例えば彼女のアルバムをつくるとしたら、普通一年の成長ごとにおかれる誕生日パーティーの写真が、ある一定の年齢からはなくなっているだろう。 彼女が覚えている最後の誕生日パーティーの記憶。 火を灯されることのなかったカラフルなロウソク 味のしない豪華な食事 カビのはえたケーキ 母の涙と嗚咽 それらはどれも、それ以前の輝かしい誕生日パーティーの記憶とは比べものにならないほど鮮明で根強い。 はカレンダーを見て溜め息をついた。 印などつけずとも忘れることなどない日。 その日は彼女が初めて命を芽生えさせた日、そして父が最後に命を散らした日。 #9. 終わりと始まりの日 そういえば、もうすぐの誕生日だねとカタギリは何気なくカレンダーを見て言った。 彼女の誕生日を認識していなかったグラハムは、まさにその時、そういえば人間にはそのような記念日があったのだと思い出す。 「なんということだ! 迂闊だった……」 カタギリの肩越しにカレンダーを覗き込む。 「とは言ってもまだ日にちに余裕はあるんだし、大丈夫じゃない?」 「何を言う……彼女に贈るものによって大きく事態は進展するかもしれないのだ。時間に余裕があるに越したことはないだろう」 「まあ君、策謀には向いてなさそうだから空回りしちゃいそうだけど」 「空回りなどしたことはないぞ!」 「あ、自覚してないんだ……」 失礼なことを口にするカタギリの言葉など脇に置き、一週間後に迫ったの誕生日を再確認する。 そうだ、プレゼントはさておき、その日の彼女のスケジュールをどうすれば独占できるかを考えるべきだ。 そう思い立つと、慌てて彼は携帯電話を取り出した。 自分から電話をかけるのは初めてのことだった。 は自分が用もなく電話することを嫌うだろうし、その場合は取り合ってもくれないだろうことは簡単に予想できたからだ。 実は電話する口実を探していた。 登録していた番号を押すと、規則的な呼び出し音が聞こえてくる。 傍らではカタギリが昨年の彼女の誕生日について語っていた。 とは言うものの、当時はフラッグの開発に尽力していた彼ら。 日付の変更線を越えたことにも気づかず、が書類を片手に帰路につく際、徹夜明けの疲労を抱えて「おめでとう」「ありがとう」と言った程度のものであった為、いつしか主要はフラッグ開発の苦労話へと移行した。 カタギリの話を耳半分で聞き流しつつ、電話の呼び出し音に集中する。 呼び出し音が、中途半端なタイミングで途切れた。 「はい?」 いつもと変わらない、興味のなさそうな事務的なの声がした。 「やあ。久しぶりだな」 「……昨日、車で送ってくれたのは貴方じゃなかったかしら?」 「しかし電話で話すのは久しぶりだろう」 「どうでもいいけど、何の用?」 どうでもいいという物言いに少し不満を感じつつも、グラハムはカタギリからの誕生日を聞いた旨を伝える。 自分の誕生日の話題だと言うのに、は浮かれた様子など微塵も感じさせず、溜め息をついた。 「悪いけど、その日は行くところがあるから」 「行くところ、とは?」 「エーカーには関係ない所よ」 「……もしかして、他の男の――」 「エーカーには、関係のない所よ」 割りあい真剣なグラハムの言葉を遮り、は力強く言い放った。 追求を無理やり封じられたグラハムは、しかしそこで引き下がることなく、憮然として会話を続けた。 「しかし、私は君を誘っているのだ。それを断るからには、全く無関係ということにはならないだろう」 「……墓参り」 はポツリと呟くと、電話を切った。 そのまま、グラハムの耳には通話の切れたことを示す無機質で一定のリズムを保った電子音だけが届く。 電話をゆっくりとおろすと、それを見ていたカタギリが「やっぱり断られた?」と慰めるように笑っている。 彼の手元には技術部顧問用のパソコン。 「カタギリ、大尉が亡くなられた日はいつだっただろうか?」 「の父親? さあ、知らないな」 「調べてくれ」 グラハムはカタギリの横に並ぶと、パソコンの画面を見つめた。 彼の言葉に返事を二つして従うカタギリは、軍のデータを開き、過去の上官リストを検索する。 並べられた過去の軍人たちの中に、の名を見つけた。 どこかに似た面影のある、逞しい男性の顔写真。 そこに記された、彼の命日はさきほどカタギリが見つめたカレンダーの日付と同じ日だった。 「あれ、この日って、もしかして……」 カタギリの驚いたような声に、グラハムは肩を落とした。 その姿を見て、申し訳なさそうにカタギリは肩をすくめる。 「……私は、に悪いことを聞いてしまっただろうか」 「えーと……僕が余計なこと言って――」 「カタギリのせいではない」 「まあ、知らなかったんだし、ねえ」 気まずい空気が二人を包んだ。 × × × 母と父の寝室で、開封されることのなかった大きなプレゼントを発見したとき、そのプレゼントが渡される筈だった日から半年以上経っていた。 衰弱し泣き暮らす母の気分転換にでもなればと、こっそり母の部屋を掃除しようと子供ながらに思ったのだ。 布団を取り替えてみるのもいいかもしれないとクローゼットを開くと、大きな赤いリボンで包まれた箱が隠してあった。 二つに折りたたんだカードが添えてある。 カードを開いてみると、内蔵されたオルゴールが悲しいほどに優しく、ハッピーバースデイのメロディを鳴らした。 へ Happy Birthday! お父さんとお母さんより そう記されたメッセージ。 私はその箱を開けず、カードを元の位置に戻すと、再びそのプレゼントをクローゼットの中へと入れた。 それから二度、自分の誕生日を迎えたが、クローゼットの奥に置き去りにされたプレゼントが母の手で私に渡されることはなかった。 三度目の誕生日の日、私は自分でそのプレゼントを取り出すと、リボンを解くことすらせず、焼却炉に放り込んだ。 私はそのプレゼントの中身を知らない。 母は最後まで、そのプレゼントのことを口にしなかった。 << ○ >> |