんな、些細なこと……ルルーシュに影を落とすことすら、今の私には嬉しいことだった。

そっと、ルルーシュの額に口付ける。

ルルーシュは、抵抗はおろか何もしなかった。

段々と、顔が赤くなる。

ああ、もう、本当に可愛いなこの人は。

どうしてこんなに可愛いんだろう、どうしてこんなに愛しいんだろう、どうしてこんなに愛らしいんだろう、どうしてこんなに好きなんだろう、どうしてこんなに、

切ないんだろう……


「知ってるよ、ルルーシュの目には決意の色があるってこと。やり遂げなくちゃいけないことがあるってこと」


ルルーシュが目を見開く。

本人はポーカーフェイス気取って、感情を読めなくしているつもりだろうから、そりゃあ私如きに見破られていたともなれば驚くだろう。

ただ、ルルーシュの頭脳は、恋愛感情を抱いた女の鋭さを理解していない。


「でもね、忘れないでね。私は、ルルーシュのこと、ずっと大好きだよ。立ち止まらない強いルルーシュが好き。優しさのせいで立ち止まっちゃうルルーシュも好き。全部好き」


私はルルーシュの頭を抱きしめる。

どんな大きな脳が詰まっているのか知らないけれど、頭の大きさなんて人とあんまり変わらない。

むしろ小さいほうか、羨ましい。

私は、ルルーシュが本当に心を許してくれる存在になれないんだろう。

分かってる。

全てを打ち明けてもらえないし、だから支えにもなれない。



だから、できることなら

ルルーシュが迷ったとき、崩れそうなときに

ふっと私の言葉を思い出して、微笑んでくれたら…






 × × ×





「どうした、ルルーシュ?」


気付かぬうちに意識を飛ばしていたルルーシュは、C.C.の言葉で我に返った。

ガウェイン内で、東京を見下ろしている。


「感傷にでも浸っていたのか?」

「……そうだな」


『ギアスの制御ができない以上、皆とはもうお別れか』

自分で言った言葉が回想される。


(ああ、もう……にも会えないのか……)


何故、彼女の言葉をよりによって今思い出してしまったのか。

自分を好きだと言った

自分の全てを受け入れてくれると言った

今、自分の頭を覆っているのは彼女ではない無機質な仮面。

それでも、ふっとあの時の温もりを思い出した。




分かるか分からないか、そんな些細なものではあるが確かに、ルルーシュは自分の口が緩むのを感じた。








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