決断するブラケット





姉が買い物から戻り、夕食を食べた。

電話があったことを姉に伝えると、彼女は興味がなさそうに「そう」と呟いた。

義兄のことは話さなかったが、姉に義兄以外の存在などないことがその呟きだけで十分すぎるほど分かった。

仕事上の付き合いで、電話をかけなおして御礼を言っていたが、隣で聞いていてもそれは仕事先で築いた事務的な人間関係以外の何物でもなかった。

食事をしていると、ニュースが河口湖の様子を映した。

事件に進展があったらしい。

ニュースの報道だけでは、具体的に何がどうなったのかは分からない。

しかし、コーネリア総督の指示のもと何らかの作戦が決行されたということは分かった。

固唾をのんで、リアルタイムの報道を見守る。

最初の報道があってから、リヴァルとは話していない。

ルルーシュから折り返しの電話がかかってくることもなかった。

スザクはどうしているだろう。

軍のなかで、やはりニュースを知って戸惑っているのだろうか。

そういえば彼は技術部だと言っていた。

軍の中にいても、何も出来ない歯痒さを感じる私たちと同じなのかもしれない。

ニュースの映像は、ホテルを遠目で映していた。

高層ビルの下で、激しい煙が上がった。

炎も見える。

あっという間に、ホテルが下から崩れ落ちる。

崩れ落ちながら、今度はビルの上の層が爆発を起こした。

食事をする手を止め、テレビに釘付けになる。

ホテルの窓に灯っていた電気が、バラバラに消えていき、黒くて厚い煙の中に吸い込まれるようにビルは落ちていった。

テレビに映るアナウンサーも、実況するのを忘れただ口を閉ざしている。

ホテルの崩れゆく音が響いた後、静かになる。

それらの残骸は厚い煙に覆われ、どうなっているのか分からない。

建物の中にいた筈の人質もどうなったのか、全然分からない。

テレビの画面にノイズが走り、映像が途切れる。

しかし次の瞬間には、画面いっぱいに仮面が映し出された。

顔の見えない黒い仮面。

思考が止まる。

チャンネルが切り替わったのか、違うニュースが始まったのかと思った後、見覚えのある仮面だと気付いた。


「……ゼロ?」


スザクの処刑の後、テレビで大々的に騒がれ報道されていた謎のテロリスト、ゼロだ。

視界の端で姉もまた、テレビに釘付けになるのが見えた。

ゼロの声が、テレビを伝って聞こえる。

画面が切り替わり、湖の上に点々と浮かぶボードが映し出された。

ボートにはそれぞれ、人質となっていた人々がのっているらしい。

ゼロは、人質を救出し、開放する旨を語る。

テレビには見る限り大丈夫そうなニーナとミレイ会長、シャーリーの姿も映った。


「よかった……」


安心したら思わず涙が滲んだ。

姉が心配そうに「知り合い?」と顔を覗き込んでくる。


「友達なの」

「そう、良かったわ、本当に」


安心して力の抜けた私の頭を姉が優しく撫でた。

早くシャーリーと話がしたかった。

テレビでは、ゼロが演説を始めている。

ゼロにスポットライトが当たり、彼の左右に複数人の男女が並んで立っていた。

どの人も、全員が仮面を被り黒い衣装を身につけた異様な光景。


「我らの名は、黒の騎士団!」


黒の騎士団は、武器を持たない全ての人の味方。

日本解放戦線も、クロヴィス総督も、力ない者を襲ったために制裁をくだした。

彼はそう語る。

自分達は、正義の味方だと、名乗った。

しなやかなゼロの腕がマントを広げ、大げさな手振りでゼロが宣言する。


「世界は、我々黒の騎士団が、裁く!」









 × × ×




夜が更け、街頭が頼りになった道を歩く。

遅くなってしまったのだから泊まればいいのにという姉の言葉を断って、私は学校の寮へと帰っていた。

どうしても、今日会いたい人がいた。

ニュースを見ていて、カチリと、何かがキレイにはまった気がした。

私に与えられていた伏線は十分すぎるものだった。

確信はできないけれど、少なくとも仮定を出すには十分だ。

ナナリーちゃんが家で待っているにも関わらず、帰りの遅くなった最近のルルーシュ。

これ以上ないというくらい大変なときに、電話にでることすらできなかった彼。

スザクの処刑の日に朝早くから出掛けていった彼。

気がつけば私の足は駆け出していた。

学校の敷地内に入ると、寮には足を向けずクラブハウスに走った。

夜遅かったので、ナナリーちゃんには気付かれないよう、まっすぐルルーシュの部屋へ行く。

扉を開けると、ルルーシュのベッドに寝転がっているC.C.が流石に驚いたように身を起こした。


?」

「ルルーシュは?」

「まだ帰ってないぞ」

「じゃあ、待つ」


いつもより強気な私を意外そうに見るが、止めはしないC.C.を横目に私はベッド脇に座り込んだ。

黙りこくった私に退屈したのか、C.C.は欠伸を一つすると再びベッドに寝転がる。


「今日もルルーシュは遅く帰って来るんじゃないか?」

「そりゃそうだよね、河口湖まで行ってるんだもんね」

「……」


言葉を返さないC.C.に向き直り、目を見る。

平坦で気持ちの読み取れない表情をしたC.C.が私を見返す。

私の瞳にある、いまだ確信できていない気持ちを読み取ったのか、C.C.は口の端をあげた。


「お前は何を言っているんだ?」

「私、もう知ってるから」

、私に鎌をかけたって無駄だ。私は何も知らん」

「そう」


嘘か本当か全く分からないC.C.の言葉に、とりあえず頷く。

最初から彼女に聞くつもりはない。

ルルーシュに確認しなければ意味がないのだから。

