ルルーシュのシャツを着た、無防備な格好のC.C.が平坦な口調で言った。


「あいつに、本当のことを言ってやらないんだな」

のことか?」

「お前が嘘をついていると、気付いていたぞ」

「そんなこと分かってる。あいつは何故かいつも俺の嘘を見破るからな」

「ふん、よっぽどお前のことが好きなんだな」


こんなやつの何処がいいんだか、と馬鹿にするような口調のC.C.をルルーシュが睨む。


「では何故、本当のことを言わないんだ?」

「知らない方がいい。あいつは」

「大切にしてるわけか」

「そんなんじゃない、厄介なだけだ」


顔を背け、きっぱりと言い切るルルーシュ。

だが、その口調は少しだけ優しかった。















嘆きの懐古



















それからは、しばらく平穏な日々が続いた。

勿論それは見せ掛けに過ぎず、世間はテロリストの活動が活発になったり、ゼロの話題でもちきりだったりと慌しかった。

ルルーシュも一人で何かやることがあるらしく、生徒会のメンバーとつるみつつ、時折姿を消してコソコソしていた。

私は私で、バイトを見つけたり生徒会の仕事をしたりとあまり暇のない生活ではあったけれど、平凡な時間だった。

張りぼての様なその時間が愛しくて、以前よりもずっと一瞬一瞬を大切にした。

そんな日々の、異変。







「本日付をもちまして、このアッシュフォード学園に入学することになりました。枢木スザクです」


教室の前に立ち、姿勢よく自己紹介した彼は宜しくお願いしますと言って空いていた机に座った。

教室の中が、沈黙につつまれたかと思った次の瞬間には、周囲でヒソヒソと話し声が起こる。

つい先日まで話題の渦中にあった枢木スザクが転入してきたのだ、無理もないだろう。

ルルーシュは驚いたような顔をして彼を見ている。

隣に座っているシャーリーが、私をつついた。


「ね、彼って、あの枢木スザク、だよね?」

「多分」


いや、ルルーシュの反応を見る限り、間違いなくその本人だろう。






 × × ×



授業が終わり、先生が出て行ってからは一層潜めた声が増えた。

もちろん話題は、クロヴィス殿下を殺した容疑者であった枢木スザクについてだ。

席を立ち、リヴァルとニーナが話している場へシャーリーと行く。

日本人を人一倍怖がるニーナは怯えていた。


「イレブンなんて……」

「名誉ブリタニア人」


ニーナのセリフをリヴァルが訂正する。

私は「日本人」という言葉を飲み込んだ。

シャーリーは流石と言うべきか、らしいと言うべきか友好的な対応で彼に話しかけようとしていたが、リヴァルに引き止められる。

私も彼女と同様、枢木スザクに話しかけたい気持ちでいっぱいだった。

ルルーシュとナナリーちゃんの大切な友人、日本人であり名誉ブリタニア人の枢木スザク。

義兄の姿が少し被った。

しかし何より、ルルーシュの反応が気になって彼に目をやる。

ルルーシュは何事もなかったかのような、関係などないような顔をして席を立つと私たちの前を素通りして教室を出て行った。

出て行くとき、襟を少し正すのが見えた。

ルルーシュのことだから、きっとタイミングを図っているのだろう。

今この場で話しかけるなんて無謀なマネはしないだろう。

だったら、私に出来るのは彼の邪魔にならないよう、何もしないこと――。

一向に誰も枢木スザクに話しかけることはなく、遠巻きに彼を見てはヒソヒソと話をする。

彼に声が届いてしまっていると分かっているだろうに、表面だけ潜めた声だ。

流石に空気に耐えられなくなったのか、彼は席を立ち教室を出た。

皆の目が消える彼の背中に集まる。

完全に彼の姿が見えなくなると、ヒソヒソとした声はざわめきに変わった。






 × × ×








放課後ルルーシュは、素早く鞄を持つと教室から出て行った。

珍しく急いでいるように、少し楽しそうに見えた。


「あれー、ルルーシュは?」

「もう出て行ったみたいだけど」


リヴァルが遅れてルルーシュの姿を探す。

鞄がないことを確認すると、「置いていくなよー」と不満をもらしながらリヴァルも教室を出た。

私とシャーリーは目を合わせるとどちらからともなく、首を傾げた。

ニーナが鞄を抱いて寄ってくる。

三人揃って、生徒会室へ向かった。

廊下は授業からの開放感に満ちた生徒の話し声で溢れていた。

急に、それが水を打ったように静まる。

全員の視線が、私たちの後ろへと注がれていた。

