共に鳴く










「ルルーシュ、カレンさんと何かあった?」

「なんだよ、いきなり」


授業を終えて皆が帰路につく中、私はルルーシュを捕まえた。

ルルーシュは、私に尋ねられることをある程度覚悟していたようで、いつものペースで私を見た。

私を偽る気満々の彼の瞳に、私の不安は募る。


「それよりも、のお兄さんはどうだったんだ?」

「え……いや、この後電話してみようと思ってるけど」

「じゃあ、今すぐやるべきはそれだろ」


確かに、義兄の安否の確認こそを学校が終わり次第すぐにやろうと思っていた。

しかし、手の届く目の前の不安をまず解決したかった。

だが、その気持ちを察したかのようにルルーシュは優しく微笑む。

それすらも、彼が人を偽るときの癖なのだ。


「いつまでも、そんなに青い顔でいないでくれよ。心配になるだろ」

「……そんなこと」

「あるんだよ。シャーリーやリヴァルも心配してたぞ」


そう言われてしまったら、このまま埒のあかない攻防戦をルルーシュと続けるわけにはいかない。

小さく返事をして、もう一度ルルーシュを見る。

変化しない微笑んだ表情のまま「それはいつでもできる話だよ」と言われ、後ろ髪を引かれながらも校舎を出た。

帰路に着く生徒達が立ち寄ることのない、校舎の裏へと回る。

日本人の身内がいるということを快く思わない人が多い為、義兄のことはルルーシュ以外に話したことはなかった。

私は自分の携帯電話を耳にあて、姉の携帯電話を呼び出す。

コール音が響く。


出ない。


一度耳から離し、再び掛けなおす。

乾いたコール音が、どんどん私の心を暗くする。


出ない。


もう一度、電話を鳴らす。

不安に押しつぶされそうになる。

どんどんと重みを増して、潰されてしまいそうだ。

延々と、コール音を聞く。







「……?」


電話から、か細い女の声が聞こえた。

まごうことなき姉の声に安堵するのと同時に、あまりにもか細く弱々しい声に、心が掻き乱された。











× × ×





さん、どうかされたんですか?」

「え?」

「今日は、口数が少ないので」


優しいナナリーちゃんの声が聞こえた。

綺麗なその声は、不安で真っ黒に塗りつぶされた私の心に、じわりと滲む。

テーブルの上に広がった色紙が、視界を華やかにしている。

隣で、それを丁寧に折る咲世子さんもいる。

「なんでもないよ」と誤魔化すと、私の気持ちを察してくれたのかナナリーちゃんは話題を変えてくれた。


「それにしても、お兄様は帰ってきませんね。折角さんが来てくれているのに」

「どうしましょう、今日も遅いかも」

「待ちます。夕食は一緒にって言ってたから。ね、さんも」


夕食時間の心配をする咲世子さんに、ナナリーちゃんが答える。

外はもう真っ暗だ。

帰ってこないルルーシュを待って、先ほどから何度かこのやり取りが行われていた。

咲世子さんは話をしながらも色紙で、色々なものを作ってくれた。

綺麗にできた鶴を見たときは、ナナリーちゃんも私も驚いた。


「凄い、日本人って器用なのね」

「私の知り合いにも日本人がいるけど……その人は不器用だよ」

さんに、日本人のお知り合いがいるんですか?」

「うん、男の人なんだけど」


義兄のことを想った。

不器用で、細かいことは凄く苦手な人だった。

そう話すと、咲世子さんが折り紙というこの遊びを男の人はあまりしないと教えてくれた。

ふと、ナナリーちゃんがドアへ顔を向ける。

ちょうどいいタイミングで、オートのドアが開く。

ルルーシュだ。


「ごめん、遅れちゃって」

「おかえりなさい、お兄様」

「おかえりなさませ」

「おかえり、お邪魔してます」


待ちくたびれた私たちは口々にルルーシュを迎える。


「ただいま」


と言って私たち三人の名をそれぞれ呼び、顔を見た。

咲世子さんがいそいそと立ち上がり、夕食の準備をしに向かう。

私たちも遅れて、話をしながら食卓へと向かった。






 × × ×




ナナリーちゃんを寝かした後、私とルルーシュは寮への道を歩いていた。

学園の敷地内だから大丈夫だと言ったが、送ってくれると言うので甘えておく。

少し沈黙が続いた後、ルルーシュから話を始めた。


「どうだった、お兄さん」

「……うん、やっぱり、シンジュクに行ったみたい」

「そっか」

「……」

?」


言葉を続けられなくなった私を不思議そうに見る。

いつのまにか足を止めていたのに気付いた。


「酷い声だった、お姉ちゃん」

「……」

「今週末に、一度家に帰ってみることに、した」

「そっか」


姉の、弱々しい声が蘇る。


あの人は、優しい人だから

私が、支えてあげなくちゃ



義兄の様子は、あまりよく教えて貰えなかった。

聞ける雰囲気でもなかった。

だからこそ、余計に不安が募る。

俯いて、そのまま口を閉ざした私に、ルルーシュが近付いた。


、それと……今日の昼のことなんだけど」



また、だ。


また、ルルーシュがいつもとは違う、異様な存在感を放つ。

これは一体誰なんだろう――いや、この人は確かにルルーシュその人だ。

じゃあ、私の感じるこの恐怖は?

