鎮魂曲 荷物を抱えて暗い道を歩く。 日はまだ沈んでいない筈なのに、薄暗い。 人気のない夜になれば、いかにも怪しい場所になりそうな街の片隅に着くと、は荷を下ろす。 俺もあわせて、抱えていた荷を置いた。 鞄や紙袋をひっくり返し、彼女は黙々と中身を出しては左へ右へとそれを振り分ける。 どうやら燃えるものとそうではないものを選んでいるらしい。 黙々と作業をこなす彼女は俺を見ず、ただ小さな背中だけが俺の視界に映る。 「大丈夫なのか、本当に。お姉さんの周りの人たちとか――」 「大丈夫。お姉ちゃんも、結婚してるなんて誰にも言わなかった筈だから」 「何かのキッカケで、役所にでも行ったら?」 「籍、入れてないから」 が、ピシャリと言い切った。 余計な一言を言ってしまったと気付く。 「義兄さんが、籍は入れないようにしようって。いつか、落ち着いて、日本人とブリタニア人が分かり合える世の中になったら……って」 「……そうか」 「義兄さんの友達はね、義兄さんが名誉ブリタニア人になってから、来なくなっちゃった。……だから、大丈夫」 選別し終えた荷物を一つにまとめる。 はポケットからライターを取り出し、火をつけた。 燃える。 彼女の義兄の、衣服が、靴が、鞄が、本が、写真が、全て燃える。 次には食器類をゴミ袋に入れ始めた。 入れ終えた後、ゴミ袋の口をしばると、袋の上から石で食器を叩き割る。 ガシャン、ガシャンと、ガラスの砕ける音がする。 アルミ製の皿が、鈍い音をたてて形を変える。 プラスチック製のコップが高い音をたてて割れる。 の顔は見えない。 小さな背中はただ無表情だ。 彼女の腕が、まるで工場にある機械のように規則正しく上下した。 「私は、覚えてる」 作業を終えたは、石を投げ捨て立ち上がった。 「私は忘れない。義兄さんのこと。義兄さんのくれた幸せ。義兄さんとお姉ちゃんの、笑顔」 「……」 「私は、忘れない」 彼女の髪が風になびく。 「は、それでいいのか?」 「義兄さんだって、お姉ちゃんにあんなになって欲しかった筈ない。だからこれで、やっと義兄さんに恩返しできた気がする」 火はまだ、燃えている。 真っ直ぐ立つ彼女の背中は、もう小さくは見えなかった。 ふと、彼女はいつ泣いたのだろうと考えた。 彼女に泣く時間はあったのだろうか、姉と一緒に、泣いたのだろうか。 背中を伸ばして真っ直ぐに立つ彼女の体を支えるのに、一体どれだけの力がかかっているのだろうか。 気がついたら、腕の中にがいた。 自分でも気付かないうちに、強く彼女を抱きしめていた。 突然のことに驚いたの顔が腕の中にある。 一瞬、ほんの一瞬だけ、の体から力が抜けそうになるのを感じた。 しかし、次の瞬間には、元の彼女に戻る。 「ありがとう、ルルーシュ。でも私は、ダメなの」 そう言って身を離す。 「泣いちゃったら、流れちゃうから。この痛みも苦しみも、流れてしまう。私はお姉ちゃんの分まで、それを抱えていかなくちゃいけないから。 それが、私の、お姉ちゃんへの償い」 そう言いながらも、の声は震えていた。 身を翻し、また背を向ける。 「だから、私は、泣かないよ」 震える声で、彼女はそう絞り出した。 「俺も、覚えてる」 「え?」 不思議そうに俺を振り向いた彼女の目には、光るものが浮かんでいた。 頬を雫がつたう。 それでもは、それを拭うことなく、まるでそこに雫など存在しないかのように振舞った。 もしかしたら、彼女にとってはそんなもの本当に存在していないのかもしれない。 「俺も、のお姉さんのこと、お義兄さんのことを知っている。だから……」 「だから?」 「俺も、共犯だ」 「……」 うっすらとが微笑んだ。 「ごめんね、ルルーシュ。…………ありがとう」 彼女の頬を幾筋もの雫が流れた。 俺は手を伸ばし、人差し指でそっとの頬に触れる。 俺の指に落ちた彼女の涙を拭った。 の涙が止まる。 力なく笑った彼女の顔が痛いくらいに切なかった。 ああ、ここでもやっぱり、コイツは笑うのか。 「は、強いな」 思わずそう洩らすと、は意外そうな顔をした。 「私、そう見える?」 「ああ」 彼女は口の中で「そっか」と嬉しそうに呟いた。 顔を上げて、俺を見る。 「それはねルルーシュ。ルルーシュの、おかげなんだよ」 は、何故だか少し誇らしげに、もう一度笑った。 << ○ >> |