平日は学校の授業に生徒会。 週末はアルバイトと、姉と義兄の顔を見に行くという日課が確立された。 スザクも生徒会に馴染み、C.C.のピザのポイントカードが段々と増えてきた。 擦り切れゆく 「お姉ちゃん、義兄さんの具合どう?」 「こんにちは、。今日は落ち着いてきてるみたい」 家に入ると、今日は安心したような姉の笑顔が私を迎えた。 義兄の部屋へ入ると、珍しく穏やかで静かな空気が流れていた。 ベッドに近寄ると安らかな顔の義兄がいる。 「久しぶりだな、。元気か?」 「先週会ったばかりだと思うんだけどね、元気だよ」 普段どおりの優しい義兄と、しばし話す。 姉が盆にお茶を乗せて部屋に入ってきた。 「、学校はどう?無理してバイトなんてしなくていいのよ?」 「そうも言ってられないでしょ。私は大丈夫だから」 「バイト、忙しくない?」 「うん、週末が中心だし。時々平日の放課後もあるけど、生徒会と両立できないほどじゃないよ」 「そう」 やはり心配そうな表情を崩さない姉に、笑顔を向ける。 義兄は申し訳なさそうに私を見ている。 気まずい空気が流れ、自分自身の笑顔も凍りつくのを感じた。 「だって、今まで私、散々助けて貰ってたんだもん……このくらい、させてよ」 そう呟くと、頭に大きな手が触れるのを感じた。 義兄の微笑が目に入る。 「、大きくなったなあ」 そう言って優しく頭を撫でられる。 それが心地よくて思わず目を細める私をまだ心配そうに見る姉。 可笑しくて、つい笑ってしまった。 「義兄さん、お父さんみたい。お姉ちゃんは、お母さん」 そう言うと二人は少しだけ驚いた顔をして、の歳の子供がいるような年齢じゃないんだけどねと苦笑する。 義兄の体に障るからと、あまり長居はせずに帰るのが常だった。 今日も私は、早々に帰路に着く。 帰り際、姉が玄関まで見送りに来てくれた。 「あの人ね、が来るのを楽しみにしてるの」 「そっか」 嬉しそうな姉の顔と言葉に、私の顔にも満面の笑みが浮かぶ。 その日は珍しく、浮き足立って学園へ戻った。 × × × 学園へ戻るとそのままクラブハウスへ行った。 最初にルルーシュの部屋へ行く。 ノックをすると聞き覚えのある女の返事が聞こえる。 いつものことではあるが、毎回その声の主に対する羨ましさには慣れない。 部屋に入ると、ルルーシュの部屋に我が物顔で居座っているC.C.がベッドに寝そべっている。 「こんにちは、C.C.」 「今日もルルーシュはまだ帰ってないぞ」 「だと思った。ね、ルルーシュって何してるの?こんな時間まで」 「それは私からお前に伝えて欲しいのか?」 私の気持ちなどお見通しとでも言いたげに、C.C.は笑った。 しかし、私の答えは決まっているので「いい」と一言呟いて目を伏せる。 いつかルルーシュが私に打ち明けてくれるのを待とうと決めているのだ。 C.C.に「またね」と声を掛け部屋を出る。 曖昧にではあるが、それに反応を返してくれるようになったC.C.とは段々と距離が近付いてきていると思う。 それが少し嬉しくて口が緩んだ。 ナナリーちゃんの部屋に行き、中に入るといつものようにナナリーちゃんと咲世子さんがいた。 しばらく話をしていると、空腹で腹の音が響き始める時間にルルーシュが帰宅する。 夕食を食べ、私は寮へと戻る。 空を見ると、月が少し欠けていた。 × × × 「ねえ、次の週末に河口湖へ行かない?」 朝、教室に入ったときシャーリーが開口一番にそう言った。 教室にはホームルーム前の賑やかさが溢れ、あちこちで生徒が喋っている。 スザクは背を伸ばし行儀よく席についている。 