学校の講堂。 全学園の生徒が集い、クロヴィス殿下へ黙祷を捧げる。 しかし、集会が終わると皆、授業が終わったときと同じような開放感を漂わせる。 舞踏会 昨日、クロヴィス殿下が亡くなったニュースを見た直後からルルーシュとナナリーちゃんの様子は明らかにおかしかった。 いや、クロヴィス殿下のニュースではない…枢木スザクのニュースを見てからだ。 理由を聞くこともできず、昨日はそのまま解散し私もシャーリーたちと一緒に寮に別れた。 今朝会ったルルーシュはいつも変わらない様子だったが、心に秘めているものは分からない。 授業が全て休みになったことで、リヴァルがルルーシュに代打ちへ誘っているのを見つけた。 シャーリーもおり、賭け事を非難している。 そちらへ向かうが、私が着く前にルルーシュは一人で輪から離れた。 私は駆け足で追いつき、彼を呼び止めた。 「ルルーシュ」 「、どうしたんだ?」 「えっと、もっと手ごわい相手を見つけたって?」 「なんだ、聞いていたのか。なんでもないよ」 「……枢木スザクって――」 「そうだ、。今日なんだけど、帰りが遅くなりそうなんだ」 「え?」 「だから、もし良かったらナナリーと夕食を食べてやってくれないか?」 あからさまに話題を変えるルルーシュ。 しかし、私相手にならこれで十分だと彼は知っているのだろう。 それ以上追求するのをやめた。 「明日も、朝から遅くまで出かけなくちゃいけなくてさ。、もし予定がなかったら」 「ご、ごめん……今日から、ちょっと、家のほうに帰ろうと思ってて。明日もどうなるか――」 「あ、ああ、そういえば、そうだったな。悪い」 「ごめんなさい」 「いや、俺の方こそ。悪い、じゃあまた、」 軽く右手をあげて向きを変える。 そのまま、背中を向けて歩き去った。 明日――? 明日、明日は、だって――枢木スザクの、処刑の日。 × × × 古いマンションの一室。 名誉ブリタニア人である義兄と、ブリタニア人である姉はここで暮らしている。 義兄は軍人として、姉は街で働いて生活している。 普通なら今の時間、二人とも仕事でいない筈なので、合鍵を挿しドアを開く。 キィ 錆びたような、鉄の扉が開く音がする。 中は暗く廊下が伸びており、物音はしない。 玄関を見ると、男物と女物それぞれの靴が、あった。 「お姉ちゃん、いるの?……義兄さん?」 「?」 か細い姉の声が聞こえた。 私は駆け足で声のした方へ向かう。 廊下を抜けリビングに面した部屋――義兄の部屋。 部屋に入ろうとするのと同時に、ドアが内側から開く。 そこに立っていたのは、やつれた姉の姿だった。 「どうしたの、急に連絡もなく帰ってくるなんて」 「この間の電話、気になって……」 「大丈夫だって言ったのに……。ごめんね、心配かけちゃって」 首を横に振る。 姉はキッチンに向かい、冷蔵庫を開けた。 「何か飲む?」 「ありがとう。……義兄さんは?」 「今寝てると思うから、ちょっと静かにしてあげてね」 弱々しく笑う姉。 接客業だからと身だしなみや体調には気を使っていた姉は、いまや目の下に隈をつくり痩せ細っていた。 「本国とは、連絡とれた?」 「ううん、相変わらず……だけど、最近はもう諦めちゃった」 私たちの両親はブリタニア本国で暮らしている。 日本へのブリタニア侵略が始まる以前から、こちらへ留学していた姉。 聞く話、その頃に義兄に出会ったらしい。 夏休みの期間を目一杯つかって姉のもとに遊びに来ていた私は、そのまま戦火に巻き込まれた。 そのゴタゴタから必死で逃れて以来、本国の両親はもちろん親類や友人とも連絡がとれなくなった。 姉と私は無一文になり、帰る手段も分からなかった。 義兄と暮らし、落ち着いた頃に手紙を本国に送ってみたが、返答は一切なく届いているのかすら分からない。 少ない稼ぎだったが、姉と義兄は私を学校へ入れてくれるべく努力してくれた。 