墓標に捧げたささやかな花の前に立ち尽くした。

この石碑に刻まれた名の男は、この墓の中に居はしない。

それでも私は毎年必ず、ここへ花を持ってくる。

この男の命日だからだ。

思わず涙腺が緩んでしまうようなつまらない感傷など、とうの昔になくなった。

何もない、名前が刻まれただけの石に思うことなどありはせず、ただポッカリとした空虚を感じた。

風が吹く。

私の髪が、顔に触れる。

人工の青い芝の中に佇むくすんだ灰色の石碑。

青と灰色、その視界に、ひらりと舞ったのは、赤。

不似合いな真っ赤な一欠けらが、私の視界の中を舞った。

ひらひらと落ちるその赤を視線で捕らえると、それが花びらであることに気付く。


さく


背後から、足音が聞こえる。

赤い花弁を纏い現れるような気障な男を私は一人しか知らない。

振り向かずとも分かる、その存在感。


「誕生日おめでとう、


そう言ってその男は、私に薔薇の花束を手渡した。

私の父の墓前に、真っ赤な花弁を供えて。









#1. 軍人の















最初の出会いはフラッグの採用祝賀パーティー。


、紹介したい男がいるんだけど」


そう言って私に声をかけてきたのは、友人のビリー・カタギリだった。

アイリス社でフラッグの開発に携わり、この度晴れてユニオン軍の技術顧問となった。

以前より軍との交渉や打ち合わせに関わっているうちに親しくなった男だ。

私よりも年上のくせに頼りがいがないという印象はあれど、一緒に居て落ち着ける珍しい男だった。


「誰?」

「この度の、一番の功労者だよ」


カタギリに促され、彼の後ろに立っていた金髪の男が私に歩み寄ってきた。

スーツを着たその男は、私を見て微笑みかけて見せた。

どこか不遜にも見えるその笑顔は、きっと本人には無自覚なものに違いない。


「初めまして、グラハム・エーカーです、宜しく」

です」


好意的に差し出された彼の手に応え、握手を交わす。

がっしりとした大きな手が、鍛えられた軍人であることを示していた。

すぐに手を離そうと手を引くが、彼の手が私の手を放さない。

微笑を浮かべたまま私の顔を見ている。


「……あの」

「ああ、これは失礼」


私の声で初めて自分が手を握ったままだと気付いたように彼は慌てて手を引いた。

そのやりとりをのんびりと見ていたカタギリは、私と彼の手が離れたのを合図のように紹介を続ける。


「グラハム中尉はフラッグのテストパイロットとして貢献してくれた、優秀なエースだよ」

「存じています」

「グラハム、彼女はフラッグの開発がまだ書類状態だった頃から僕達をサポートしてくれた優秀な女性なんだ。プレゼンテーションや予算の打ち合わせまで、彼女なしではフラッグの形を作ることすらできなかったかもしれない。影の功労者だ」

