ここのところ、毎朝鳴り響く不快な音。 ピーピーピーピー 「……っく」 部屋の端にある通信機から、反対側に位置するベッドまで呼び出し音が響く。 ベッドの上で未だ毛布にくるまったままのは、その音に顔をしかめながらも抵抗を続ける。 音が届かないよう、布団に潜り込む。 ピーピーピーピー 段々と音量が増してくる呼び出し音は、一向に切れる気配を見せない。 「っああ、もう……」 誰からの通信かは、にとって分かりきっていることだった。 それ故、余計に体は重くなった。 悪態をつきながら、ゆっくりと起き上がり通信機の前に立つ。 ピッ 「おはよう、。昨夜はよく眠れたかな?」 ディスプレイに映るのは、いつもと変わらない仮面に、人を見下したように笑う口元。 の上司であり、赤い彗星と呼ばれる、シャアその人だ。 「……おはようございます、少佐。お陰様で、今の今までこの上なく心地よく眠っていました」 は精一杯の非難をこめて返事をする。 寝起きの髪を不機嫌そうに掻き揚る。 視線をシャアに向けることはせず、斜め下を見つめる。 「そちらの今日の天気はどうだ?」 「天気が知りたいなら、天気予報を御覧になってください」 「私は君の口から聞きたいんだ」 「……快晴です」 そうか、それはよかった。と満足気に笑うシャアの顔に一瞬殺意が芽生える。 「あのですね、少佐」 「なんだ?」 「私、今日はオフなんですよ。知ってますよね? 偶の休みなんです」 「もちろん、知っている」 そりゃあ上司ですから、知ってて当たり前ですよね、と嫌味を込めて言おうとし、面倒になりやめる。 その一瞬の間で、シャアはああと頷き 「悪いが、私は今宇宙にいるのでな。デートには付き合えそうにない」 「頼まれてもごめんですけど」 物凄く勘違いな言葉をかけてきた。 「絶対、分かってますよね。何かの嫌がらせですか?」 「悪いが、さっぱり検討もつかないな。デートはできなくても、会いに行った方がいいか?」 「来て頂いても、絶対会いません」 「それは残念だ」 シャアは、全く残念そうでない顔で言う。 人を小馬鹿にしたような笑顔を崩さず、むしろ楽しそうだった。 それを見ると疲れがどっと圧し掛かり、早々に会話を終わらせる方向で思考が巡った。 「……寝かせてください。お願いですから、今日は昼まで寝かせてください」 「いくら休日とはいえ、不規則な生活は関心しないな」 ハハハと笑うシャアは、今のの言葉で長話をする気になってしまったようだ。 「少佐が上司じゃなかったら、とっくに回線切ってますよ」 「私が君の上司だから、その立場を利用しているんだ」 げんなり 疲れ果てたは、床に座り込み、ディスプレイを見上げる形になった。 「上司は、毎朝部下のモーニングコールなんてしませんよ」 「別に遠慮する必要はない。大切な部下が寝坊でもしたら大変だからな」 「いえ、遠慮なんてしてません。むしろ毎朝、起床予定時間よりも早く起こされるもので正直迷惑なんですけれども」 「……」 うつむいて、迷惑だ、とハッキリ言った。 シャアの反応を待つが、返ってこない。 言い過ぎたのだろうかと、心配になり顔を上げる。 ディスプレイには、変わらぬ笑顔のシャアがいた。 と画面ごしに目があうと 「私は、君のその、寝起きの不機嫌そうな顔や迷惑そうな態度が好きなんだよ」 ニヤリと笑って言い放ったシャアの顔に、殺意が涌く。 「あんた、変態ですか……」 上司をあんた呼ばわりするのは初めてだったが、罪悪感など微塵もない。 むしろ、「お前、キモいなー」と言うのを精一杯制御できた自分自身を褒めた。 楽しそうなシャアの顔への殺意は、いつの間にか薄れ、変わりに謎の疲労を感じ早々に会話を打ち切ろうと、ため息を一つついた。 「とにかく、今日はこれで失礼します。少佐はお仕事にお戻りください」 そう言って立ち上がり、通信を切ろうとする。 「」 突然、名前を呼ばれ、画面に目をやる。 「昨日も今日も明日も、これから先ずっと、朝一番に君が会うのは、私だ」 そういうことは仮面を外して言ってください、と口から出かかり、やめる。 シャアが口に浮かべた笑みは、最初から変わることなく、まるで人を小馬鹿にしたようで。 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、判断がつきにくい。 「……なんでですか?」 平静を保ちながら、そう言うのが精一杯だった。 「それは、君が考えるといい」 ピッ 通信を切る。 暗くなったディスプレイを少しの間見つめ、ベッドに戻る。 枕もとの時計は、朝の6時をさしている。 アラームは掛けられていない。 このことすら、シャアにはお見通しのような気がして、酷く悔しい気持ちになった。 << |