を家に招いて、半年ほど経った。
彼女の顔には、次第に少女らしさが表れていた。
例えばプロシュートが仕事で一晩帰らなかった日の朝、家で彼を迎えたのは少女の寂しそうな顔だった。
例えばプロシュートが街のレストランに連れて行った時、口いっぱいに柔らかいシチリアの白身魚を詰め込んだ少女の顔には、高揚した紅い頬があった。





03.Which relations









「なあ、プロシュート、久々に飲みに行かないか?」

イルーゾォに声をかけられたが、プロシュートは素っ気なく断った。
その様子を見て、メローネが絡んでくる。

「最近付き合い悪いんじゃねえのー? 全然相手にしてくんないじゃん」
「元からお前は相手にしてねえ」
「ひどい……」

報告会参加の義務も終わったところで、帰宅しようと卓から立ち上がる。
今まで興味なさそうに話を聞いていたギアッチョがニヤニヤした。

「女がいるか、そうじゃなきゃペットでも飼い始めたんじゃねーのか?」
「まあそんなところだ」

適当な返事をして「どっちだよ……」というイルーゾォの呟きは無視する。
そのままドアを開け、夕暮れの街を家へ向かって歩いた。


自宅の窓から、夕食の匂いが香る。トマトソースとガーリック、それからオリーブの匂いだ。
玄関のドアを開けると、小走りな足音が近づき、が顔を出した。

「お帰りなさい、プロシュート」

まだ少しぎこちないものの、瞳を輝かせ駆け寄ってくる少女は、初めて会った時に比べると別人のように健康的だった。
頬に丸みを帯び、骨のようだった腕や足に肉がついた。
髪の毛も切り揃えられ、彼女の顔は常に前を向いていた。
もっともそれは、プロシュートが追加した「俯いてはいけない」というルールあってのことでもあるわけだが。

こうなって見て初めて、プロシュートは彼女の年齢が自分の思っていたほど幼くないことに気付いたのだった。
十代にいくかいかないか、そう思っていた少女はもうじき17になると言う。
明らかな栄養不足、更には年相応の教養不足もあり、プロシュートは書籍を買い与え自宅にいる間の自主学習を命じた。
料理も課題の一つだった。
外食となると、常に自分が付き添っていられるわけではない為――食事のマナーも知らない少女を1人で外食させることはプロシュートのプライドが許さなかった――生鮮売り場での買い物の仕方を教え、自宅の食事も自分で準備が出来るようにさせた。

勉学も料理も、彼女は驚くほど早く吸収した。
それまで本を与えられることもなかったは、これまで発散されることのなかった、むしろ存在そのものが消えかけていた彼女の中の好奇心や知識欲を芽生えさせ、爆発させた。
プロシュートの口に合う食事を用意出来るほどの腕前になるのに、そう時間はかからなかった。

「プロシュートにお礼がしたくて、何をしたらいいのか分からなかったから、プロシュートと外へ食べに行く時はプロシュートの好きな物を見るようにしていたの。私がその料理に似ているものを作ってあげられたら、少しはお礼になるかしらと思ったの」

初めてプロシュートが声を上げて彼女の料理を褒めた時、どうしてこんなに自分好みの味にできたのかと尋ねたところ、は珍しく長く話した。
そして初めて、誇らし気に胸を張ってみせた。
礼を言って頭を撫でると、また、初めて、は涙を流した。
それは悲しみの涙でないことをプロシュートもも分かっていた。



こうして、プロシュートが帰宅する日は彼女が夕食の準備をして待っているようになった。
彼としても、自分好みの料理が待つ自宅に帰るというのは悪い気分ではない。

プロシュートが帰宅すると、はまず玄関で彼を出迎え、食卓に食器を並べる。
ジャケットを脱いだプロシュートがテーブルにつくと、温かい料理が運ばれて来る――その時、玄関ドアが乱暴に叩かれる音がした。
ドアの向こうの気配は1人ではなさそうだ。

