幼い頃から、人を殺してきた。

それが当たり前のことだったから、その人数を数えようとも思わなかった。

一人一人の人相や性格なんて、まるで覚えていない。

淡々とした単純な作業の繰り返し。

そうして必要とされてきたのだから、疑問を感じることなんてなかった。

その日も朝から呼び出され、暗殺を命じられた。

僕と同じくらいの歳の少女。

詳しい事情は聞かない、いつものことだ。

立派な屋敷を背景に、綺麗な洋服を着て上品に微笑む彼女の写真を見せられた。

僕はその顔を頭に入れて、彼女の住んでいる屋敷に向かった。















残像に煩い






















大勢の警備員がいたが、僕のギアスを使えば何の問題もない。

彼等の時間を止め、僕は着々と屋敷へ入った。

手に握った銃は堅くて冷たい。

昔は少し重く感じていたこともあったように思うけれど、今ではすっかり手に馴染んでいた。

絨毯を踏むと、柔らかな感触が足に伝わってくる。

豪華な美術品が並ぶ廊下、綺麗なシャンデリア、それら全てに興味はない。

予め教えられていた少女の私室へと、真っ直ぐ向かった。

階段を上り、廊下を更に進む。

屋敷の角部屋、おそらく最も日当たりのいいであろうその部屋が、今日の僕の目的地だ。

扉の前に着き、何の感動もなくドアノブに手を伸ばした。

ノックもせずに扉を開き、ちょうど正面にある窓際に佇む少女の姿を確認した。

ドアを閉める音と、彼女がこちらを振り向くのが同時。

待ち人でもいたのだろう彼女が口を開くのと、僕が彼女の時間を止めるのが同時。


「お――」


誰かを呼ぼうとしたまま言葉が止まる。

彼女には、僕が待ち人ではないことを認識する時間などなかった。

僕は少女に銃を向け、改めて彼女の顔を見た。




写真で見た顔と、違う。




いや、確かに暗殺すべき僕の対象本人であることは間違いない。

しかし、その彼女の顔に上品な笑顔はなかった。

彼女の待ち人を愛しそうに見る眼差しと、嬉しそうに開いた口。

幸せそうな、満面の笑み。

彼女の眼差しが、彼女の体中から溢れ出る愛情が、ドアから入ってきた僕に全て注がれていた。

彼女は真っ直ぐ僕を見ている。

満面の笑みで、僕を迎えている。



手が震えた。

銃の引き金を引こうとした指が、動かない。



いまだかつて、こんな眼差しを向けてくれた人を僕は知らない。

いまだかつて、こんなにも嬉しそうな笑顔を向けられたことなんてない。



「違う、僕じゃない。彼女は僕に向けて笑っているんじゃない」



思わず声に出して自分に言い聞かせるが、僕は彼女から目が離せなくなっていた。

時間がないのは分かっている。

僕のギアスには時間の制限がある。

早くしないと、早くしないと彼女が動き出してしまう。



だけど、だけど



こんなにも綺麗な笑顔を僕に向ける彼女を撃てと?


僕自身の手で、見惚れるほど美しい彼女の笑顔を崩せと?




手が震える。

とっくに銃の照準などあわなくなっている。

彼女の笑顔は、とても綺麗だ。

ほんの数秒しか見ていない筈なのに、僕の今まで全てを覆しそうになってしまうほど、彼女の笑顔は眩しい。

気がつくと時間の感覚などなくなっていた。

ギアスの制限時間がそんなに長い筈はないのに、永遠にも近い時間を彼女と過ごしたように思えた。



この笑顔をずっと僕に向けてくれるのなら、何を失っても怖くないと思った。

この笑顔の為なら、なんだってできると思った。



僕は銃を下ろす。



彼女は止まったままだ。

最早、ギアスの制限時間なんて無くなってしまったんじゃないだろうか。

彼女は僕を愛している、心から。

分かるよ、こんなにも綺麗な顔を見せられたら。

僕だって、君のことが好きだ。








一歩、彼女の方へ足を踏み出した。










彼女の笑顔が、溶けて崩れたように消えた。


訝しそうに、眉を寄せる。


僕の手を見る。


握られた銃に、気付く。






「ひっ」






少女の発した言葉は、最早愛しい僕へ向けられた呼びかけではない。

彼女の顔が恐怖に染まる。

一歩後ずさり、息を吸った。

僕は知っている。

それは、恐怖に囚われた人間があげる悲鳴の前兆。





再び凍りついた彼女の顔は、先ほどの綺麗さなど微塵もなかった。






僕は引き金を引いた。

何度も何度も。

ついさっき、あんなにも長く時間を止めていられた筈なのに、今度はあっという間に彼女の時間が動き出した。

痛みに呻く声が聞こえた。

体を重そうに引きずりながら、僕から逃げようと手足を動かしていた。

真っ赤に染まった彼女の洋服が、更に床に赤い跡を残す。

銃声を聞いて駆けつけた人の足音が聞こえた。

気がつくと少女は動くのを止めていた。

ドアに鍵はかけていないから、すぐにこの部屋に入られるだろう。

僕は彼女の動かなくなった体を飛び越えて、窓を開けた。

窓枠に足をかけ、後ろ髪を引かれる思いで彼女を振り向いた。

僕を愛し、僕が愛した少女はもう何処にもいなかった。













施設に帰ってみると、派手にやりすぎたと少しだけ注意された。

反省することもなかったけれど、問題を起こすのも嫌だったので一応謝っておいた。

部屋に戻り、腰を下ろす。

先ほどから、少女の顔が頭から離れない。

赤く染まった服で、涙を流して呻く少女の顔。

僕が欲しいのは、そんな顔じゃない。

目を閉じて、彼女の笑顔を思い出そうとした。

ボンヤリとしていて、輪郭を伴わない彼女の像が浮かぶ。

彼女が僕に向けた笑顔は、どんなだっただろう。





浮かんでくるのは、涙で濡れた瞳。

怯え引きつった口元。





彼女の笑顔は、永遠のようなほんの数秒の間のことだった。

彼女の悲痛な顔は、一瞬のような長い時間。








僕の手から、血の匂いがした。
















彼女の待ち人とは、誰だったのだろうか。

彼女は、その待ち人をなんと呼ぼうとしたのだろうか。

お父様かお母様か、お兄様か。

もしかしたら恋人の名前だったのかもしれないし、友人の名前だったのかもしれない。





ただ一つ確かなこと。


それは、僕ではないということ――。







































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