誰かと話をしたりするわけではないが、転入したばかりの頃に比べて孤独で仲間はずれにされているという印象はほとんどない。 「ごめん、週末はバイトがあって……」 「そっかー。残念」 「それってミレイ会長の企画?」 「うん。スザク君も誘ったんだけどね、軍の仕事があって来れないんだって」 「そっか」 リヴァルも週末はアルバイトがあり、ルルーシュも私用で行かれないらしい。 シャーリーとニーナ、ミレイ会長の三人旅になりそうだ。 メジャーな観光地とはいえ、トウキョウ租界から女三人で出ることになる。 「気をつけてね」 「大丈夫だよ、会長もいるしね」 「……根拠はないけど、なんとなく大丈夫そう」 二人で顔を見合わせて笑った。 テレビの画面を見ながら、つい先日シャーリーとやりとりをしたことを思い出す。 ニュースを報道するアナウンサーは、事務的な言葉で原稿を読み上げる。 映し出される映像。 河口湖ホテルが、日本開放戦線に占拠され、人質となっているブリタニア人たちの映像。 ミレイ会長にしがみつくニーナと、それに寄り添うシャーリーがハッキリと映し出されていた。 呆然とテレビの前に立ち尽くす私を不思議そうに見た姉が、後ろから覗き込む。 ニュースを聞き、「物騒ね」と呟いた。 携帯が鳴る。 ディスプレイにはリヴァルの名前が表示されている。 震える手でボタンを押し、電話を耳に当てる。 「……はい」 「!?今、ニュース……!!」 「うん、見てる」 慌て戸惑ったリヴァルの大声が耳に響く。 彼のあまりの慌てようのお陰で、徐々に私は冷静さを取り戻した。 気持ちを落ち着けるが、しかしどうしたらいいのかは全く分からない。 目の前で友人が恐ろしい目にあっているのに、距離があまりにも遠く、圧倒的な力の差で何も出来ない。 「どうしよう、どうしたらいいんだよっ!」 「リヴァル、リヴァル落ち着いて……」 「こんなときに落ち着いてられるかよ。こんな時にルルーシュは何してんだか!」 苛立ったようなリヴァルの声が絶え間なく聞こえる。 何かを話さずにはいられないのだろう。 そして八つ当たりに近い怒りの声で、ルルーシュの名を呼んだ。 「え、ルルーシュは?」 「分かんねーよ!電話しても出ないし!」 ルルーシュは、このニュースを見ているだろうか。 ルルーシュは、この事件を知っているだろうか。 今、どこに? 疑問符だけが頭に浮かぶ。 リヴァルが真っ先にルルーシュに電話をかけてしまった気持ちが痛いほど分かった。 もし今、私たちがルルーシュと一緒にいたら、彼ならなんとかしてくれるのではないか、そんな気持ちになったに違いない。 彼なら、慌てる私とリヴァルを落ち着かせてくれるのではないか、今もそう思っている。 リヴァルとの電話を切る。 しばらく電話を見つめ、ルルーシュの携帯の番号を表示した。 発信ボタンを押し、コール音を聞く。 「発信音の後にメッセージを」 録音されたルルーシュの声で、留守番電話の案内が流れる。 発信音を待たずに電源を切った。 明らかに様子のおかしい私を姉が心配そうに見ていた。 「どうしたの、大丈夫?」 「う、うん……」 テレビに、シャーリーの父親が映し出される。 シャーリーの心配をしている様子が、分かり易すぎるくらいだった。 「、ご飯食べていくでしょ?」 「う、うん……」 テレビから目を離し、姉を振り向く。 外出の準備を整えた姉が立っていた。 「それじゃあ私、買い物に行ってくるからに留守番お願いしていい?」 「もちろん」 心配をかけないように出来る限り笑ったが、酷く弱々しくなっているのが自分でも分かる。 姉が出て行った音を聞き、義兄の部屋に入る。 眠っているのかと思い近付くと、静かに義兄が目を開いた。 