私のこの考えを確認して、だからどうなるのかなんて分からないし考えていない。

しかし、どうしても知りたかった。



刻々と時間が過ぎ、眠気が襲ってきた頃、部屋のドアが静かに開いた。

C.C.は私に構いもせず、一人で布団を被ってベッドの中だ。

ルルーシュはベッドの脇に座る私を確認もせず、顔を上げるのすら疲れたように部屋に入ってきた。


「おかえり、ルルーシュ」

「珍しいな、お前がまだ起きてるなんて……」


うっかりC.C.だと思って返事をした後、違和感に気付き彼が顔をあげる。

目があうと、心の底から驚いたように目を見開いた。


「ど、どうしたんだ?」

「待ってたの、ルルーシュを」

「急用じゃないなら、明日にしてくれないか?今日はちょっと疲れてて……」

「河口湖に行ってたから?」


本当に疲れ果てたように倒れこもうとしたルルーシュが、私の一言で勢いよく頭を上げる。

それまで彼の全身を覆っていた疲労感が消え去り、一気に私を警戒したような空気が流れた。


「何を?」

「ルルーシュでしょ、ゼロって」

「……!?」


ルルーシュの表情が凍りつく。

私は、確信した。


「バカだな、ルルーシュ」


私が確信したのを合図にでもしたかのように、C.C.が身を起こした。

ルルーシュが彼女を睨み付ける。

それは、ゼロの正体を私に漏らしたのが彼女だと思ったからだろう。

C.C.はルルーシュを嘲笑したように見下ろす。


は鎌をかけただけだ。コイツの推測にすぎなかった。確信を与えたのはお前だよ。勿論、私は何も言っていない。私とお前は共犯者なんだからな」


一方的に言葉をかけると、再びベッドにもぐりこむ。

ルルーシュは言葉なく、私に視線を移した。

私は黙って、一つ頷く。


「C.C.の言ったことは、全部本当だよ。ごめん……どうしても、確認したくて」

「何故分かった?」

「少なくとも、今までのルルーシュの行動見てたら、そう思っちゃうよ」

「そうか……そうだな」


ルルーシュが項垂れる。


は、多分、一番俺の近くで、俺を見てたからな」


ポツリと、ルルーシュが呟いた。

一気に頬が赤くなるのを感じる。

彼自身にとってはきっと、何の気ない言葉なのだろう。

それでも「ルルーシュの一番近くに私がいた」とも言えるその言葉に、場違いにも舞い上がってしまう。


「私は、止めないよ」

「ああ」

「だから、心配することくらいは、許してくれる?」

「……ああ」


彼は端から私がルルーシュの邪魔をするとは思っていなかったようだった。

そもそも私が彼を止められる筈がないのだから。

ルルーシュが私の言葉に頷いてくれる。

ゼロは正義を行うのだと、宣言した。

私はそれを信じるし、ブリタニア人だろうと日本人だろうと区別しないと言う主張がとてもルルーシュらしくて安心していた。


「ね、ルルーシュ」

「なんだ?」

「助けてくれてありがとう、その、河口湖の……」

にお礼を言われることじゃないよ」

「そうかもしれないけど」


ルルーシュならなんとかしてくれるかもしれないと、そう思った私の期待が見事に叶った。

ルルーシュはゼロという仮面を被った存在となって、確かに皆を助けたのだから。

スザクのことだって助けたのだ――。


「ねえ、ルルーシュ、聞いてもいい?」

「なんだ?」

「オレンジって、結局なんだったの?スザクのときの」


目の前のルルーシュは、いつの間にか警戒心を解いていた。

安心したように、テーブルに肩肘をついてそれにもたれている。

いつもの彼よりも、一層リラックスしているように見えるのは、一番大きな秘密を共有する者しかこの部屋にいないからだろうか。

私の投げかけた疑問に、一瞬首を傾げ、思い出したように答えた。


「ああ。あれはテキトーに言っただけで、意味なんかなかったんだ」

「え?それじゃあ、どうやってあの時――?」

「俺には、力があるんだ。絶対遵守の力が」

「絶対遵守?」

「ああそうだ。俺の左目を見た相手に命令をすれば、相手は絶対に俺に逆らえない」

「……あ、それじゃあ、あの時」

少し前に、二回ほどルルーシュを異様な存在だと感じたときのことを思い出した。

ルルーシュは、私の目を見ようとしていた。

その時のことを聞くと、彼は少し悔しそうに眉を顰める。


「ああ、にギアスをかけようとしたんだ」

「そっか、それで……」

「俺も聞きたかった。何故はあの時、あんなに頑なな態度をとったんだ?ギアスのこと、知らなかっただろう?」


真剣に頭をひねるルルーシュが可愛くて、思わず笑ってしまった。

すると不機嫌そうにルルーシュは「何が可笑しいんだ?」と私を睨む。


「だってルルーシュ、いつもと違いすぎるんだもん。あんなに異常な雰囲気で顔を見るようにせがまれて、不自然すぎるよ」

「そうか?」

「少なくとも、何だか本能的なものだけど、ルルーシュのオーラに拒絶反応が出たというか……」


本当に感覚的なものにすぎなかったのだが、あの時の私の警報は大正解だったらしい。

とにかく理性的なルルーシュにはその言葉を受け入れられなかったようで、相変わらず頭を捻っていたが理解はできたようだった。



ただでさえ大きな力を抱えたルルーシュは、それをもって強大な目的を果たそうとしている。

その力は、いつかルルーシュを潰してしまうかもしれないと、不安になった。

できることなら、彼が潰れてしまわない様に私が少しでも支えてあげたいと、そう思った。




けれど、その大きな力を私自身も必要としてしまう時がくるなんて、その時は思いもしなかった。
























<<  >>