実態のない、得体の知れない何かに怯える感覚。

答えが出る筈もなく、私は顔が上げられなくなった。

顔を上げてしまえば、簡単に答えが分かるのかもしれない。

本当に、何でもないことかもしれないし、勘違いの可能性だってある。


、聞いて欲しいんだ」

「うん」

、俺を見て、ちゃんと話を聞いてくれ」

「…ごめん、今、ルルーシュの顔見れない」


心の中で、またしても何かが騒ぐ。

己の恐怖に抗うなと、必死に何かが私を止める。

顔を上げたら後悔しそうな、予感があった。


!」


苛立ったように、ルルーシュが声を上げる。

私は首を横に振った。

「ごめんなさい」と謝り続けた。

唐突に、警戒したようにルルーシュが身構える。


「まさか、知っているのか?」

「…何を?」

「この、力のこと――」

「ち、から?」


何の力?

本当に何のことだか分からず、不思議そうに聞き返すと、今度は慌てたように言葉を濁す。


「いや、いいんだ。なんでもない……本当に……」

「え?」


何かを言いかけて、言葉を止めたルルーシュから、先ほどまであった異様な雰囲気がなくなる。

張り詰めた緊張感を失い、思わず顔を上げた。

苦笑したような、彼の顔。


「本当に、何?」

「……には、敵わないな」


よく分からないまま、ルルーシュは笑い続けた。

私もなんとなく嬉しくなって笑う。

しばらく笑い続けると、ルルーシュは急に真面目な顔になって私を見た。


、誰にも言わないで欲しいことがあるんだ」

「え?」

「ずっと、隠していたけど、ルルーシュ・ランペルージは本当の名前じゃない」

「……え?」


唐突に始まった彼の話に驚きながらも、聞き漏らさないよう必死になった。


「俺の本当の名前は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の、第11皇子にして第17皇位継承者だ。日本が占領される以前に人質としてこちらに渡り、そのまま戦火によって殺された」

「殺され、た?」

「俺とナナリーを日本に置いておきながら、戦争を始めたんだ。俺達は死んだことになってる。だから、名前を変えて身を隠している」

「ミレイさんは、このこと……」

「知ってる。今は、アッシュフォード学園が後ろ盾になってくれてて、そのお陰でこうして生活もできてる」


突拍子もない話だ。

ずっとクラスメイトで、友人で、並んで歩いていた人が、じつはブリタニアの皇子だったなんて。

とても信じられない。

けれど、ルルーシュのもつ気品や雰囲気は、その話にこれ以上ない信憑性を与えた。

いや、そんなものがなくても、私は必ず信じただろう。

彼がこんなにも真剣な顔をして語る話を誰でもないこの私が、疑う筈ないのだ。


「ルルーシュが、ブリタニアを嫌ってる理由が、やっと分かった」

「ああ」

「どうして、急に話してくれたの?」

だって、話しにくいこと、教えてくれただろ」

「あれは、私が、弱音吐いちゃっただけで――」

「でも、他の人には話してない」

「皆、日本人のことあんまり良く見てないし。でも――」

「俺なら、大丈夫だと思った?」

「うん」

「俺もだよ。俺も、なら、大丈夫だって思った」


目と目があう。

信じられないくらい優しい目で、彼が私を見ていた。

彼の抱えていた寂しさの理由が分かった。

彼の支えになりたいと思った。

私の弱音を受け止めてくれた。

それだけで、何よりも嬉しかった。


「ブリタニアは嫌い。兄さんのこと、いっつも虐めてた。優しい人なのに。人から罵られていい人じゃないのに。いつも、傷だらけだった。明らかに、軍隊の訓練とか、そんなレベルじゃなかった。なのに、いつも笑ってた。私とお姉ちゃんを支える為に、平気な顔をしてた」

「うん」

「ブリタニアは嫌い。あんなにいい人なのに、平気で踏み躙る」


あふれ出る憎しみが、口から漏れ出した。

ルルーシュは、相槌をうって聞いてくれた。

私が拳を握り締めると、今度はルルーシュが語る。


「俺の母さんは、ブリタニアで殺された」

「え?」

「犯人は誰か分からない。だけど、そのせいで歩けなくなった、目の見えなくなったナナリーと俺は、捨てられたんだ。そして、殺された」


先ほど食卓での、ナナリーちゃんとルルーシュの会話を思い出した。

叶えたい願いを尋ねられたナナリーちゃんは、素直な言葉を紡いだのだ。

『優しい世界でありますように』

ルルーシュは、悩むまもなく、躊躇なく答えた。

『お前の目が見えるようになる頃には、きっとそうなってるよ』

温かい兄妹の姿。


「俺は、ナナリーが幸せにくらせる世界をつくりたい」

「うん」

「ナナリーだけでも、幸せに――」


決意の表情。

きっと彼は、見つけたのだ。

彼の望みを叶える術を。

私には、分からないけれど、それでも――


「ルルーシュは、今、その為に頑張ってるんだね」

「……ああ」


少し躊躇った後に、ルルーシュは頷いた。

私はルルーシュの手をとる。

少し驚いたように、彼は私を見た。


「ルルーシュ。私は、ルルーシュの味方でいるよ。覚えておいて」

「……昨日も聞いたな、そのセリフ」

「何度でも言うよ。だから、覚えておいて」

「……」

「ルルーシュの、帰る場所は、ここにあるから」





























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