その出会いは偶然だったのか、必然だったのか。 もしかしたら、彼女が仕組んだことだったのかもしれない。 しかし、今となってはどうでもいいことだ。 重要なのは、いつしか彼女が俺の傍にいたということ。 邂逅 その日もいつものように、リヴァルに連れられて行った貴族とのチェスに勝利し、大した感動もなく帰路についていた。 リヴァルのサイドカーに座り、本をめくる。 ブリタニア人の下品なイレブンへの嘲笑や罵声が聞こえてきたが、それも珍しいことではなく、うんざりした思いで目をやった。 路上では、衝突したらしい車が二台放置されている。 いつものように、騒ぎを止める気もない野次馬が集まり、好奇心や同情といった好き勝手な視線を向けている。 リヴァルは前方に設置されている赤信号に従いサイドカーを停めると、俺を見た。 「あーあ、またなんかやってるよ」 「そうだな」 「どうするー、ルルーシュ」 「どうするって?」 「別にー。雰囲気悪いなーと思ってさ」 盛大に溜め息をついてリヴァルは肩を落とす。 ブリタニア人とイレブンの交通事故。 例え非がブリタニア人側にあったとしても、どうにもならない揉め事だと思った。 渦中の人物は年老いた日本人の老夫婦と、センスも柄も見るからに悪いブリタニア人の男。 男は「イレブン風情が」「土下座しろよ」等といった低俗なセリフを吐いて、相手を責めることに余念がない。 俺は本を閉じ腰を上げた。 後ろからリヴァルが怪訝な声を出して俺を呼ぶが、それを無視し駐車されたままの車に近付く。 周りの様子を見て、計画と呼べるほどでもない簡単な考えを固める。 行動に移そうとした瞬間、それまでの状況を一転させるような声が響いた。 「もういいんじゃないですか?」 女の声だった。 意外なそのセリフに、その場にいた人全員の声が止む。 如何にも野蛮で、荒々しく喚いていたブリタニア人の男に馬鹿なことを言う女がいるものだと呆れたのと同時に、少しの羨望を抱き視線を移すと、その女は驚いたことに同じアッシュフォード学園の制服を着ていた。 見覚えのある顔――多分クラスメイトだと思うが、話したこともない相手で名前を思い出せない。 名前の分からないその女は、静まり返り緊張感の張り詰めたその空間に気付いていないかのように勇ましく言葉を続ける。 「もう、いいじゃないですか。こちらの方々が、そこまで非難されるいわれはないと思いますけど」 「なっ……!」 怒りで顔を真っ赤にしたその男が、拳を強く握り締めた。 当人である老夫婦も、取り囲んでいる野次馬も呆気に取られ、今にも女に殴りかかろうとする男を止めようとしない。 野次馬の中に、同じくアッシュフォード学園の制服を着た髪の長い女――こちらも見覚えのある顔――が顔を真っ青にして金縛りにあったかのようにそれを見ている。 女の友人だろうが、咄嗟のことで体が動かないのだろう。 今この場で、正気を保ち冷静でいられるのは無謀なセリフを吐いた本人、ただ一人。 そいつは男の剣幕を恐れず、非難の目を真っ直ぐに注いでいた。 男が拳を振り上げる。 思わず、本当に予想外に俺は声を掛けていた。 「あの、すみません」 タイミングよく口を挟んだ俺に、その場の視線が集まる。 男も、噴き出す寸前だった怒りを止められ、青筋を立てて俺を見た。 振り上げた拳が、振り下ろされることなく留まっている。 「なんだよ!!」 「あれ、貴方の車じゃないんですか?」 いつの間にか信号は青に変わり、停まっていた車が動き出していた。 男の乗っていた車は、先頭にいた小型クレーン自動車に太いワイヤーで引っ張られていく。 それを見た瞬間、男は顔色を変えて車を追いかけ――もちろん追いつけるはずもなく、姿を消した。 勿論、ワイヤーを引っ掛けたのは俺だが、これ以上面倒なことに関わりたくないと思い早々にリヴァルの元へ戻る。 興味をなくし野次馬が解散していく中で、アッシュフォード学園の女二人の声が耳に届いた。 「!もう、無茶しないでよ!」 「あはは、すっきりしたー」 「もー、すっきりしたじゃないよ!心配したんだからね!」 「うわ、ごめんって、泣かないでよシャーリー」 「な、泣いてないけど!」 女の声がする方を見る。 青い顔をしていた女が、無謀な女に抱きついている。 リヴァルもサイドカーを動かしつつ、その二人に目をやる。 「ひゃー、凄かったなあ」 「あの二人、クラスメイトだよな」 「・と、シャーリー・フェネット、だろ」 「ああ、そう言えばそんな名前だったかな」 「さん、普段はあんなこと言うように見えないのに、意外だよなー」 「……そうだな」 視線が、あう。 という名の女の目が、俺を真っ直ぐ見ていた。 何故だか俺も目を逸らすことができず、しばらくのあいだ見つめあう形になってしまった。 エンジン音が響く。 サイドカーの動きが、強制的に俺と彼女の視線を引き離す。 視線が離れる寸前、彼女が笑った。 その笑顔は何故だか俺に、予感を与えた。 これから、俺と彼女は無関係でいられなくなるという、予感。 × × × シャーリーは、に絡みついたまま、しかし顔は去っていくサイドカーに向けていた。 二人で、離れていくルルーシュとリヴァルを見送る。 「さっきの子さ、同じクラスのルルーシュ君だよね」 「うん、そうだったね」 「なんだか、意外だったな。あのルルーシュ君が、あんなこと、するなんて」 シャーリーが呟いた。 心情の変化、特別な感情の始まり。 既に見えなくなったサイドカーに、未だ釘付けのシャーリーの横顔。 その横顔を見ながら、は微笑んだ。 「そんなこと、ないよ」 耳元で聞こえた声にシャーリーは振り向いたが、まるでその一言は空耳であったかのように風に消えた。 ○ >> |