沈黙する絆 義兄が死んだ。 そう知ったのは、姉からの電話だった。 「あの人がね、動かなくなっちゃったの」 放心したような姉の声を電話越しに聞いた。 居てもたってもいられず、私はアルバイト先を飛び出した。 マンションの部屋に飛び込み、そのまま寝室へ走った。 家中がやけに静かで、その静けさが体に突き刺さるようだった。 寝室の扉を開けると、ベッドの傍らに座り込んでいる姉がいた。 手には電話を持ったままだ。 ベッドの上には、義兄が寝ていた。 つい昨日会ったときと同じように、包帯を巻かれ、布団を被っていた。 ただ、違うのは――その布団が赤く染まっていること。 思わず息を呑み、怯む。 姉の顔を見ると、呆然としたまま不思議そうに首を傾げた。 唾を飲み、布団を掴む。 嫌だ、という自分の叫びさえも呑み込もうとする。 布団をめくってはいけない、めくってはダメだ、見てはいけない。 私が私に叫ぶ。 力強く、目を閉じて、思い切り布団をはいだ。 布団が舞う音を聞きながら、開きたくないと抵抗する自分の瞼を力任せに開く。 義兄の体は、真っ赤だった。 手には包丁が握られており、腹部を中心に血が広がっている。 包帯が赤く染まって、滲んでいた。 目の前が真っ暗になり、気を失いそうになった。 「ダメよ、。ちゃんと布団をかけてあげて」 今にも失神してしまいそうになり足がよろけた時、姉の窘めるような声が私を現実に引き戻す。 「この人が、風邪ひいちゃうじゃない」 ああ、なんて残酷な。 なんて残酷なセリフを私に言わせる気なんだろう。 姉は床に落ちた布団を拾い、再び義兄にかけた。 そして、愛しそうに義兄の頭を撫でる。 最早動くことのない義兄の顔は、穏やかだった。 「お姉ちゃん」 「なあに?」 「義兄さんは、死んでる」 残酷なセリフ。 なんという恐ろしい言葉を私は発しているのだろう。 姉は、少し拗ねたように言った。 「何言ってるの、そんな冗談……」 「お姉ちゃん、義兄さんを埋めてあげよう」 姉の言葉を遮る。 顔が見られない。 零れそうな涙を必死で押しとどめた。 「埋めてあげないと、腐っちゃうよ。それじゃあ義兄さんが、可哀相じゃない」 私の言葉を聞いて、しばらく黙った姉は、やっと――けれども放心したままの声で頷いた。 「そうね、埋めてあげなきゃ可哀相ね」 姉と二人で義兄を抱えた。 毛布に包まれた義兄を運ぶ私たち二人の姿は、どう見ても不審だった。 疚しいことなど何もない筈なのに、私たちは夜を待った。 何も悪いことなどしていないのに、人目を忍んだ。 街外れまで行って、やっと土のある場所を見つける。 穴を掘って、義兄の死体を埋めた。 穴を埋め、疲労と脱力で崩れ落ちる。 同じく、姉も疲れ果ててしゃがみこんでいた。 義兄の眠る場所の土は、掘り返された跡がハッキリと分かる。 姉を見ると、姉の目は私でもなく、兄の眠る場所でもなく、どこか遠くを見ていた。 放心したように、姉が口を開いた。 「早く帰らないと。あの人がお腹空かせちゃうかもしれないわ」 << ○ >> |