朝。

目を開けると、ずっしりと体に重みがかかった。

ルルーシュと顔を合わせたくないと、初めて思う。

鏡を覗くと、少し落ち込んだ私の顔がある。

泣いた跡はなく、ほっと胸を撫で下ろした。


、行かないの?」

「今行くー」


ルームメイトの声で、私は鞄を持って部屋から出た。










奇想曲



















学校に着くと、早速教室の前でルルーシュとリヴァルを見つけた。

何故入り口の前で話をするんだろうと、いつもは思わない不満を抱える。

ルルーシュが私に気付き、その視線を追ったリヴァルと目があった。


「おはよ」

「おはよう、


二人と挨拶をする。

ルルーシュが私の顔を見ていたのが分かったが、私は彼の顔を見れなかった。

なんとなく、恥ずかしい。

誰もいなかったとは言え、あんなに泣いたのは久しぶりのことで、それが情けなくて恥ずかしかった。


、昨日はどうしたんだ?」

「え、何が?」

「夕食に来なかったろ?ナナリーが寂しがってたぞ」

「そっか、えっと、いや、その……ごめん……」


リヴァルがいる手前、本当の理由を話すわけにもいかず、言葉を噤む。

言いづらそうにしている私を見て、ルルーシュは大まかに理由を悟ったようで、それ以上の追求はされなかった。

すると今度はリヴァルが声を上げる。


「っつーか昨日おかしかったのはルルーシュだろ。生徒会にも顔出さないし」

「世界史のテストが悪くてね――」


廊下の向こうから、人影が見えた。

静かになった廊下を一人で歩くのは、枢木スザクだ。

黙ったまま私たち三人の横を素通りし、教室に入る。

ルルーシュを見もしなかった。

ルルーシュは、そっと目を伏せる。

彼が教室に入ると、また教室が静けさに覆われた。

教室の中を覗いていると、今度は廊下を歩く先生の足音が聞こえ慌てて教室に入った。


に、紹介したいやつがいたんだけどな」


入り際に、ルルーシュが私の耳元で呟いた。

その声で顔を上げると、ルルーシュは何事もなかったかのように真っ直ぐ机に歩いていった。

ルルーシュに呟かれた耳が、熱くなっていく。

彼の一言が、胸に染みて溶け込むのが分かった。

口が緩むのを抑えられず席に着くと、シャーリーが「なに笑ってるの?」と不思議そうな顔をした。

ホームルームが始まり、教室の中を見回すと、ニーナの席が空いたままだった。










 × × ×







昼休み、いつものように中庭でお弁当を食べた。

結局、ニーナは学校を休んだ。

教室に戻ろうとしたとき、端のほうを歩く枢木スザクが見えた。

手に持っているのは、彼の体操着だろう。

人気のない方へ歩いていくのを目で追っていると、私の足も知らずそちらに向いていた。


、どこ行くの?」

「ごめん、先に行ってて」


ミレイ会長とシャーリーの声を振り切って駆け出す。

彼の姿を見失い、足を止めると近くから水音がした。

使用する人の滅多にない水場へ向かうと、そこに枢木スザクがいた。

ゆっくりと彼に近付く。

後ろからそっと覗くと、彼は体操着を洗っているようだった。

白いシャツに真っ赤な文字が書かれている。


「誰?」


枢木スザクが、こちらを振り向かないまま声を出した。

突然声を掛けられ驚く。

彼は、背中を向けたままシャツを洗い続けている。


「あ、私、同じクラスのっていうんだけど……」

……?」


私の名前に反応し、彼は蛇口を捻った。

水が止まり、水音がなくなると周囲が途端に静かになる。

彼は手についた水を払いながら私を見た。

優しげに笑っている。


「君がか。ルルーシュから聞いてるよ」

「ルルーシュから?」

「昨日、君が来ないって心配してた」

「え、ルルーシュが?」


枢木スザクが、嬉しそうに笑う。

一方で私も、ルルーシュが私の話をしたと聞き、それだけで嬉しくなった。

枢木スザクの所へ来たはいいが、どう話しかけるかも決めていなかったのに、不思議とぎこちなくは感じなかった。


「私、。よろしく、えっと……スザク」


そう言って手を差し出すと、私の手を見て彼は少し驚いた顔をした。

一瞬戸惑った後、濡れた手を慌てて彼自身の制服で拭く。

そして、嬉しそうに私の手を握り返した。


「僕は枢木スザク。よろしく、










 × × ×







その日授業が終わって、ルルーシュとクラブハウスへ行った。

いつもとなんら変わらない様子で私を迎え入れてくれた二人に、一人で勝手に安堵する。

ルルーシュは私をナナリーちゃんの前に通すと、自分は自室に行った。


「こんにちは、さん。昨日はどうなさったんですか?」

「いや、ごめん、ちょっと用事があってね」

「そうだったんですか……残念です」


まさか寂しくて逃げ出しましたなど言える筈もなく、誤魔化す。

ナナリーちゃんが少しがっかりしたような顔をしている。

ルルーシュは昨日、私にスザクを紹介してくれようとしていたらしい。

もしかしたらナナリーちゃんも、私に彼を紹介したいと思ってくれているのだろうか。


