君の笑顔はまるで花のよう










暗澹に咲き乱れる









赤い花を腕に抱えたが笑った。


「白蘭さん、この花、綺麗でしょう?」

「ああ、そうだね」

「飾ってもいいですか?」

「何処に?」

「あの、真っ白な花瓶に」


彼女が指した白磁の花瓶を僕は手に持ち、渡した。

は嬉しそうに笑って、早速水を入れに部屋から出る。

机に優しく置かれた赤い花は、既に花開き始めている。

僕に赤い花を差し出した人間は初めてだった。

白い花が好きで、買っては正チャンに贈ったりもしたけれど。

赤い花を見つめていると、部屋に戻ってきたがそっと花瓶を目の前に置いた。


「白蘭さんは、白がとてもよくお似合いです」

「……それでなんで赤い花なの?」

「赤が、とても白に映えて、一層きれいだと思ったんです」


が笑った。

咲き誇る花のように、僕を愛しいと心の底から思っているように、眩しく笑った。

今朝起きがけに耳元で聞いた彼女の甘い声を抱き締めた彼女の体を一瞬にして思い出す。

そっと彼女の頬に触れると、少しくすぐったそうに微笑を口に浮かべた。

彼女の肌はまるで作り物のように柔らかく、しかし人工物では決して到達できないほど心地よい手触りをしている。

僕の指先に吸い付くような彼女の肌が愛しくて、何度も撫でた。

その度に無邪気に目を細める彼女はまるで永遠に清らかな乙女であるかのように純粋に見える。

何度僕が汚しても、彼女は永遠に綺麗なままで僕だけを見て、眩しく笑うのではないかと、本当にそう信じさせてくれる気がした。


「白蘭さん、お花生けてしまわないと」

「今すぐ?」

「今すぐです。花が可哀相じゃないですか」


彼女を放しがたく、ねだるように彼女を見ると、我侭な子供をあやす様に優しく彼女が囁いた。

彼女が、花のように笑う。

たった一輪の小さな花なのに、彼女の笑顔は満開に咲き誇るどんな大輪の花々よりも綺麗だ。


「他の花瓶の花も、取り替えてしまいますね」

「どうして?」

「もう、枯れてきちゃっているじゃないですか。新しいの、挿しておきます」


彼女が、花のように笑う。

僕に見せる為に咲いた美しい花。

彼女が僕を魅了するたび、花のように笑うたび――





いつか枯れてしまうのだと、僕はどうしようもできない無常の切なさに締め付けられてしまう






枯れない花などないように。

散って枯れゆくからこそ美しい花のように。

彼女もまた、いつか僕から離れ、他の男を愛するのだろうか。

彼女は必ず、老い衰え、皺だらけの顔で、冷たくなり骨になってしまうのだ。



僕は彼女が手に持った花瓶を叩き落した。



驚いて目を見開くの視線を無視し、床に落ちた真っ赤な花を踏み潰す。

僕の足に踏みにじられた花は、満開になることなくその生を終える、僕の手で、僕の意思で。


「白蘭さ――」


僕の名前を呼ぶの口を塞ぐ。

深く、深く、僕の舌が彼女の口内に入り、彼女に息継ぎすら許さない。

驚き身を捩り、僕を引き離そうとする彼女の腕など何の力もない。




僕は彼女に終わりを与える自然の摂理にすら、嫉妬した。











レオ君が今日の予定を確認する。

僕の前でスケジュールを読み上げるが、真面目に聞かない僕をたしなめる。

僕の視線は、目の前に置かれた花瓶に注がれている。


「白蘭様、聞いていますか?」

「うん」

「……では、以上です」

「うん分かったよ、ありがとね」


呆れたように溜め息をつくレオ君に視線を移すことなく花瓶を見つめていると、彼が花瓶に視線を移した。


「綺麗な花瓶でしょ?」

「はあ。ですが、花を挿されないのですか?」


僕は花瓶を手に取り、服の裾で軽くそれを磨いた。

白磁の花瓶は心地よい手触りで、ほこり一つない。

当然のように皺一つない白い花瓶は、真新しいベッドのシーツのようにも見えた。

そこに飾られた赤い花がどんなに美しく愛しいか、僕はきっとこの世の誰よりもそれを知っている。


赤い花を飾ろう。


「赤い花を飾ろうかな」

「赤い花ですか、珍しいですね」

「赤は、白によく映えるんだよ」

「そうですね。では後ほどお持ちしましょう」


そう言ってレオ君は部屋から出て行く。

彼の背を見送ることもなく、僕はもう一度花瓶を磨いた。








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