「だめです…何処にも、いません」
息を切らせながら、獄寺は電話越しにツナに告げた。
が走り去った後、事情を知るものだけでを探しに散り散りになった。
それ以外の人にこのことを知らせたら、パニックが起きかねないので内密にしている。
それが余計な足枷ともなり、捜索を難航させていた。
ボンゴレファミリーのボスということで、易々と場を離れることのできないツナは、皆からの報告を受けていた。
「そっか…」
「まだ、探してみます」
「うん…でも、無理はしないで。皆にも、そう伝えてくれる?」
「はい!分かりました」
獄寺からの通信が切れる。
段々と、皆からの報告が減っていくことに、ひたすら不安が募る。
骸と雲雀に到っては、一度も連絡はない。
この二人の性格上、きっと連絡が入ることはないだろうとツナは溜め息をついた。
「しっかりしろよ」
「分かってるよ、リボーン」
おそらく、自身も捜索に加わりたいに違いないのに、それでも傍にいてくれているリボーン。
その存在が、なによりも今のツナを励ましていた。
「ありがとう」
「感謝されるようなことをした覚えはねーぞ」
「何処に、行っちゃったのかな…あの人」
名前も知らない、その人。
の外見をした、ではない人。
「俺、が戻ってきたら、に言おうと思う」
「…何を、と聞くのは野暮だな。あいつに感化されたのか?」
「…」
「今更だな。昔、をふったのはツナだろうが」
「そうだね、もう否定しないよ。でも、時と共に思いだって変わる。とっくに知ってるだろ?」
「そう簡単にはいかせないぜ。何たって強力なライバルがうじゃうじゃいる」
「リボーンも、その一人だろ?」
強気な顔を見せるツナに、リボーンは両肩をあげてとぼけるような顔をした。
その二人の姿はライバルというよりも、仲間という言葉があてはまる、優しい空気が流れていた。
「それから、の笑顔が見たいな」
例え、自分の想いを拒絶されたって、それでも
「俺は、が笑ってくれていればいいんだ」
だから、早く――
× × ×
どこから、間違ったのだろう。
頭では分かっているのに、心が理解していない。
横たわって眠るの内で彼は、葛藤していた。
あれだけ、偉そうにの為にと豪語したけれど、分かっていたのだ、自分の矛盾を。
自分が如何に自分勝手な物言いをしているか。
一番醜いのは、自分なのだと。
「迷っているの?」
の声がする。
彼女は優しい。
自分を怒るかと、拒絶するかと思っていた。
それでも、会話を始めてから彼女は、優しく話を聞いてくれた。
そして、思い出してくれた、あの頃のことを。
最初は、会話する余地のないくらい彼女は自分を抑え込んできて、意識の底に沈めようとした。
だから、こうやって話ができるということはつまり、彼女の精神が弱ってきているという証拠でもあった。
今もまだ、は自分を抑えようと頑張っている。
もう諦めて、心を投げ出してしまえば楽なのに…。
「どうしては僕のものになってくれないの?」
「私は、ボンゴレのものになるって決めたから」
「…僕は、マフィアは嫌い」
「うん、私も別にマフィアが好きなわけじゃないわ」
「その、ボスの人が好きなの?」
「そうね、皆が好き」
昔と同じ質問。
それでも、答えは昔と違う。
「昔は、そんなこと言わなかった」
「今は、昔と違うもの」
「でも、僕は君を助けに来たのに…なのに、こんなの…ない」
「あなたは、私のことが好きなの?」
「そうだよ!大好きなんだよ!愛してる!何よりもっ…!」
「違うでしょう?」
「え?」
「あなたが本当に大事なのは、あなた自身でしょう」
何を言っているんだろう、は。
そんな、僕は、僕はどうなってもいい、それでもを助けたくて。
あの、汚らわしい男共から、自分勝手な家族から、解放してあげたくて。
「私はそんなこと、望んでなかった」
何故そんなことを言われるのか分からない…いや、分かっているけど分かりたくない。
「間違っても、あなたと死にたいなんて、思っていない」
『そうだよ、大好きだ。だから、
ここで、一緒に死ぬのも 悪 く な い よ ね 』
今朝、自分で言った言葉がフラッシュバックする。
「あ、あんなの冗談に決まってるだろ、あいつらを脅かすための…」
「嘘」
「嘘じゃない」
「嘘」
「嘘じゃない!!」
「嘘。私にだって、あなたの心が分かるのよ。あなたが自分でいったんじゃない、私達は共有してるって」
「…っ」
「私は、そんなこと、望んでなかった」
はっとする。
認めたくなかったことが、自分の目の前に迫ってくるのが分かる。
ちがう、そんなことを思っている時点で、もう認めているも同然じゃないか。
僕があいつらとどう違うというのだろう。
自分勝手で、彼女を振り回して、彼女を奪った。
幼いあの日の、の笑顔を思い出す。
、ねえ、…
「、笑って?」
「…」
「…」
僕が、自分で口の筋肉に力を入れる。
口の端が上がったのが分かった。
でも、ここには鏡がない。
の顔を見ることができない。
の笑顔を見ることが、できない。
ゴソっと、部屋の隅に寝ていた人影が動く。
立ち上がり、僕のそばに来る。
その人影は、僕自身だ。
僕は、僕の体で無理やり笑わせたの顔を見る。
その顔はやつれて、口の端が上がっただけの無表情だった。
× × ×
「っくそ!」
苛立たしげに、獄寺は机を蹴った。
鈍い音が部屋に響く。
その音に、リボーンは不快そうな顔をした。
リボーンの顔色を見て溜め息をつき、山本は宥めるように肩を抑える。
「落ち着けって、獄寺」
「落ち着いてられるか!こうしてる間にもは…!」
「分かってるけど、今お前がここで苛々してどうにかなる問題じゃないだろ?」
「涼しい顔してんじゃねぇよ!お前は、のこと心配じゃねーのか!?」
「…心配に決まってんだろ?」
静かに言う山本だったが、その言葉全体から山本の怒りが伝わってきた。
何もできない自分への激しい怒り。
はっとなった獄寺は、大人しく項垂れ「悪い…」と絞り出すように言った。
あっけらかんと笑い、それを流す山本だったが、その裏に激しい怒りが宿っていることに気付かない者はもういなかった。
一度散り散りになったメンバーは、日没にあわせ再び集まっていた。
ツナが全員を見渡す。
「骸さんと、雲雀さんは?」
「連絡が取れない。あいつらのことだ、を見つけるまで戻る気はないんだろうな」
「まあ、そんなことだろうと思った」
彼らの単独行動に慣れきってしまったツナは、乾いた笑いを見せた。
「まあ、あの二人ならきっと大丈夫かな。皆も、今日はちゃんと休んで明日またを探してくれる?」
「まだ俺は大丈夫です…!すぐに探しに戻ります」
「ダメだよ」
「でも…!」
「獄寺君、皆がそうやって動いてたら、ファミリーの皆が変に思うだろ?だから、今は…」
ツナの言葉に、悔しそうに従う獄寺。
外はもう暗くなっていた。
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