私は二人に本当に感謝しているし、卒業してからは恩返しの為に働こうと決めていた。 守るべき、温かい人たち。 「義兄さん、様子は?」 「うん……どんどん、弱っていくの。怪我自体は大したことなかった筈なんだけど、お医者さんが言うには、精神的なものが強いって」 「そっか……」 姉の淹れてくれたお茶を口にする。 アッシュフォード学園で飲みなれたお茶とは違い、薄くて渋かった。 でも、私はこのお茶が好きだ。 「おいしい」 「ありがとう。、学校どう?」 「楽しいよ、すごく」 「よかった」 両肘をテーブルにつき、手を組んでその上に顎を乗せ微笑む、嬉しそうな顔で。 私はティーカップを持ったまま、雰囲気は相変わらずである姉に安堵した。 学校の話をした。 生徒会のこと、友人のこと、授業のこと、好きな人のこと――。 姉はにこにこと私の話に相槌をうつ。 突然、その姉の顔から笑顔が引いた。 瞬間、私の後ろにある義兄の部屋から呻き声が聞こえた。 私が驚いて振り返るのと同時に、姉が慌てて部屋に飛び込んだ。 最初は呻き声だった義兄の声が、喚き声に変わり、悲鳴に変わる。 「大丈夫、大丈夫だからね、大丈夫、大丈夫、大丈夫――」 姉が、安心させるようにささやく声。 恐る恐る、部屋を覗き込んだ。 必死に姉にしがみ付く義兄と、優しく背中をさする姉の姿。 頭や手足に包帯を巻いた義兄は、震えていた。 × × × 朝、子鳥のさえずりが聞こえる。 枢木スザクの処刑日だというのに、澄んだ青空が広がっている。 ナナリーに今日は遅くなると告げたルルーシュは、右手に鞄を持ち、クラブハウスから出てきた。 最初に彼の視線に入ったのは、俯いたまま立っているの姿だった。 「?」 「ルルーシュ、何処に行くの?」 不安でたまらないといった顔をしたに、思わずたじろぐルルーシュ。 自身の身元を知っている彼女は、やはり今日この日に出かける自分を不審がっているのだろうと推測したルルーシュは、お得意の作り笑顔をつくった。 「ちょっと代打ちだよ。リヴァルには内緒でやりたいんだ」 「本当に?」 「ああ、本当だよ」 「嘘」 断定したようなの言葉に驚く。 一瞬、ギアスをかけようかと思考を巡らせるが、過去二度に渡って失敗したことを思い出す。 力ずくでやろうと思えば簡単に出来るだろう。 しかし、何故だかそうはしたくないという思いがあった。 思いを認めたくないルルーシュは、へのギアスの使いどころは今ではないだけだと自分に誤魔化す。 彼女は、余計なことに首を突っ込むことも、追求することもなかった為、その誤魔化しに甘えることができた。 だが、今のこの状況は明らかにそれまでとは違う。 普段なら頷いて道をあけるはずの彼女は、まだルルーシュの前に立っている。 「……後で、分かるよ」 言葉が、勝手に漏れる。 ルルーシュにしては素直な言葉には少し驚いているようだったが、一番驚いているのはルルーシュ自身だった。 そのルルーシュの顔を見て、は少し笑った。 「分かった」 その返事に安堵するルルーシュ。 そして、疑問に思っていたことを尋ねた。 「ところで、家のほうは?」 「うん、ちょっと、ルルーシュが心配だったのと……で、帰ってきちゃった。ナナリーちゃん、元気なかったし、一緒にいようかなって」 「頼む」 が何かを言いかけて止めたのは分かったが、今は聞かなかった。 そして、きっと枢木スザク処刑の時間まで一人で不安に押しつぶされそうになるであろうナナリーのことを思い、に託す。 簡潔で素直に「うん」と頷いたに安心し、ルルーシュは再び歩き出す。 は、横に避けてルルーシュの為に道をあける。 「、帰ったら話をしよう」 擦れ違いざまにルルーシュが声をかける。 は、一瞬ぽかんとした後、嬉しそうに笑った。 「うん。気をつけてね、ルルーシュ」 << ○ >> |