「お客様?」
「出なくていい」

玄関に向かおうとするをキツ目の口調で制す。
ドアの向こうにいる男たちが、招かれざる客だということは聞こえてくる声や気配で簡単に分かった。

「おいおい、プロシュートよう、聞こえてねーわけじゃないんだろうがよー」
「ディ・モールト! いい匂いがするぞ!」

ギアッチョとメローネの声だった。
放っておいたとしても、彼等はどのみちドアを破壊して家に入ってくるだろう。
プロシュートはため息をつきながら、しぶしぶドアを開けた。
玄関にいるに「出てこなくていい」と言って、キッチンへ押し戻した。

「人様の家のドアを乱暴に扱うんじゃねえよ」
「てめえが出てくるのが遅いんだろうが。あと1秒後遅かったらお前の家の風通しが良くなってたぜ」
「おいメローネ、俺の家に入るんじゃねえ」

ギアッチョと睨み合っているうちに、メローネは我関せずと家の中に踏み込んできた。
キッチンへ迷いなく進む彼の鼻をくすぐっているのは、夕食の匂いかあるいは別の存在か。

「いい匂いがすると思った! プロシュートの美味しそうなペットだ!」

プロシュートは慌ててキッチンへ向かう。
当然ギアッチョもついてくるが、もう構っている余裕はない。
キッチンには、壁際に追い詰められたと彼女の真近に迫るメローネの姿があった。

「女というには子供すぎるかなー。犬か猫を想像してたんだけど、こんなに可愛いペットだったなんてなあ!」
「おい、そいつに触んじゃねえ」

プロシュートの制止など全く気にせず、メローネは頬擦りでもするつもりなのかと思う程、に近づいて行く。
プロシュートの拳がメローネの頬を勢いよく弾くのと、彼が「殴るぞ」と発したのはほぼ同時だった。

「男に殴られる趣味はないんだけど!」
「俺も殴る趣味はねえ」

頬を抑えて勢いよく立ち上がるメローネの抗議を跳ね返す。
メローネのダメージが予想より遥かに軽いのは流石といったところだろう。

そんな光景を眺めながら、ギアッチョはテーブルに並べられた料理を食べた。

「なかなか美味いじゃねーか。これはお前が作ったのか?」
「ギアッチョ、俺のもんを勝手にくうんじゃねえ」
「お前のもんかどうかなんて分かるかよ、だったら名前でも書いとけ。俺は皿に乗った誰のものかわからねえ料理を食べてやっただけだ」

怒りのあまり、スタンド能力を発動してやろうかと思ったが、そもそもギアッチョがいたら効果はないことに気付き余計に苛立った。
罪もない少女を巻き込むのは忍びないからスタンドを使わない、と自分に言い聞かせて溜飲を下げる努力をする。

プロシュートのことなど御構い無しに、ギアッチョは料理を食べ続け、調子にのったメローネまでイスに腰掛け出す始末だ。
自分の分を全て食べられてはかなわないと、プロシュートもイスに座り、負けじと食を進めた。
しばらく躊躇ったのち、は白ワインを3つのグラスに注ぎ、それぞれの前に置いた。


「ううーん、俺もペット欲しくなっちゃったなー。あの子くれよ」
「黙れ」
「ペットつうか、給仕だろ。メイドか?タダ働きの」
「黙れっつってんだろうが」

食事を終えてもギアッチョとメローネは帰ろうとせず、あまつさえリビングのソファに腰掛けて寛ぎ出す始末だった。
は甲斐甲斐しく3人分のコーヒーを用意したところで、プロシュートに部屋へ戻るよう言われ退場した。
彼女がいなくなれば、彼等を追い出すのに手荒な真似をしても構わないだろう。

「あいつは遠い親戚の孤児だ。ペットじゃねえよ」
「孤児を引き取る慈善活動なんてしてたのかあ? 運び屋候補? それとも、ここで売春稼業でも始めるの?」
「おい、メローネ、次に口を開いたらその口縫い合わせてやる」

