狂想曲










放送室につくと、放送担当の生徒たちが驚いた顔で私たちを見た。

突然部屋を占拠し、機材をいじり始めるミレイ会長。

軽快なチャイムが鳴る。


「こちら、生徒会長のミレイ・アッシュフォードです」


ついに放送を始めてしまった会長を止められるものは誰もおらず、私たちは黙ってことの成り行きを見守ることにした。


「校内を逃走中の猫を捕まえなさい!部活は一時中断!協力したクラブは予算を優遇します。そして――」


なんて職権乱用だ。

そんなことを言われたら、どこのクラブも協力せざるをえまいと苦笑いをした次の瞬間。


「生徒会メンバーからキッスのプレゼントだー!」


ミレイ会長の高笑いが響く。

言葉を失う私とニーナ。

校内のあちこちで、歓声があがった。


「ちょ、ちょっとミレイさん!?」

「大丈夫大丈夫!」

「な、何が大丈夫なんですか!?」


私が慌てて抗議するも、ミレイ会長は耳を貸さない。

同志を求めてニーナを見ると、彼女は意外に平気そうな顔をしていた。


「ちょ、ちょっとニーナ!あなたもなんとか言ったら?」

「だって、私は、その、あんまり心配いらないかなって」

「……」


控えめに自分を卑下するような発言をするニーナ。

しかし何となく納得してしまった。

私は掴んでいたミレイさんの制服を離す。


「そう言われれば、そうかも……シャーリーとカレンは大変だろうなあ」


生徒会の人気どころ、看板娘であるシャーリーとカレンの顔を思い描く。

二人の性格からして、今頃焦っていることだろう。

ちなみに生徒会の人気どころはもう一人、ミレイ会長自身なわけだが。


「会長はいいんですか?」

「べっつにー」


こういう人なので大した問題ではなさそうだ。

ニーナもキスのことなど構わず、猫の捜索について心配し始めている。


「でも、この広い校内で一匹の猫を捕まえるなんて難しいよね」

「見たこともない猫だしねえ」

「ナナリー、何か特徴とかないの?」


ニーナがナナリーちゃんに話をふると、ナナリーちゃんは少し考えていた。

ちなみに私は鳴き声しか聞いておらず、まったくの役立たずだ。

ナナリーちゃんが話し出すと、興奮しすぎて一休みしていたミレイ会長はマイクをナナリーちゃんの前に出した。

まるでインタビューでもしているかのように。


「足が悪いと思います。足音がちょっと変だったから。それと――」


更によく思い出そうと首を捻る。

しかし同じ場にいた私としては、よくそこまで分かるなあと感心してしまった。、

あっとなにかを思いついたように微笑むナナリーちゃん。


「その猫は、こんなふうに鳴きます」


ナナリーちゃんの可愛い声が、マイクで学園中に響き渡った。


「にゃあーん」


男の歓声が、先ほどよりさらに大きく聞こえた。

そんな鳴き声で猫探しができるのか……と思いつつ、ナナリーちゃんが可愛くて思わず抱きしめる。

素で猫の鳴き声を真似たらしい彼女は、不思議そうな顔をする。

一通りの放送を終えた後、ミレイ会長は放送室を飛び出した。

建物の外にはリヴァルが待機しており、軽やかに猫の捜索に向かった。


「ニーナはどうする?」

「私はここで、連絡を待つわ」


ニーナらしい選択に納得する。

私も猫の捜索に乗り出すか、ここで待つか少し迷う。

ルルーシュの大事なものというのには興味がある。

何なのか全く予想がつかない。

もし私が猫を捕まえたら、ルルーシュのキスが貰えるんだろうか――と考えて思い切り顔をふった。

少し想像してしまった。


、顔が真っ赤だけど」

「な、なんでもない!猫探してきます!!」


不思議そうな顔をしたニーナとナナリーが私の方を向いていた。

自分の頬が火照っていることを知られたくなくて、私もまた放送室から飛び出した。

別にルルーシュにキスして欲しいから猫を探すわけではなく、ルルーシュがきっと困るだろうから猫を探すのだ。

廊下を走りながら、自分への言い訳ばかり考えている自分に気付き、また大きく首を振った。

校舎から飛び出すと、普段とても人が入らないような場所に大勢の人が群がっていた。

垣根の中、草むらの中、溝を覗き込んでいる人もいる。

異様な雰囲気から逃れるため、とりあえず校舎に戻った。

廊下を歩いていると、階段の下でなにやら話し声が聞こえる。

近付くにつれ、聞き覚えのある声だと気付いた。


「あれ、シャーリーとカレン、何やってるの?」

「え、?」


シャーリーとカレンが驚いたように私を見る。

私も驚いてシャーリーの格好を見た。

シャーリーは水泳競技用の水着の上に、ブレザーを一枚羽織っただけという姿だ。

珍しくブレザーを脱いでいるカレンを見るに、シャーリーに貸しているのだろう。


「シャーリー、その格好……」

「だって、急いでたんだもん」


やはりあの放送を聞いてそうとう慌てたらしい。

カレンも呆れたように首を振った。


「それで、二人はこんな所で何を?」

「猫を追い詰めたの」

「……え?」


カレンが答えるが、当の猫はどこにも見当たらない。

シャーリーが階段の下にある物置スペースに近寄るが、猫はいない。


「そりゃ、二人で話しこんでいれば逃げちゃうよ」

「シャーリーが変なこと言うから」

「だ、だって、カレンが」


呆れた顔の私とカレン。

カレンに責められるように見つめられ、シャーリーは慌てる。

シャーリーがカレンに何を言いたいのか分からず言葉の先を促すが、彼女は続きを言わなかった。

