「ルルーシュ、お願いがあるの」 今日、学校にが来なかった。 つい二日前に河口湖の事件があったばかりなので彼女も何かに巻き込まれたのではないかとシャーリー達が心配していたが、その心配はないと俺は知っていた。 しかし、授業が始まってからも空いたままになっている彼女の席に、つい視線がいった。 授業の合間に、からの着信が一度だけ入っていることに気付いた。 慌てて電話をかけなおすと、彼女は震える声で俺に助けを求めた。 葬送曲 待ち合わせの場所に着くと、彼女は物陰に隠れるように俺を待っていた。 真っ青な顔のと向き合ったとき、自分の血の気まで引いたような気がした。 「ついて来て」と俺の袖を引く彼女の手すら弱々しく、少しでも抵抗しようものなら崩れてしまいそうだ。 しばらく大通りを歩き、そのまま脇道に入る。 建物の影で薄暗くなり、道幅もどんどん狭くなる。 見慣れない光景に視線を彷徨わせた。 が足を止めたのは、薄暗く寂れた風景に溶け込んだ古いマンションの前だった。 昔は白かったのであろう壁面は、今では黒ずんで所々ひび割れている。 「ここか?」 「うん」 簡潔に一言だけで頷くと、彼女は階段を上り始めた。 「ごめんね、ルルーシュ」 歩きながら突然、が話し出す。 いきなりのことで一瞬反応が遅れた。 「お互い様だろ。には、いつも迷惑かけてるしな」 「ありがとう」 ほっとしたような彼女の声で、自分まで安堵したことが分かる。 は錆びてぼろぼろの扉の前で再び足を止め、今にも取れてしまいそうなドアノブを握り締めた。 キイと、錆びた音が甲高く響く。 室内は、外観のイメージよりもキレイだった。 さっぱりとしていて、無駄なものもない。 室内の空気は、の匂いがした。 やはりここは彼女の家なのだと、少し温かくなる。 リビングのドアを開くと、椅子に力なく腰を下ろしている女性がいた。 「お姉ちゃん」 「……?」 の声で、気だるそうに顔を上げたその女性の顔は、痩せ細っていた。 顔色も悪く、の顔ですら比べものにならない位だ。 は姉に駆け寄った。 「お姉ちゃん、寝てないとダメだよ」 「寝られないわ。だって……あの人がいつまた、うなされるか分からないじゃない。私が、起きててあげないと」 姉の言葉に動きを止める。 電話でに聞いた話との相違を感じ、怪訝な顔でそれを見ていると彼女の姉と目が合った。 「そちらの方は?」 「あ……ルルーシュっていうの。私の、友達」 「そう。いつも妹がお世話になって――」 「いえ、俺の方こそ」 力なく微笑んだ姉に頭を軽く下げる。 は彼女の肩に手を乗せたまま錠剤をポケットから取り出し、それを手渡していた。 「これ、睡眠薬。私が代わりに起きとくから、お姉ちゃんは休んで」 「でも……」 「お姉ちゃんまで倒れちゃったら、意味ないでしょ」 渋る姉を説得し、なんとか薬を飲ませる。 がキッチンから持ってきたお茶を姉に飲ませ、薬が彼女の喉を通ったのを確認すると、が俺を見た。 力強く、決意に満ちた顔で、頷く。 「ルルーシュ、お願い」 「……ああ」 の言葉を聞いて、進み出る。 俺との交わす言葉の意味を知らない姉は、目の前に立った俺を不思議そうに真っ直ぐ見た。 姉と、目が合う。 どこかの面影を感じ、やはり姉妹なのだと実感する。 姉の目を見つめる。 目と目が合い、俺の左目が、赤く、光った。 は大きな紙袋を俺に差し出した。 中には、紙袋一つ程度に収まってしまう男一人分の衣服が入っている。 「ごめん、ルルーシュ。これ、ちょっと持ってもらえる?」 彼女はというと、周りにこれから持つのだろう大量の荷物を控えている。 それぞれの紙袋や鞄には、いっぱいいっぱい物が詰めてある。 が鞄を持ち上げると、布製の鞄の中からは食器の当たる音が聞こえた。 あっというまに彼女の両手は荷物でいっぱいになる。 「それはいいから、そっちの鞄をかせ」 「え、でも……」 「一人で持ちすぎだ。俺一人が一番軽い紙袋を持って歩けるわけないだろ」 「だって、私の我侭だし」 「そんなのはどうでもいい。俺のプライドの問題だ」 そう言っての手から鞄を取り上げた。 弾みでまた、中から食器の当たる音が聞こえる。 やはり衣服の入った紙袋なんかよりずっしりと重たい。 その鞄の中身は、彼女の義兄の持ち物――だったものだ。 ボロくて狭いマンションの一室から、の義兄に関するものを全て回収した。 二人分の衣服を詰めていた箪笥の中身がなくなり不自然になるのではないかと危惧していたが、彼の持ち物が少なかった為それ程でもなかった。 と俺で、分担して荷物を持つ。 最初は一人で全ての荷物を抱えようとしていただったが、とても持ちきれなかった。 最小限の荷物だけを俺に頼ろうとしたが、俺にも男としてのプライドがある上に、彼女の弱々しい姿を見ればとてもそんな荷を彼女に抱えさせられるわけがない。 結局が折れて、半分ずつ荷物を抱える。 部屋を出るとき、一度だけは寝室の方向を振り返った。 ドアを隔て、寝室のベッドの上では彼女の姉が眠っている。 今はただ、安らかな寝息をたてて――。 << ○ >> |