壁越しに聞こえるシャワーの水音を聞きながら、プロシュートは珍しく己を省みた。

なんだってあんな女を引き受けちまったんだ俺は。

自身の性格はもちろん、仕事柄を考えても、自分が彼女を受け入れるべきでないことは誰が見てもあきらかだろう。
壁の向こうにある浴室では、シャワーの水が彼女の体を流れ落ち、床のタイルに降り注ぐ音がする。

彼女は薄汚れた、穴の空いた服を着て、傷んで絡み合った髪を無造作に纏めていた。
顔を伏せて、表情が長い前髪に隠れて見えなくなっていた。
絵に描いたような卑屈、根暗。
第一印象を悪くするなという方が無理のある、見窄らしい女だった。
しかし、髪の合間から少しだけ見えた彼女の目は、プロシュートにある記憶を想起させた。

強いて理由をあげるとすりゃ、あの目だな。

甲高く蛇口が鳴いて、水音が止んだ。
遠慮がちにゆっくりと浴室のドアが開くが、余計に木の軋む音がしてプロシュートはそちらに視線を投げた。
バスタオルで身体を覆い、俯いたままの彼女。胸の膨らみも、身体の曲線も、男性を欲情させるにはまだまだ幼く、平坦だった。
どうしていいか分からず、身動きの取れなくなっている少女を見て、プロシュートは頭を抱えることになる。

誰がこの俺の部屋に、十代の年端もいかない少女に着せる服があると思うんだ?





01.彼と少女と始まりと









ことの始まりは、先月の終わりだった。
今まで名前を思い出すこともなかった程、疎遠だった母方の親戚から手紙が届いた。
内容は、久方ぶりのコンタクトに対する挨拶もそこそこな、ただの呼び出しだった。
付き合いがなかっただけで、別に縁を切ったわけでもない程度の親戚だ。
気持ちのいい手紙ではなかったが、プロシュートは呼び出しに応えることにした。

指定された日――それが今日だったのだが、親戚の家へ赴いて、少女に会った。
根暗で、卑屈そうな少女だった。
彼女は両親を亡くし、そのまま親戚筋を転々としてきたのだそうだ。
自己主張もなく、笑顔もなく、喋ることもない少女が、これまでどんな扱いを受けてきたかは想像に難くない。

「俺に引き取れってのか?無理言うな」

親戚の容赦ない押し付けをプロシュートも容赦無く跳ね返した。
少女の目の前で、親戚とプロシュートは少女を押し付けあった。
その間、彼女はただただ俯いていた。
見窄らしい少女が棒立ちになった姿は、ますますその陰鬱さを主張し、憐憫の情をもつ余裕すら奪われかけた。
プロシュートは、この陰鬱な少女は今、どんな顔をしているのだろうと思った。
それは、一瞬の好奇心だった。
まさかその、たった一瞬の好奇心の為に、自分と少女の関係がこんなにも変化するなんて予想だにしなかった。

少女の目は、何も映していなかった。
彼女の目には、諦めや寂しさ、何らかの小さな意思ひとつ宿っていない。

そんな目をした女をプロシュートは過去に1人だけ見たことがあった。
だけども、その女はこんなに幼くなかった。
この少女はこの歳で、既にこんな目をしているのか。
自分でも信じられないが、プロシュートは居た堪れない、という感情を味わった。

「おい、こいつの荷物は何処にあるんだ?」
「そんなものないよ! その子がお荷物だからね」

親戚ながら、なかなかの下品な発言に全員この場で老化させてやろうかと苛立ちがよぎったが、今は飲み込んでおく。
一言「分かった」と呟き、プロシュートは少女を脇に抱えた。
決して穏やかな抱き方ではなかったが少女は抵抗しなかった。
ダランと足を垂らして、されるがままになっている、にも関わらず彼女の体は驚くほど軽い。

車の助手席に少女を置き、帰路に着く。

「おまえ、名前は何だ?」

プロシュートの問いに、少女は応えない。身じろぎひとつしなかった。

「おい、お前は耳が聞こえねーのか?」

そこで初めて気付いたように少女が顔を上げる。
耳が聞こえない可能性を思案したプロシュートは少し安心した。耳は聞こえているようだ。

「お前の名前は?」
「わ、たし?」

たどたどしい言葉が返ってきた。自分の名前を聞かれたことが予想外だったようだ。
プロシュートは待つ。
同じ質問をもう2度もしている。
少女もまた、プロシュートの言葉を待ち、何も言わないつもりだと気付くと、少し躊躇って今にも消え入りそうな声で言った。

「――
「分かった、。お前は家に着いたらまずシャワーを浴びるんだ。その汚い服は脱いで、髪の一本一本毛先まで丁寧に洗え」

の言葉を受けて矢継ぎ早に話をする。
しかし、彼女はプロシュートが口を開いたことに安心したのか、肩の力を抜いて首を縦に振った。
















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