何事かと振り返ると、教室から枢木スザクが出てきた所だった。

私たちの傍を通り過ぎる。

ニーナが怯えたように身を震わせて、あからさまに身を引いた。

彼女の肩を優しくシャーリーが受け止める。

枢木スザクが通る先にいる生徒達も戸惑ったように身を引き、彼の行く先が綺麗に開いていた。

ヒソヒソ声が、彼の背中を追う。

角を曲がり、彼の姿が見えなくなると、また声が一段と大きくなった。


「大丈夫?ニーナ」

「う、うん……」


シャーリーがニーナに話しかける。

震えた声で精一杯と言ったように頷くニーナ。

ニーナを落ち着かせようと、とにかく生徒会室へ向かう。

しばらく廊下を歩くと、リヴァルが立ち尽くしていた。


「リヴァル?」

「へ、あ……今、あの――」


周りの生徒たちがヒソヒソと話をしている。

こちらでも同じことが起こったらしい。

言わなくても分かるよと、彼の肩を叩く。

四人で生徒会室へ向かった。




しかし生徒会室に行ってもルルーシュはおらず、その日彼が顔をみせることはなかった。









 × × ×








シャーリーが水泳部へ行き、ミレイ会長が生徒会室へ来た。

書類を片付けたりお喋りをしていると時間がすぎて、日が暮れようとしていた。

結局ルルーシュに会えないまま解散となって、皆が部屋を出て行く。

私は最後まで生徒会室に残り、人がいなくなってからルルーシュたちが住んでいる場所へ向かった。

最近では毎日のようにルルーシュやナナリーちゃんと夕飯を食べていた。

帰りの遅くなるルルーシュに、ナナリーちゃんのことを頼まれたのもあった為だ。

いつものように、廊下を歩くと珍しくドアの向こうから笑い声が聞こえた。

ナナリーちゃんの楽しそうな声が聞こえた。

ルルーシュの笑い声もだ。

何か楽しい話をしているんだろうかと足を速めたところで、枢木スザクの声に気付いた。

枢木スザクとルルーシュと、ナナリーちゃんが三人で話している、楽しそうに。

その声は、親しみに満ちていて、明るくて、嬉しそうで――。

足を止める。


「行かないのか?」


急に話しかけられ心臓が跳ね上がった。

振り向くと後ろにC.C.が立っていた。


「C.C.」

「情けない顔だな。あいつらは、お前が行っても邪険にはしないと思うぞ」

「……うん、そうかもね。でも――」


私なんかが入ってはいけない気がした。

彼らの関係は学友とかそういったものじゃなくて、思い出に厚塗りされた、信頼につつまれた親密さがあった。

俯いてしまった私に興味をなくしたように、C.C.は黙ってキッチンの方へ入っていった。

思わず引きとめようと手を出した私を呆れたようにC.C.が一瞥した。


「何だ?」

「え、あ、いや、なんでも」

「面倒くさい奴だな」


出しかけていた手を引っ込める。

顔を背けたC.C.はそのままキッチンに入り、ドアが閉まった。

廊下に一人取り残された私はそのまま立ち尽くす。

後ろのドアからは、相変わらず笑い声が聞こえてきた。

枢木スザクの声が、義兄の声に重なった。

思い出の中の、温かい微笑みが見えた。

テーブルを挟んで、姉と義兄と、私。

じわりと、温かいものが胸に染みた。

温かい筈なのに、何故か切なくて悲しくて、涙が溢れた。

六人分の笑い声が頭の中で響く。

あのドアに入ってはいけないと、心がきっぱり言いきった。

寂しさを感じる自分勝手さが嫌で仕方なかった。

足音を出来る限り消すように、ゆっくり歩いた。

ドアから離れ、一度だけ後ろ髪を引かれるように振り返った。

いつのまにか開いたドアにもたれたC.C.が、無表情で私を見ていた。

私の中の勝手な寂しさや羨ましさを全て見抜かれているようで、羞恥心に満ちた私はいつしか思い切り走っていた。

そんなに長くは走っていないのに、息が切れるのは泣いているせいだと気付く。

涙の味がした。

このまま寮に帰るわけにも行かず、ぼんやりとした頭で植木の向こうに隠れた。

走るのをやめてうずくまると、余計に頭に浮かぶのは優しい思い出だった。

クラブハウスから離れたはずなのに、まだルルーシュたちの笑い声が聞こえてくる気がする。

ボロボロの義兄を抱きしめる姉の姿が思い浮かぶ。





静かな夜の闇の中。

私は、かつて感じたことがないくらいの孤独という恐怖に襲われた。




















































<<  >>