#15. Under the window











先日エーカーをはっきりと拒絶した後、彼と会っていない。

事務的な用事で彼自身と関わることもなく、それ以外でも会わないように避けてきた。

未だに私を車で迎えに来ているのか、そうでないのかも分からない。

帰るとき、それを確認したくない為に反対側の出入口から帰るようにした。

何度か待ちぼうけをくらえば、彼も諦めるだろうと――確認したわけでもないのに、彼が来てくれていることを前提に考えてしまう自分が忌々しい。

私は廊下を歩きながら、彼のことを考える。

窓の外はもう暗い。

担当の上司に書類を届けた今、本日の業務は終了というわけだ。

仕事をこなしている時は彼のことなど考えないのに、少し時間があくとすぐにエーカーという存在が頭に蘇る。

人気のない長い廊下を歩きながら考える。

私の右手にある窓、その下にいつも彼が車を停めて私を待っていた。

顔を向ければ、少し下をみれば、その場所が見える。

確認してどうしようというのか分からない。

エーカーがいなかったら、私は残念だと思うのだろう。

だが、それだけだ。



では、彼がいたら?



彼が私を待っていたら、私はどうするのだろう。


エーカーの元へ行くのか、見なかったフリをするのか。


私は窓の外へ向けようとした視線をゆっくりと引き戻す。

再び人気のない廊下の先を見つめ、いつの間にか自分の足が止まっていることに気がついた。



外を見たら、彼がいるかもしれない。

いないかも、しれない。



期待なのか不安なのか、それすらも分からないまま、私はゆっくりと窓に近付く。

車が見えたら、どうする?

最早そんなことを考える間もなく、私は吸い付けられるように、窓ガラスに触れて――手のひらに貼りつくひやりとした感触が一瞬私の意識を引き戻したが、それも僅かな抵抗にしかならず、視線が吸い込まれるように窓の向こうのロータリーへと下りた。



車は、なかった。



見慣れた金髪の人影もなく、ただ風だけがそこを通り過ぎている。

心の臟を鷲掴みにされたような、それは残念だったという一言で表すにはあまりにも息苦しい、事実。

あれほど私に執着した彼が、今は、いない。

その事実。

思わず溜め息をつく。

そして溜め息をついた自分に腹をたてる。

私が決めて、私が言ったことなのにと、私が私を叱咤する。

無意味な葛藤を振り払い、窓から離れようとした、その時。

見覚えのある車が入ってくるのが見えた。

私は動きを止める。

ゆっくりと窓の下に進んだ車は、そこで停まる。

いつしか私は動くことを忘れ、その車を目で追っていた。

見慣れた形、色。

そういえば彼の運転を外からちゃんと見るのは初めてかもしれない。

淀みない運転、滑らかに自然に、ちょうどよい位置で静かに停まる車。

運転席から下りて、姿を現したのは、グラハム・エーカー。

彼は出入り口の方へと顔を向け、人の姿がないことを確認すると、自分の車にもたれ掛かった。

ゆっくりと周りを見回し、視線を上げる。

彼の目が、私を見た。

いつしか考えることを止めたまま、動かない真っ白な頭でエーカーを見ていたことに、彼の視線で初めて気付く。

弾かれたように窓から身を引く。

しかしもう遅い。

彼は私を迎えに来た。

私を見た。

それは、どうしようもないほどに私の動悸を高鳴らせる。







私は彼の元へ駆け出したりはしなかった。

そのまま帰る支度をして、裏口から出た。

鳴らない電話、聞こえることのないエンジン音。

エーカーもまた知っているのだ。

私が自分で決めたことを自分で覆すような人間ではないということを。





それから私は、彼と会うことも、彼を見ることもないまま、数日が過ぎた。





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