「あの、ナナリーちゃん。私ね――」

「え?」

「私、今日さ、スザクと友達になったの!」


嫌な顔をされないだろうかと、私は入ってはいけない彼女達の間に入っていないだろうかと危惧しつつ、スザクのことを話した。

するとナナリーちゃんは顔を上げて笑顔を見せる。


「そうなんですか?」

「うん、私、彼と仲良くなりたいなってずっと思ってたからさ」

「よかったです」


ほっと温かい息をつく。


「あ、さん、お茶いれますね」

「そんな、いいよ。私がいれるから、キッチン貸してもらえるかな?」

「え、でも」

「その間に、ルルーシュ迎えに行ってくれない?どうせだから一緒にお茶にしよう」

「はい、ありがとうございます」


嬉しそうな声でナナリーちゃんは車椅子を動かした。

勝手知ったる他人の家だ。

戸惑うこともなくお茶を淹れ、ティーセットを並べセッティングを整えた。

先ほどルルーシュを迎えに行ったナナリーちゃんが、彼を連れて戻ってくる。

三人でテーブルを囲んでお茶を飲みながら、ナナリーちゃんが突然スザクの話題を出した。


「今日、ニーナさんが生徒会室の方にいらっしゃったんですけど――」


ニーナは今日、生徒会室に閉じこもっていたらしい。

彼女はスザクを怖がって、学校へ行きたくないと言っていたという。

昨日の彼女の怯えぶりを見ると、予想できないことではなかった。

ルルーシュも思うところがあるらしく、表情を堅くした。

私もまた、昼に体操着を洗うスザクを思った。


「なんとかならないのですか」


スザクを心から心配するナナリーちゃんの表情は曇っている。

私もルルーシュもなんとかしたいのは山々だったが、解決策は見当たらない。

ルルーシュが、物憂げに視線を逸らす。

と、彼の視線が急に入り口の方に釘付けになり――

にゃあ

猫の鳴き声がした。


「ほわあ!」


猫の鳴き声とほぼ同時にルルーシュが素っ頓狂な声を上げて立ち上がった。

ナナリーちゃんが不思議そうな声を出し、私も思わずルルーシュを見上げる。

続いてルルーシュの視線を追って入り口の方を向こうとしたら、急に体を引っ張られた。


!」

「え、ええ!?」


気がついたらルルーシュの腕の中で、思わず身を堅くした。

しかし次の瞬間には弾かれるようにルルーシュが走り出す。


「こら!返せ!」


私は一人で立ち尽くしたまま呆然とし、ルルーシュが走り去っていた方向を見る。

猫もいなければ、ルルーシュももういない。

ナナリーちゃんを見ると、彼女もきょとんと首を傾げていた。

私の心臓は、ルルーシュの体から離れても激しく跳ねている。

顔もきっと真っ赤だろうが、それを悟られないようナナリーちゃんに声をかけた。


「……追いかけてみる?」


リビングから出ると、既にルルーシュの姿はなくなっていた。

無人のホール。

と、外から賑やかな話し声が聞こえてきた。

出入り口へ進むと、ミレイ会長とリヴァル、ニーナが歩いてきていた。

ミレイ会長が私とナナリーちゃんに気付いて手を振る。


「やっほー」

「あ、会長。ルルーシュに会いました?」

「会ってないわよ。どうして?」

「それが、なんだか焦ったように走って出て行っちゃって」

「ルルーシュが?」


リヴァルが驚くのも無理はない。

ミレイ会長も想像できなさそうに首をかしげた。


「何かあったの?」

「うーん、猫の鳴き声が……」

「猫の鳴き声?」

「猫の鳴き声がしたかと思うと、何かに驚いたみたいに走っていったの」

「うーん、要するに猫を追いかけていったのね?」

「多分」


同意を求めるようにナナリーちゃんをみると、彼女も頷いた。


「なんだか猫に、大事なものを取られたみたいで」

「大事なものって?」

「よく分からないんですけど――」


猫に取られたものは、よほど大事なものだったに違いないだろう。

初めてルルーシュがあげたであろう、素っ頓狂な声を思い出す。

ナナリーちゃんでさえ、初めて聞く声だったらしい。

話を聞いて、ニーナとミレイ会長、リヴァルはルルーシュの大事なものを想像し始める。


「ラブレター?」

「恥ずかしい写真?」

「ポエム手帳!」


そしてリヴァルとミレイ会長が顔をあわせて笑う。

イタズラを思いついた子供のような顔だ。

少なくとも、こういう顔をするときのミレイ会長はロクなことをしないと経験が語る。


「まっかせて!絶対ルルーシュより先に取り返してみせるから!先に!」

「え、ミレイさ――」

「そうと決まれば、放送室よ!」


ルルーシュより先に大事なものとやらを取り返して貰うという話ではなかった筈なのだが、いつのまにか彼女はやる気満々になっていた。

私の声など届かず、張り切ったようにミレイ会長は放送室へ向かう。

まあ端からこの人を止めることなんて私には出来ないので、心の中でルルーシュに謝罪しつつ黙ってついて行った。



























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