綺麗な蝶々
ひらひらと舞うように飛ぶ蝶々
あなたも同じようにひらひらと飛ぶけれど
鏡に映った自分を見て気付くのはいつでしょう
自分が他とは違うこと
自分は蝶々にまぎれこんだ蛾であると
虫かごの中
『カスが!お前みたいな使用人はいらねえ!出てけ!』
扉一枚を隔てた廊下から聞こえる罵声、怒声。
嗚咽交じりに謝罪する使用人の声、何かが割れる音。
そして、近付いてくる乱暴な足音。
扉が開かれ、不機嫌そうに顔を歪めた青年が現れた。
「何をしている?」
その青年――ザンザスは、まるで数学の公式でも解いているかのように無表情でテーブルに置かれた大きな虫かごを覗き込むに声を掛けた。
彼女は、顔さえも動かすことなく応えた。
「蛾を見てるの」
あまりにもが無心にそれを見ていたので、ザンザスは彼女に近付き、同じように無表情のままその虫かごを覗き込んだ。
その中では、5・6羽ほどの蝶々が入っていた。
あるものは、羽を閉じ、あるものはヒラヒラと飛んでいる。
「蝶じゃねえか」
「ううん、ほら、見て」
そう言ってが指差す先を見ると、大きく、黒々とした基調の中に青や緑、ピンクの色付けが成された蛾がいた。
「綺麗だよね。わざわざ頼んで貰ってきたの」
「蝶じゃねえのか、こいつ」
「蛾だよ」
ほら、触覚の形が蝶と違うでしょう、と彼女はザンザスに説明しようとしたが、彼は既に興味をなくしていた。
足を投げ出してソファーに座り、めんどくさそうにくつろいだ。
は未だ、蛾の動きを目で追っている。
ザンザスが目の前にいるのに、その存在がないかのように蛾に耽るに少なからず不快感を覚えたザンザスは、顔をしかめた。
「蛾が見たいなら、ワザワザ蝶まで飼わなくていいんじゃねえのか?」
「興味があるのよ」やはりは目を離さずに応える。「蝶々の中で育った蛾は、自分を蝶だと勘違いするのか――」
彼女はゆっくり顔を上げ、ザンザスを見た。
その顔にあるのは、笑み。
そこに込められたものは、嘲笑か同情か哀れみか。
その表情の理由も分からず、しかし心底気に食わないその表情にザンザスは眼光を鋭くした。
は、その眼光に反応もせず、視線を蛾に戻す。
「さっきの声、また使用人に怒鳴り散らしてたの?」
「・・・」
不機嫌に口を噤んだザンザスを見、小さいながらも溜め息をつく。
「俺は9代目の息子だ。使用人にだって厳しく教育して何が悪い」
「・・・」
「俺が10代目に就任してからも、お前なら愛人においてやるぜ?」
そう言って、顎でを誘う。
緩慢な動きで、気だるげにザンザスの隣に腰をおろした彼女の顔を荒々しく片手で掴み、無理やり視線を合わす。
「もちろん、俺に従うことが条件だけどな」
乱暴にソファーに押し倒され、首筋に噛み付くようにキスをされる。
それはそのまま、下まで降りていく。
痛みに顔を顰めながらも、は顔をテーブルの上の虫かごに向ける。
蝶と一緒に羽ばたく蛾を見て、笑う。
あなたは蛾なのよ
蝶じゃない
あなたが蛾だと知った途端に人は不快な顔をするでしょう
何も知らない哀れなあなた
可哀想ね
切ないね
そこがとても愛しい
弱く脆いあなた
全てを知ってあなたが壊れるとき
私はきっとあなたの傍にいるわ
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