02.彼らのルール





女物のワンピースが入った紙袋を腕に下げ、プロシュートは店から出た。
こんな時間からいないとは思うが、女性用ドレスの店から出てくる自分を――それも持っているのは少女サイズのワンピースだ――知り合いに見られたら何を言われるか分からないと、周囲を警戒する。
まだ正午には早い時間、が寝入っているのを確認して朝一番に服を買いに来た。
のサイズは知らないが、フリーサイズのワンピースなら着れないことはないだろう。

それさえ着ることができたら、次は本人を連れて買い物に出たらいい。

プロシュートが自宅のドアを開くと、は既に起きてリビングに佇んでいた。
昨日貸したプロシュートのシャツを着ているが、ワンピースと言うには短すぎていた。

「起きてたのか。その格好であまり立って歩くんじゃねえ。はしたない」

少女は慌てたように裾を抑え、その後の対処に困って周りを見回した。

「そこのソファに座れ。好きに座れ」

頷いてソファに座る彼女を見て、いちいち何から何まで言ってやらないと動けないのかとウンザリする。
少女をここまで何もできなくなるように躾けた、何処かの遠い親戚に怒りを覚えた。

「まずはこれを着るんだ」

たった今買ってきたばかりのワンピースを袋から出して、渡す。
は驚いたように、目を丸くして受け取った。
手触りのいい布が、すらりと彼女の腕を撫でた。
プロシュートはその間にキッチンへ行き、湯を沸かす。
しばらく待っても、リビングから何の音も聞こえない。

まさかワンピースの着方が分からないなんて言わねーよなあ。

そんな心配をしつつ、リビングを覗くとワンピースを着たがいた。
彼女はプロシュートが来たことには気付かず、首を捻りながらクルクルと回っていた。
体を回す度、軽やかに広がるスカートの裾を嬉しそうに見つめて、目で追いかけていた。
あどけない少女らしい姿が新鮮だった。
何もない目をしていたと思ったが、どうやら彼女の中にはまだ多くの感情が残っていたようだ。

「気に入ったようで何よりだ」

プロシュートが声をかけると、少女は驚いて肩を震わせ、慌ててソファに座った。
身を固くして俯く彼女に、先ほどのあどけなさはない。
プロシュートは少女に、ホットミルクを渡す。
自分は淹れたてのコーヒーを持ち、の隣に腰掛けた。

「熱いから気を付けろ」

おずおずとカップに口をつけた途端、少女は熱そうに慌てて口を引いた。
息を吹きかけミルクを冷ます姿に、昨日よりは打ち解けてきた気がして、プロシュートは幸先の良さに安心した。

「まず、俺と生活する上でのルールを決めるぞ」

肩を震わせ、不安そうな眼差しがプロシュートを見る。

「まず、声を出せ。特に返事をする時はだ、いいか、口を開いてイエスかノーか、はっきり言うんだ」

首を縦に振りかけ、は慌てて口を開いた。

「はい」
「よし、それでいい。言葉がないってのは辛気臭くて嫌いだ。いいな?」
「はい」
「次に、自分で考えて動け。いいか、部屋にいる時は椅子に座るもんだ。突っ立ったままってのは見てるだけで邪魔になる。座るべきか、動くべきか、それくらいは自分で決めろ。
この部屋のものは、好きに使っていい。キッチンも勝手に使え。
俺は仕事柄、家を長く開けることもある。その間にお前が突っ立ったまま餓死したってことにでもなったら面倒だ」
「はい」
「よし、いいぞ。返事が板についてきた」

口の端を上げて笑ってみせる。だんだんと、少女の目から怯えが消えてきたのを確認し、更にプロシュートは言葉を続ける。

「思うことがあれば話せ。自分の意見や生き方を持たない奴は嫌いだ」
「はい」
「もちろん、俺の意にそぐわない時、俺が怒ることもあるだろう。逆もまた然り、だ。だが、意思を持たない人形みたいな不気味な人間と暮らすよりは、何倍かマシなことだ」
「はい」
「よし」

満足気にプロシュートはの頭を撫でた。
家に来て、初めて彼女に触れた。
昨日、親戚の家から連れて帰る為に抱えた時は、まるで人形でも持つかのような気分だったが、今目の前にいる少女は確かに生きていて、表情は堅いままだが、僅かに頬を赤く染めている。

「今、何か思っていることはあるか?」
「……お洋服……あ、ありがとうございます。あの、私……ありがとうございます」

躊躇いがちに、ゆっくりと言葉を紡ぐ少女をプロシュートは待った。
彼女は人と話慣れていないのだという事実に少し同情し、これから沢山話してもらうためには、話すことを誰も咎めはしないと実感してもらうしかないと考えていたからだ。

「私、の次は何て言おうとしたんだ? ルールを追加するぜ。言いかけて止めるのは禁止だ。思ったことは言うんだ」
「……はい。あの、私……こんなに素敵な、お洋服を着せてもらったこと、今までなくて……その、とても、嬉しいです……」
「そうか、それは良かった」

再び、少女の頭を撫でる。今度は先ほどより少し強めになった。

「そ、それから、あの……こうして、撫でてもらったこともないから、嬉しいです」

プロシュートは自分の顔に笑みが浮かんでくるのを感じた。
これは、に見せるための作り笑顔ではなく、自身の感動から生まれでたものだった。

プロシュートは更に力を込めて、少女の頭を撫でた。













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