「鼻血だしてる男は嫌いですか」

「好きなわけあるか!!」


私にとって、シャア・アズナブルは奇妙な存在だ。

最初は、よく顔をあわす後輩だなあと思っていた。

自分の才能を自分で分かっている、凄いヤツだなあとも思っていた。

いつの間にか、シャアと私はよく目が合うようになり、話をするようになった。

それでも、同じ部隊にいるわけでもないシャアは私にとって只の後輩……まあ、凄い部類の後輩でしかなかった。

まさか、その凄い後輩が私の目の前で鼻血を出すなんて誰が予想しただろう。

まあ、鼻血を出したのは私が原因なわけですが。


「うん、殴ったことは謝る、ごめん。
 だから早いトコ、医務室へでも行って鼻血を止めてきなさい」

「あまり反省の意が見られないな」

「お前、後輩としての態度わきまえろよ」


前から薄々は思っていたが、ふてぶてしい奴だ。

私は一応シャアよりも上の階級……そのはずだ。

しかし、こいつのこの態度は、まるで自分が私より目上であるかのようだった。

そんな偉そうな態度が、むしろシャアには似合っていると思ってしまうが悔しいので口に出してはいけない。

付け上がられても困るし。


「まさかアナタがそんなに照れるとは思わなかったもので」

「いや、照れっていうか……」


誰だって、いきなり後ろから物凄く嫌なプレッシャーを感じたら警戒するだろう。

その結果、とにかく思いっきり拳を振ったらシャアの顔面がそこにあったというわけなのですが。

この人仮面なんて被ってるから、私の拳に仮面が加わって鼻に大ダメージを与えてしまったのだろう。

シャアの鼻血を見て、咄嗟に「うわっ」と声を上げてしまった私にシャアが言った第一声が冒頭のセリフになる。

いや、もっと言うことあるでしょうと思いつつ、シャアは奇妙なのでしょうがないかと納得しておく。


「……なんか、凄く嫌な感じがしたんだけど、あんた何しようとしてたの?」

「意味がわからないですね、挨拶をしようと……」

「いや、嘘でしょ。挨拶ごときで、なんで私が照れるっていう発想に至るのよ」

「しかし、何かしようとしていたという証拠でも?」


肩をすくめ、とぼけたように笑うシャア。

そんな事をしている間にも、鼻血が止まっていないわけだが、シャアは一向に気にしていない。


「……すごく嫌な感じが……それだけですが」

「それでは、証拠にならないでしょう」

「いや、でも、殴ったことを謝る気にもならない位とにかく嫌な感じだった。むしろ気持ち悪い部類」


あの感覚は気のせいではない、はず。

私だって腐っても軍人だ。

それくらいの勘は信用している。


「ニュータイプか」

「え?」

「いえ、何でも……」


シャアがボソッと何かを呟いたが私には聞き取れなかった。


「分かりました。には以後、必ず数メートル離れた所から気を遣って挨拶をするようにします」

「あ、いや、別にそこまでしなくても…って、私だって一応先輩なんだから呼び捨てはやめなさい」

「ああ、申し訳ない、つい癖で」


癖ってなんだ、癖って。

私はシャアになんて呼ばれた覚えはないぞ。

何処で私を呼び捨てにしているのだ、陰口でも叩いてるのかコイツは。


「とにかく、なんでもいいから鼻血を止めたほうがいいんじゃない?服も汚れるし」

「ああ、もともと赤い服なので支障ないですよ」


さすが、赤い彗星……なんて納得するほど私は変人ではない。

ワケが分からない。


「それなら、そのまま出血多量で死になさい」

「それは難しいな。その前に止まると思うが」

「あなた、何がしたいの?」

「それを言うと、あなたが逃げてしまうので言えませんね」


……本当に何がしたいんだ。私は少し警戒する。

……シャアは、私に謝って欲しいのだろうか。

(私が何故逃げてしまうのかはよく分からないが、シャア自体がよく分からないので流すことにする)

それは、そうだろう。

出会いがしらに殴って、流血沙汰になって(たかが鼻血、されど鼻血か……)それでも私の口から出るのはキツイ言葉ばかり。

確かに、逆の立場なら私は怒り狂っていることだろう。


「……ごめん。悪かった」

「……」


本当に申し訳なく思い、謝罪する。

しかし、シャアは何も言わない。

まだ足りないのだろうか。


「本当に、ごめん。そりゃあ顔殴られたら、腹立つよね。うん、私が悪かった。すみませんでした」


まだシャアは何も言わない。

むしろ、口元の笑みすら消え、黙って私を見ている。

私は不安になる。

いつも笑っているシャアが私を無表情で見ている……仮面を付けているから目は見えないけど……そんなにも、怒っているのか。

「……シャア? 何か、言いなさいよ……」

不安に思い、シャアの目を見た。

勿論、目は仮面に覆われているため私には見えないが。

シャアの口元が笑う。

不覚にも安心してしまう。


「私は、に名前を呼んで欲しかったんですよ」


そう言って、身を翻した。


「医務室へ行ってきます」


カッコつけて歩いていくが、きっと鼻血はとっくに止まっているに違いない。

うん、カッコ悪い。

そして、本当に何がしたかったのか分からない。


「……そういや名前、呼んでなかったなあ」


いつも、お前とかあんたとかばかりだったような気がする。

申し訳なかったかもしれない。

彼にも名前はあるのだ、立派な名前……親から授けられたであろう、大切な名前が。


「だからって、何も今でなくても……」


鼻血を出したまま、私が名前を呼ぼうとするのを待つシャアは、やっぱり変だ。

気持ち悪い男だ。

そうやって、気付けば私の頭の中をシャアが占めていた。

それに気付いた私が打ちひしがれるのは、もう数十分後の話だが。







「まさか、がニュータイプだったとは、今後はもう少し慎重にいくとしよう」


そう呟いたシャアの独り言を聞くものは誰もいなかった。











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親から貰った名前では、ないですが。



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