男は微笑んだ。

それはそれは嬉しそうに、笑みを浮かべた。

彼の目は、真っ直ぐにを捕らえている。

その愛情に満ちた目は、周りの風景に酷く不釣合いだった。

その、あまりのギャップに――自分へと向けられる切ないまでの眼差しに――の五感が一瞬奪われた。

その一瞬の間に、の指先に痛みが走った。

それは、刃物がほんの少し掠った程度の痛み。

しかし、目の前の男はを見つめたまま動いてはいない。

嫌な、予感がした。

恐る恐る、視線を自分の手に下ろす。

指先に、小さな切り傷があった。

うっすらと血が滲んでいる。

誰が…?

視線をずらす。

そこには、父がいた。

自らの血にまみれた、の父親。

手に、にぎっているのは三叉の槍。

(私は、これを見たことが、ある)

知っていた、知っている、この三叉槍を見た覚えがあった。

それは、初めて六道骸に会ったとき、彼が持っていたものだ。

それは――

その三叉槍の意味を知ったときには、もう遅かった。

の父は、亡骸に戻る。

男は、微笑み、ゆっくりとの中に入ってきた――。



 × × ×


憑依弾

エストラーネオファミリーが開発した特殊弾。

三叉槍で傷をつけた相手に憑依することができる。

しかし、その使い方があまりに悲惨だったため破棄され、禁弾となった。

その憑依弾を使いこなす為には、強い精神力、そして弾との相性の良さが必要とされていた。




 × × ×




朝。

昨夜の夕食の席で起こったの変化を皆が気にしていた。

いつもと変わらない姿で、席につき食事を摂る

しかし、疲労感が彼女をまとっていた。

おずおずと、ランボが声を掛ける。


さん、あの…」

「…」


反応が返ってこないことに不安を募らせ、それでも触れられずにいた。

まるで、が脆いガラス細工になってしまったかのように。

いや、実際に今の彼女はそんな雰囲気を漂わせていた。

しばらく無言で見ていた雲雀が、イライラとした様子で足音を立ててに近付く。


、返事くらいしなよ」


肩を掴み、体を自分に向けようとする。

の体は、その力に抗い、彼女の右手は自分の目の前にあった、まだ料理の残っているスープ皿を掴んだ。

雲雀は咄嗟に体を右に逸らす。

雲雀の体があった空間にスープが飛ぶ。

まだ熱い、出来たての、の席に置かれ、つい先ほどまでが飲んでいた。

はスープ皿を持ったまま立ち上がった。

その目は、雲雀を見据えている。

それは、憎悪の瞳だった。

が、自分のファミリーに負の感情を大っぴらに向けたことは今まで一度たりともなかった。

そのが、憎しみのこもった目で雲雀を見ていた。

ゆっくりと右手を振り上げ、勢いよく皿を床に叩きつける。

ガラスの割れる音が響いた。

破片が飛び、の足を傷つける。

しかし、の反応は全くなかった。


「汚い手で、この体に触るな」


それが彼女の発した、この日の最初の言葉だった。

その言葉は、確かにの声だった。

しかし、その雰囲気は明らかにのものではない。


「君は、誰?じゃないよね」


ツナが、立ち上がりに近付く。

ツナの顔は、確信しているような迷いのない顔だった。


「僕が誰かなんて、そんなことはどうでもいいじゃないか」


――いや、の姿をした何者か――は、両腕で自分の体を包んだ。


「大切なのは、今、は僕のモノになったってこと、それだけだよ」


恍惚とした表情で、自分の体を強く抱きしめる。

「なに、バカなこと…」誰かの呟きが聞こえた。

その呟きを敏感に聞き取り、勢いよく顔を上げたはゆっくり服の下に手を入れた。

そこから引っ張りだされたのは、三叉槍。

それを見た瞬間、骸の表情が変わった。


「それは…」

「そう、君は知ってるよね?これを」

「エストラーネオファミリーか…」


リボーンが舌打ちする音が聞こえた。

は、骸に顔を向ける。


「これでもね、君には感謝しているんだよ。あのゴミの様なファミリーを壊してくれたんだから。でも、だからっては君達に渡せないな」

「憑依弾を使ったんですか?いつから?」

「一週間前。が、実家に帰ってきたときからだよ」

「昨日のも、君ですか?」

「正確に言えば、ボクとどっちもだよ。どうも僕さ、憑依弾と相性が良くないみたいなんだよね。ずぅっと、ってば僕のこと抑えつけてくるんだ」


の目から、涙が零れた。

しかし、表情は変わらず、は話し続ける。


「あ、ほら、また出てきた。の精神は、僕と紙一重の位置にいるんだ。こうやって、涙になって出てくる。は、凄く強いんだよ。一週間以上僕を抑えることができた。本来ならココには帰ってこないで、僕はと2人でどこかで一緒に暮らそうと思っていたくらいなんだから」

