「さんって、いい香りがするよね」 パフューム 朝、偶然にも登校時間のかぶった私とクラスメイトの綾小路君は、肩を並べて学校へと向かっていた。 その時、何気なく言ったであろう彼の言葉をどう解釈するべきか私は一瞬悩んでしまう。 「え?いや…そうかな?」 「うん。凄く惹きつけられる」 私は思わず自分の腕を鼻に近づけ、匂いを嗅いでみてしまった。 しかし、当然というべきか、そのいい香りとやらを嗅ぎ分けることはできない。 「なんだろ?朝、リンゴ食べたからかな?」 「そうじゃなくて、もっと別の…本来さんが持ってる匂いなんだと思う」 「凄いね、綾小路君ってそんなのまで分かるんだ」 彼の嗅覚の鋭さはクラスでも有名だ。 そのおかげで、女子の変化に敏感に気付いたりもする。 顔も綺麗な彼に、好意を寄せる女子も少なくはない。 かく言う私もその一人なわけだが。 「じゃあ、他の人はどんな匂いがするの?」 「なかなか言葉では形容しがたいな。皆それぞれ違うし」 「そっかー。まあ、匂いってなかなか説明しづらいよねえ」 「でも…」 「ん?」 「さんの香りは、一番好きだな」 隣を歩く綾小路君と目が合う。 真っ直ぐ、照れもせずに言う彼に、私が一人で照れてしまった。 「そ、そうかな…ありがとう」 常日頃から彼にささやかな恋心を抱く私は、この言葉に少しの期待を覚えつつも調子に乗るなと自分に言い聞かせた。 彼にとって、人の匂いを褒めることは日常茶飯事なのかもしれない。 きっとそうに違いない、そう言い聞かせる。 「――いいのに」 「え?」 自分の考えに没頭して、彼の言葉を聞き逃す。 なんて勿体無いことをしてしまったのかと後悔しつつ、私は問い返した。 彼は、思わず歩みを止めた私の前に一歩踏み出し、向かい合った。 「さん、手をかしてくれないか?」 「…?」 展開に全くついていけず、何も考えないまま黙って彼に手を差し出す。 すると彼はおもむろに私の手の平に顔を埋めた。 「え!?うわ、ちょっ…」 それはまるで、私の掌に口付けているようにも見えた。 しかし、そうではないことをぼんやりと分かっていた。 「あ、あの…」 私がしどろもどろに声を出すと、彼は名残惜しそうに顔を離し、私を見た。 「さんの香りを保存して、いつも持ち歩ければいいのに」 言葉の意味をどう捉えたらいいのか分からず、呆然としてしまう。 彼の視線から逃げることができず、彼に触れられている手の指先さえ動かせなくなる。 それでも、今ここで彼に言うべき一番適切な言葉を自分の頭から引っ張り出せたことは、我ながら賞賛に値すると思う。 「じゃあ、私、ずっと綾小路君の傍にいる。傍に…いさせて欲しい」 そう言うと彼は、嬉しそうに笑った。 << |