何故か私の顔を見て、それからカレンの顔を見て口を噤んだ。

私とカレンは互いに怪訝な顔で顔を見合わせる。

そこで、急に賑やかな足音が廊下に響いた。

何事かとそちらへ足を向けると、生徒たちが一方向へ向かっていくのが分かった。


「おい、猫が追い詰められたみたいだぞ」

「ええ!?」


生徒たちの間から漏れ聞こえる会話で、何が起きたのかを悟り私たちもそちらへ足を向けた。

どうやら目的地は鐘楼塔のようだ。

鐘楼塔の前に着くと既に人が集まり始めていた。

リヴァルがサイドカーで走りこみ、ミレイ会長が飛び降りる。


「あそこ!」


シャーリーが素早く上を指差す。

そこは、鐘楼塔の屋根――しかも鐘のある一番高い場所だった。

その屋根を上るスザクの姿。

猫は、ちょうど鐘の下に座っているようだ。

続いて窓から顔を出したのは、ルルーシュ。

スザクとは違い危なげに窓から出ると、足を滑らした。


「あ!!」


そのまま滑って屋根を落ちていく。

周りを取り囲む生徒達から驚きと怯えの声が上がる。

裕に三階建て以上の高さがある屋根から落ちたら、少なくとも無事ではすまないだろう。

焦ったようにルルーシュの腕を掴むスザク。

スザクがルルーシュの名を呼ぶのが聞こえた。

二人とも馴れた様に、親しげにも見えるその様を見て、ニーナが不安げな顔をした。


「あの二人……まさか」


猫が頭を振り、鐘を鳴らす。

それが合図のようにスザクはルルーシュを引き上げた。

ルルーシュはスザクに促されて窓の中に戻っていき、無事にスザクが猫を救出した。

周りを囲んでいた生徒たちは、鐘楼塔の出入り口の前に集まりスザクとルルーシュが出てくるのを待つ。

ふと上を見ると、ルルーシュが何故か先ほど出入りした窓とは違う窓から顔を出しているのが見えた。

彼は、下には見向きもせず再び中に入る。

何をやっているのだろうかとシャーリーに話題を振ろうとしたとき、急に周りが静まった。

階段から、スザクが降りてくる。

猫に話しかけながら、彼は日の光の下に出てきて私たちに顔を見せた。

腕には、足に包帯を巻いた黒い猫が抱かれている。

生徒たちが、困ったような拒絶のような顔をしているのを見回し、スザクは黙った。

目があった瞬間に声を掛けようと身を乗り出したが、あからさまに目を逸らされてしまう。

私のことを思ってのことだと分かったが、寂しさはあった。

沈黙を破ったのは、シャーリーだった。


「ありがとう、ルルを助けてくれて!」


スザクに駆け寄ったシャーリーに続き、リヴァルとミレイ会長もスザクに話しかける。


「やるじゃん、転校生!」

「この猫、何か持ってたでしょ?」

「何か被ってたみたいですけど……、よく見えませんでしたし、いつの間にかなくなっちゃって」


少し嬉しそうに笑うスザク。

私も彼らに続き駆け寄った。


「お疲れ様、ありがとう!」

「ねえ、ルルは?」

「あ、忘れ物があるから、先に行けって」


今度は私の目を見てくれたスザクが、建物の中を振り向きながらシャーリーの質問に答えた。

その言葉を聞いた会長が大げさな動きで人差し指を立てる。


「それだあ!あいつの恥ずかしい秘密!!」

「そういうことですか、会長」


彼女の言葉に答えるように、ルルーシュが出てくる。

手ぶらで悠々と歩くルルーシュの姿を確認し、ミレイ会長はあからさまにガッカリしている。

シャーリーも興味はあったらしく、少し残念そうだ。

かく言う私も全く落胆していないと言えば嘘になる。

軽口を言うシャーリーやミレイ会長にスザクを交えて、初めて少しだけ穏やかな空気が流れる。

そこに割って入ったのは意外にも、カレンだった。


「ねえ、二人って知り合いなの?」


その言葉に初めて気付いたようにルルーシュとスザクが反応する。

ニーナが怯えたように二人を見ていた。


「だって、イレブンと――」


弱々しいニーナの声に、その場にいた人たちの視線が集まる。


「いや、僕は……」

「友達だよ。会長、こいつを生徒会に入れてやってくれないか?」


ルルーシュを庇おうとしたスザクの言葉をルルーシュ自身が遮った。

皆の目が驚いてルルーシュに集まるが、そんなことを気にする様子もなくルルーシュは毅然としている。


「ウチの学校は、必ず何処かのクラブに入らなくちゃならない。でも……」


ルルーシュは、言葉を切った。

言わずとも、その場の全員がその言葉を理解する。

少しだけ、悩んだようにも見えたミレイ会長は事も無げに答えた。


「副会長の頼みじゃあ、しょうがないわね」


スザクが嬉しそうに笑う。

快活そうな笑顔がよく似合う人だと思った。

リヴァルもシャーリーも、自然に彼を受け入れる。

ニーナのことだけ少し心配だったけれど、それでも嬉しさの方が勝った。

こうしてスザクも、私たちと同じ生徒会のメンバーに加わることになった。





余談だが、賞品になっていた生徒会メンバーのキッスはスザクとルルーシュ二人のお手柄というわけで、自称半人前生徒会であるナナリーちゃんから贈られた。

勿論、頬に。

更に余談だが、その後ルルーシュに何度問い詰めても猫に持っていかれた物については一切教えてくれなかった。


































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