「今すぐに、出て行きなさい」

「嫌に決まっているだろう?」


の言葉を聞くが早いか、骸が動いた。

正面からの鳩尾を狙って棒を叩き込む。

は素早く左に避ける。

しかし、避けた先に、仕込みトンファーを構えた雲雀がいた。

は、避け様に懐から銃を出し、その本体でトンファーを弾いた。

そのまま、俊敏に窓際まで後退し、そして――


「全員、動かないでね」


銃口を、自らの頭に向けた。

全員の動きが止まる。

銃を構えようとしていたリボーンに、銃を捨てろと目で合図をする。

リボーンは躊躇わず銃を捨てた。


「お前はのことが好きなのではないのか?」


了平が、訳の分からないといった顔で尋ねた。


「そうだよ、大好きだ。だから、

ここで、一緒に死ぬのも 悪 く な い よ ね 」


が、銃の安全装置を外す音がした。


「やめろ!!」


焦ったように、獄寺の声が響く。


「あはは、焦ってるね。いいね、その顔。ずっと見たかったんだ、君達のそんな顔。ずるいよね、のことをずっと占領してさ」

「占領なんて・・・」

「でも、今日からは僕のモノだよ。もう、絶対離さない」

「ふざけないでよ、咬み殺されたいの?」

「あはは、やれるもんならやりなよ。言っとくけど僕は、死んでもから離れないよ」


は隠見に笑い、銃の引き金に力を込めた。


「やめろ!雲雀も、挑発するな」

「君の指図は受けないよ」

が死んでもいいのか!?」

「っ・・・」


山本に叱咤され、雲雀は拗ねたように顔を背けた。

その様子を楽しそうに眺め、は引き金に込めた力を緩める。


「ねえ、君達がを見るときってさ、どんな顔をしてるか自分で分かってるの?」

「・・・」

「分かってないよね?すごく、嫌な顔をしてるんだよ。嫌な、男の顔。嫌らしい、汚い、醜い、獣みたいな顔。とセックスがしたいんだよね?を閉じ込めて自分のモノにしたいんだよね?の心も体も独り占めして、そうして他の男に触れさせることなくずっと一緒にいたいんだよね?」

「それの、何が悪いんですか?」

「自分勝手だよ、汚らわしい、そんな欲にまみれた手でに触れて、彼女まで汚す気なの?…ああ、汚したいんだよね?自分で」

「そうですよ」


淡々と、返事をする骸。

しかし、その言葉を咎める者はおらず、ある者は真っ直ぐ前を見て同意を示し、またある者は俯き自分への嫌悪感を表すことで同意を示す。


「あなたと、同じでしょう?」

「ちがうっ!!!」


嘲笑めいた声を出す骸。

その言葉に、の顔は歪んだ。


「違う!違う!違う!僕は違う!僕は、そんな自分勝手なことはしない!」

「僕が思っていることと、あなたがやっていること、何が違うんですか?」

「僕は、そんな独りよがりなことはしないっ!…」


は自分の気が昂ったことに気付き、荒くなった呼吸を整える。

そして、勝ち誇ったように笑う。


「僕はね、憑依弾との相性が良くなかったこと、今はこれで良かったと思うんだ。おかげで、の全てを奪うんじゃなくて、の体の中で2人で暮らせるからね。この意味が分かるかい?僕は、と心を共有することができるんだよ。が傷ついたら、僕も傷つく。が嬉しかったら僕も嬉しい。の全てを理解できる!全てを共有できるんだよ!」


は、顔に残った涙の跡を愛おしそうになぞる。


「ね、は今、凄く凄く傷ついてる。凄く辛い思いをしてる。それは、僕が君達を苛めているから。僕だけがを傷つけられて、そしてその痛みを知ることができる、ね?僕は、の一番の理解者になってあげられるんだよ」

「馬鹿なことを…そこにの意思はないだろう、そんなの、ただの独りよがりじゃねーか」


呆れたようなリボーンの声を聞いても、尚、は勝ち誇った顔を崩さない。


「羨ましいんだろ?そうだろ?ははは!顔に書いてあるよ!ああ、胸が痛い、心が張り裂けそうになる、でも、これはと同じ痛みなんだよ!」


は笑う、嬉しそうに、誇らしげに笑う。

双眸から涙を流しながら、笑う、笑う、笑う。

歯を食いしばり、眉尻が下がり、涙が次から次から流れ出しているが、それでも、笑っている。

右手に持った銃は、細かく震えだし、左手は苦しそうに胸を押さえている。


「あははははははははは!!」


そう言って、大きく体を仰け反らせたかと思うと、身を翻し銃を撃つ。

ガラスが割れるのを待たず、窓から飛び出した。


「っま…!」


慌てて後を追おうとするが、の銃口は自らの頭に当てられたままだった。


「もう返さない!僕のモノだ!僕が手に入れたんだ!もう返さないよ!あはははははは」


狂ったように笑い、ガラスで足が切れていることも構わず走り続ける。

その姿が見えなくなるまで誰も動けなかった。














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