「素晴らしいな」


感心したように私を見るグラハム・エーカーの目があまりにも輝いていて、私は思わず目をあわせないようにした。


「私は上から与えられた仕事を全うしただけです」

「彼女は謙虚なんだ」


私の言葉を打ち消すようなカタギリのセリフに、グラハム・エーカーはより一層私を眩しそうに眺めた。

仕事をやり遂げただけで、こんなにも賞賛されることは何もない。

私は少し、居辛さを感じる。


「私からも感謝したい。貴女のおかげで素晴らしい機体に乗れたことを」

「私の力ではありませんし、それならば私こそ貴方に感謝します。あなたのおかげで昇給できましたので」


無事にフラッグを今期の主力機に採用することが出来たおかげで、私の評価も高まり給与も上がった。

そう軽口を叩くと、カタギリとグラハム・エーカーが少しだけ面白そうに笑う。

実際、相手方のモビルスーツのパイロットに高名なスレッグ・スレーチャーが選ばれたと聞いたときはらしくもなく、内心で焦っていた。

フラッグの性能を信じ、時間をかけて開発まで持ち込んだのに、ここでパイロットの腕による敗北というのは無念すぎる。

この祝賀パーティーに自分が堂々と立てたことをこのグラハム・エーカーに感謝したい気持ちは本当だった。


「彼女の父親も、パイロットだったらしいよ」

「ほお……では、あの大尉の?」

「グラハム、知っているのかい?」

「もちろん、軍人で彼の名を知らない者はいない」


人の個人情報をほいほいと話す男だとカタギリに溜め息をつくも、彼はそれに気付かない。

グラハム・エーカーの視線が痛いほどに突き刺さる。

私の父も、パイロットだった。

一応、当時エースパイロットと呼ばれていたらしい。

幼い頃の記憶は、あまり家には居ず、戦争に出かけていた覚えしかない。

軍に入ってから、父がモビルスーツのパイロットとして有名であったことを知ったくらいだ。


「一昔前の話です」

「そんなことはない。幼少の頃、君のお父上に憧れてパイロットを志した者もいるくらいだ」

「そうですか。きっと父も喜びます」


子供のようにはしゃぐ彼もまた、私の父に憧れた一人なのだろうか。

感動も喜びもなく、私は退屈に彼を眺めた。

遠くで、カタギリを呼ぶ声がした。

エイフマン教授が手を挙げてカタギリを呼んでいる。

取材陣やお偉方に囲まれ、ほとほと困っているようだ。


「悪いけど僕は教授の所に行かないと」

「ええ。この度はおめでとう、カタギリ」

「ありがとう、


来賓への挨拶に大忙しなエイフマン教授をサポートする為、カタギリは私たちから離れた。

残されたのは私とグラハム・エーカーだ。

彼は近くを歩いていた給仕に近付き、「失礼」と声を掛け盆に乗せられたグラスを二つ手に持った。


「どうぞ」

「ありがとう」


私の隣に戻ってきた彼は、私にそっとグラスを差し出す。

中に注がれたワインが緩やかに波打った。

私は彼の手からグラスを受け取る。

別段話したいこともなく、私は壁にもたれて会場を見回した。

友人が数名、早速パイロットの男性と話し込んでいるのを見つける。

前方に用意されたステージに、有名なブランドのスーツを着た男が立った。

フラッグ開発の、名ばかりの総指揮、総責任者だ。

マイクで会場に声を響かせる。

フラッグ完成までの過程や、この度の感謝。

そしてグラスを掲げ、乾杯の掛け声をかけた。


チン


私の手に持ったグラスが音を鳴らした。

手元を見ると、グラハム・エーカーのグラスがあった。


「乾杯だ」

「ええ」


彼と同時に、互いのグラスに口をつける。

高そうな味のワインが喉に流れ込んだ。





グラハム・エーカーが私の名前を呼ぶ。

馴れなれしい男だと思いつつ、初対面の相手だ、愛想よく返す。


「何でしょう、エーカーさん」

「君は、運命というものを信じるかな?」

「いきなりですね」

「私は乙女座でね。素晴らしい人との出会いは運命であると思わずにはいられないのです」

「それが?」


グラハム・エーカーは、私の手にそっと触れた。

私の手に握られたグラスを取り、壁際のサイドテーブルに置く。

そのまま、私の手に口付けた。


「君は、この出会いに運命を感じないか?」

「いいえ」


きっぱりと言って、私は手を引いた。

少し残念そうな彼は、それでも笑みを口に浮かべたまま肩をすくめて見せた。


「ごめんなさい、エーカーさん。上司が呼んでますので」


グラハム・エーカーの反応を待たず、早々に背を向ける。

上司が呼んでいるというのは嘘だが、姿を確認はした。

振り向かないまま、私はグラハム・エーカーから離れる。

しかし、絡みつくような視線はいつまでもとれなかった。

上司の元へ行くと、ちょうどカタギリとエイフマン教授が一緒だった。


「やあ、

「やあじゃないわよカタギリ。何なの、あの男は」

「まあ、少し変わっているよね」

「何であんな男、紹介したの?」

「いやー、彼がどうしてもとね」

「は?」

「彼、君の姿に運命感じちゃったらしいよ」

「……」


また運命か。

そんな目でカタギリを見ると、慌てたように「僕はよく分からないけど」と首を振った。








祝賀パーティーは夜遅くまで続いた。

私はあれ以降、グラハム・エーカーと話をすることはなかった。

しかし彼の視線を感じ続け、私は目があうのを避けるために彼を見ることができなかった。


















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