「頼みがあるんだ」 夜遅く、私の部屋を訪ねてきた仮面の男は開口一番にそう言った。 彼女に捧げる笑顔 ゼロレクイエム、即ち皇帝ルルーシュの崩御から数ヶ月が経った。 私たちの世界に今、戦争はない。 それだけでも、少しはマシな世界になったと言えるのだろう。 ルルーシュの真意を知るごく僅かな人々は、今もまだ思い出す。 ルルーシュの安らかな寝顔を。 そして彼等は誰も、敢えて口に出そうとはしないが察している。 ゼロの、仮面の下の人物を。 薄暗い部屋の入り口に立ったままのゼロを部屋に招き入れる。 「どうしたの、いきなり」 「花を捧げてきてくれないか?」 「明日?」 「そうだ」 もちろん、私は彼に言われるまでもなく花を捧げに行くつもりだった。 明日は、ユフィの命日だ。 コーネリア様もナナリーも、彼女を知る者なら誰もがその墓標に花を捧げに行くだろう。 「あなたは行かないの?」 「私が行くわけにはいかない」 仮面の下に隠れた男が使う一人称、私。 それが、本来の彼にしてはあまりにも不自然な一人称で、未だに耳に慣れない。 「ゼロがユーフェミアの墓前に立つなんて、民衆が不審に思わないわけがない」 「スザクが行けばいいじゃない」 「枢木スザクは死んだ」 私が出した男の名をゼロは否定した。 いつもそうだ。 彼は仮面を外さない。 ゼロという、アイデンティティを持たない偶像のような存在そのものを演じ続ける。 「ユフィを想うこと、それが何より貴方がスザクであるという証だと思うけど」 「そうじゃない。彼女は今の平和を築く為の尊い存在だった、だから」 「でも、貴方にはそれ以上の感情があるでしょう」 ゼロは私の言葉に答えようとしない。 私は黙ってしまった彼の仮面に手を伸ばした。 「っやめろ!」 激しい怒鳴り声で、私の手は阻まれる。 私は荒々しい彼の声に、瞬間飛びのいた彼の動きに驚き、思わず肩を震わせた。 ゼロは自身の仮面を抑え、私を警戒する。 「仮面、はずして」 「だめだ」 「スザク!」 「スザクは死んだ!」 私の声に、彼は怒ったように返す。 しかし、その体の動き、些細な癖。 歩き方や話し方、どれもが私にとってみればスザクそのものだ。 すぐ近くに、いつだってスザクがいる。 だけど私は、スザクをスザクと呼ぶことすら許されず、スザクに触れることも許されない。 「貴方はスザクよ。仮面を被ったって、私にとってはスザクなのに」 「それじゃあダメなんだ!」 「どうして!?」 「これは、僕への罰なんだ。僕は約束した、ルルーシュと。ゼロとして一生仮面を被って生きていくと」 「ルルーシュはもう、死んだのに?」 「だからこそだ! 彼が命を懸けて築いたものだ! ユフィの望んだ世界だ!」 私の腹の底から湧き上がる熱を感じた。 それは、燃え盛る炎のような激しい怒り。 一瞬で全身が覆われ、私は体の制御をなくす。 ずかずかと、大股で目の前の男に歩み寄り、思い切り仮面の顔を引っ叩く。 きっと彼なら、私の手くらい簡単に避けれただろう。 しかし彼は避けなかった。 私の怒りすら、全て受け止めるとでも言いたげに、そのまま顔を差し出した。 私の手が仮面に当たる。 硬い仮面は私の手に思った以上の衝撃を与えたが、私の手もまた、その仮面に思っていた以上の衝撃を与える。 仮面が落ちる。 本当に久しぶりに見るスザクの素顔に、懐かしさを感じた。 私は間髪いれず、もう一度手を振りかざす。 やはりスザクは避けることなく、私の手を頬で受けた。 パン 乾いた音が響く。 真っ直ぐ私を見たままのスザクの目が、自分は何も間違っていないと言いたげで腹立たしい。 「ユフィが望んだ!? 馬鹿なこと言わないで! もし、今のスザクをユフィが見たとき、彼女は笑ってくれると思う!?」 ピクリと、僅かにスザクの表情が動く。 「ユフィが今の貴方に、頑張ってねって言って笑ってくれると思う!?」 「……でも、僕は――」 「貴方達って、いつもそう。ルルーシュもスザクも、いつだって二人で何でもやろうとする。ナナリーの為だとか、私の為だとか、いつもいつも。そうやって二人が内緒で何かしているときに私やナナリーがどんなに寂しかったか、貴方達には分かりっこないでしょう!?」 「……」 「今だってそうよ! ルルーシュは満足だったでしょうね! でもナナリーは!? ナナリーの涙、見たでしょう!? 貴方だって、それで満足なのかもしれない。自分の罰に酔ってられるのかもしれない! でも……!」 目から、涙が零れた。 「でも、貴方のこと、大切に思ってる人の気持ち、考えたことある? 好きな人が傍にいるのに、名前も呼べない、顔を見ることすらできない私の気持ち、考えたことある!?」 次から次へと溢れる涙は、頬を濡らす。 嗚咽が私の言葉を遮ろうとする。 言葉を発することができない。 私は夢中で、スザクの服にしがみ付いた。 ゼロの衣装、しかしそれを纏っているのは間違いなくスザクだ。 スザクは私を振り払わない。 しかし、彼の手が私に触れることもない。 立ち尽くしたまま、戸惑って揺れる彼の瞳。 「わ、私、私は……」 嗚咽交じりで、まったく言葉にならない。 スザクに伝えたいことが沢山あるのに、言えない。 ねえスザク、私は、この気持ちに応えて欲しいなんて思ってないの。 だけどねスザク、私は貴方に笑って欲しいの。 ユフィといるときの貴方は、本当に幸せそうに笑っていたから。 ユフィは貴方の笑顔が好きだったから。 言葉のないまま、時間だけが流れる。 私の嗚咽がだんだん小さくなって、沈黙が訪れる。 暗いままの部屋に立ち尽くすスザクと、しがみつく私。 「スザク、明日は来るんだよ」 「……」 「明日を求めるから、頑張るんでしょう。皆の希望である貴方が明日を求めなくてどうするの?」 「でももう、僕にそれは許されない」 「私も、明日を求めることは許されない?」 「そんなこと……」 「じゃあ、私に明日をください。スザクをスザクと呼べる明日、スザクに触れられる明日、スザクの笑顔が見れる明日、私はいつだって、それを求めてる」 「どうして――」 「スザク、貴方が自分を許せないなら、私が貴方を許すから。だからねスザク、スザクは貴方を許した私を許してくれる?」 ユフィの顔が浮かぶ。 ユフィもスザクも、自分を好きになれない二人だった。 だから、お互いを理解して、お互いを求めた。 「私じゃユフィの代わりにはなれないけど、だからこそユフィへの想いを大切にし続けるスザクが好きだよ」 腕をスザクの背に回す。 彼の手が、少しだけ、ほんの少しだけ、私の頭に触れた。 「ねえ、スザク。 明日、一緒に花を供えに行こう。 それからユフィに、沢山報告しよう。 辛かったことも、悲しかったことも。 ルルーシュが築いたもの、スザクが守ってるもの。 それでね、全部報告した後、少しでもいいから――」 貴方の笑顔を見せてあげよう << |