メローネは不満そうに口を尖らせて黙った。
それを見て、ギアッチョはからかうように笑う。

「メローネは他人を不快にさせる天才だよな! しかし、プロシュートがガキと一緒に住むっつうのは確かに意外すぎるぜ。何か魂胆があるとしか思えねえな」
「そんなもんねえよ」
「メローネじゃねえが、何かに使うためなのか、そりゃ勘ぐっちまうぜ。身近に家族を置くっつうことは、そいつが俺たちの仕事にも巻き込まれかねないってことだろ。そしたら、あいつのことはリーダーに報告しなきゃなんねえ」
「それは俺から言う」
「どうだか。実際、今の今まで誰にも言ってねえじゃねえか。そして俺はお前があいつを引き取ってる理由を知らねえからな、勝手な推測でリーダーに伝わっちまうのは仕方ねえことだよなあ?」

挑発するように口をとがらせ、ギアッチョがプロシュートを睨む。
プロシュートからの眼光には怯むことのないギアッチョに舌打ちし、プロシュートは渋々口を開いた。

「俺の初恋の女に似てたから引き取った。それで十分だろ」

ギアッチョとメローネは予想もしていなかった答えに目を丸くした。
短い沈黙の後、メローネが噴き出した。
それを機に、ギアッチョも声をあげておかしそうに笑う。

「そんなセンチメンタルな理由かよ! お前らしいなプロシュートよお!」
「なんだよお! 結局オナペットかよお! 俺が正解じゃないかー!」

手足が段々と細くなり、皺が深くなることに気付いたメローネは慌ててギアッチョに抱きついた。


プロシュートが2人を追い出す声で、は部屋から顔を覗かせた。
ギアッチョもメローネも、案外素直に帰っていく。
既に目的は果たしたといったところだろう。
ドアの隙間から見える少女の不安そうな顔に気付いたプロシュートは、軽く手招きをした。

「悪かったな。出てきていいぜ。お前、何も食ってないんじゃねーか?」
「はい」

部屋から出てくるの為に、サンドイッチでも用意してやろうかと冷蔵庫を開ける。
整頓された冷蔵庫の中には、十分な食材が入っていた。

「プロシュートもちゃんと食事できてないでしょう? 何か用意します」
「たまには俺の料理を食わせてやる。お前はあいつらの使ったカップに煮沸消毒とアルコール消毒をしとけ。口を付けた所は念入りにな」

言い方で、プロシュートの苛立ちに気付いたのか「はい」と一言返事をしてリビングに消えた。
再び、カップを持って現れた少女とプロシュートの間に会話はなく、黙々と互いの作業を続けた。

「すごく美味しい! ありがとう、プロシュート」

リビングでプロシュートお手製のサンドイッチを食べた時、は喜んで頬張った。
しかし、それからはまた互いに黙々と食べ続け、会話はなくなった。
サンドイッチを食べ終わってからも、会話はない。
いつもなら、が合間合間に「今日はこんな本を読んだの」や「今日作った料理の薀蓄やこだわり、歴史」などといった話をする。
プロシュートもまた、それに相槌を打ったり、自分の経験を交えた話を加えて聞かせ、会話は成り立っていた。
今日のこの沈黙はどうしたことか。

「おい、。お前が黙っているのは、言いたいことが何もないからなんだろうな?」

プロシュートの問いに、は体を強張らせた。

「ここのルールだ。思うことがあるなら話せ。話さないってことは、お前は何も思っていないことになる。そうだな?」
「……あの」

珍しく、というか久しぶりに少女のどもった声を聞いた。
彼女は常に従順でプロシュートに言われた通りに、思ったことは話し、返事は簡潔に「はい」「いいえ」で応えていたからだ。
話し始めるのを戸惑ったのは、最初にこの家に来た時以来ではないだろうか。

「私、プロシュートのペット……なんでしょうか?」

プロシュートは「うんざり」を絵にかいたような顔をして頭に手をやった。
メローネとギアッチョは面倒な置き土産をしていったようだ。

「ペットじゃねえ、ついでに言っておくが給仕でも娼婦でもねえ!」
「それなら……」

続いたの言葉に、プロシュートは再び頭を抱えた。
それは、プロシュートこそ聞きたい疑問だった。
父娘というには年が近すぎて、友人や恋人というには距離が遠すぎる。

「私たちって、何なのでしょうか?」

しかし、このか弱い彼女をファミリーやチームだと呼ぶことはまた躊躇われ――。

「さあな」

この日初めて、プロシュートは少女の問いをはぐらかした。






















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