「ごめん、起こしちゃった?」 「いや、起きてたよ。最近、眠れないから」 「そうなの?ダメだよ、ちゃんと寝ないと」 大人ぶって義兄を窘めてみる。 少しだけほっとした心持でベッドの横に膝をつき、顔を覗き込んだ。 窘められたことに苦笑しつつ、義兄が私を見た。 「眠ったら、嫌な夢を見るから」 それ以上を義兄の口から言わせないように、堅く彼の手を握った。 私の気持ちを察してか、ゆったりと微笑む。 衰弱の跡が否応なしに刻み込まれた微笑は、酷く痛々しかったが、私に安らぎを与えてくれるのは昔から変わらない。 「は、優しいね」 「義兄さんには負けるよ」 「そんなことない……ごめんね」 「何が?」 「迷惑かけて」 ブリタニアが日本に宣戦布告をして以来、日本が敗戦して以来、私と姉は常にこの人に助けられてきた。 姉と義兄は恋人同士で、夫婦だが、私は違う。 今まで迷惑をかけてきたのは、私なのだ。 それなのに、義兄はそんな素振りすら私に見せたことがなかった。 邪険に扱われたこともなかった。 「迷惑なんて――」 突然、電話の音が聞こえた。 私の携帯ではない。 リビングから聞こえる備え付けの電話が鳴っていた。 電話に出てくれと、義兄に目で促され頷く。 立ち上がりリビングに行くと、鳴り続ける電話の音が大きくなった。 「はい、です。どちらさまでしょう?」 「あ、もしもし……えっと、妹さんかな?」 「そうですけど」 私の声に、電話をかけてきた男性は戸惑っているようだった。 彼は自身の名を名乗り、姉の同僚だと言う。 「ここ最近ずっと休んでいるから、皆心配しててね……僕も、とても心配しているんだ。そう、お姉さんに伝えて貰える?」 妹の私に、少しだけ媚びるような声色が伺える。 姉のことを好きなんだと分かった。 彼は姉の様子を詳しく聞きたがったが、正直に答えるわけにもいかず、とりあえず風邪が長引いているようだと答えておいた。 「大丈夫なの?僕も、何かお手伝いを――」 「いえ、結構です。私がいますので」 「そ、そう……あの、できることがあれば、何でも言ってくれよ!」 「はい、ありがとうございます」 電話を切り、溜め息を一つついた。 この人は、義兄のことを知らないのだ。 秘密にしているのは私たちなのだから、それも当たり前だが。 つけっ放しにしていたテレビに目をやる。 ニュースは既に別の事件を報道しており、河口湖のホテルジャック事件に進展がないらしいことが伺えた。 義兄の部屋に戻る。 「誰だった?」 「知らない人」 「同僚だろ?あいつの」 少し寂しそうに義兄が俯く。 思わずハッとして顔を上げてしまった私を見て、「やっぱり」と呟いた。 「毎日かかってくるんだ」 「そう、なんだ……でも、大丈夫だよ、お姉ちゃんは――」 「分かってる。そうじゃないんだ」 「え?」 「俺がいなかったら、あいつはもう幸せになれるのに。俺がいるから」 悔しそうに拳を握り締めた。 義兄は自分を責め続けていた。 自分がいなければ、姉はあの人と新しく幸せになれるのだと、そう思っているらしい。 「そんなことないよ!お姉ちゃんは、義兄さんと一緒にいれれば、幸せなんだよ!」 「違うよ、もう、俺は彼女の重荷にしかなれないよ」 「そんなこと、言わないでよ」 「俺がいるから、にも苦労させたろ」 「そんなことないよ!義兄さんに苦労させたのは、私だよ!」 身を乗り出して義兄に詰め寄った。 義兄は優しく私の肩を抱いた。 痩せ細ってはいるが、それでも私にとって広くて大きな義兄は、暖かく頼もしいものだ。 「ありがとう。ありがとう、」 義兄の呟きは、段々と震えていく。 私の首筋に、雫が落ちるのを感じた。 << ○ >> |