世は変革期。 日本人はもちろん、ブリタニア人の子供までが確実に歴史の動きを感じていた。 このまま何もないわけがない事を全ての人が分かっていた。 きっと歴史に足跡を残すであろう変革の象徴、私はそれをすぐ傍で見ていた。 それが、何よりの私の幸せだった。 静かに咲き乱れる 日本人を中心に、リフレインという薬が流行り始めたらしい。 いつの時代も、見せかけの幻想を持ちたがってしまうものだ。 あながち人事とは思えず、少し興味を持って情報通のリヴァルに話を聞いてしまった。 しかし聞く話によると、既にリフレインは手に入りづらくなっているらしい。 それは黒の騎士団の功績だと、公にはならないが人から人へ伝えられている。 ルルーシュは私といるときに黒の騎士団の話をあまり出さない。 私が聞けば答えてくれるのかもしれないが、私は聞かない。 ここが彼にとって、仮面を外したルルーシュ自身でいられる場所であればいいと、そう思うから。 世の中の混乱をまるで人事のように「大変だねえ」「物騒だねえ」と話す、ここはそんな場所でいい。 私たちもこれからどうなるかは分からないけれど、今はまだ、笑いあえる時間を大切にできる時だ。 「え!?三日も出掛けるの!?」 「ああ」 「明日から?」 「そうだ」 ルルーシュは簡単に荷造りをすまし、旅行へ行くには小さすぎる鞄を閉じた。 相変わらずルルーシュのシャツ一枚という無防備な格好のC.C.が、気だるそうにベッドに寝転ぶ。 「C.C.も?」 「コイツは留守番だ」 C.C.は何も言わないまま寝返りをうち、私とルルーシュに背を向けた。 旅行をするのに、C.C.が留守番だと聞いて何故か少しほっとした。 貪欲になっている自分に気付く。 どんどん、どんどん、ルルーシュに依存してしまいそうになる。 そんな私を彼は鬱陶しく思うかもしれないと、最近では不安が募る。 なんてことは気取られないよう、平静を装って「そっか」と頷いた。 そして次の日。 ナナリーちゃんのことを頼まれた私は、上手くいけば出発前のルルーシュに会えるかもという気持ちで朝早くからクラブハウスへ赴いた。 ルルーシュの部屋に行くと既に彼はおらず、C.C.が一人でいた。 「もうルルーシュ行っちゃった?」 「ああ、残念だったな」 からかうように口の端を上げるC.C.に溜め息をつく。 いつもルルーシュのベッドに座り込んでいるC.C.は、珍しく立ち上がっていた。 拘束服を着たまま、目的なく垂らされた腕。 「C.C.、どこかに行くの?」 「ああ」 「何処に?」 「お前がそれを知ってどうする」 「ルルーシュのとこ?」 「そうだ」 「私も連れて行って!」 思わず声をあげた私に、C.C.は呆れた表情を見せる。 「だめだ」 「私だって、何か手伝えることが――」 「ないな。足手まといだ、ルルーシュにとっても」 きっぱりと容赦のないことを言う。 心ではそんなこと分かりきっているのに思わず反論しそうになる私をもう一人の私が嘆く。 「C.C.だって、ルルーシュに留守番だって言われてたじゃない」 「知らん。私はルルーシュに従わなくてはいけないわけじゃない」 「でも、C.C.だって――」 「私はあいつを守らなくてはいけないんだ」 「でも――」 「でもだとか、C.C.だってだとか、は自分を私と同列だとでも思っているのか?」 冷めた目で私を見る。 「にナイトメアが操縦できるのか?それともルルーシュのように、頭脳で勝負ができるのか?」 「……」 何も言えず、拳を握り締める。 悔しさと情けなさで唇をかみ締めて俯いた。 分かりきっていたことなのに、我侭を抑えられなくて見たくもない現実を突きつけられる。 黙ってしまった私の横をC.C.が歩いて通り過ぎる。 俯いた私の視界に、C.C.の足が端から端へと移動するのが見えた。 「」 「……」 「ここでナナリーと一緒にルルーシュの帰りを待つのが、お前の役目なんだろ」 「うん」 「私には、それはできないからな」 顔を上げ振り向くと、苦笑したC.C.の顔があった。 まるで駄々をこねた子供をあやすような。 「C.C.もしかして、励ましてくれた?」 「さあな」 素っ気無く踵を返し、部屋から出て行くC.C.の後姿。 自分があまりにも単純だと思いつつ、彼女が私を慮ってくれたことがただ嬉しくて、彼女を見送った。 緩む口元を抑えることもできず、ナナリーちゃんの所へ挨拶に向かう。 朝早くから訪れた私を笑顔で迎えてくれたナナリーちゃんと朝食を食べ、私は授業に向かった。 昼食の時間。 まだ相変わらずの風景を保った学園の中庭で、私たちはお弁当を囲む。 「ねえ、今日ルルは?」 「旅行に行くって言ってたけど」 「はあー!?授業は?」 「知らない」 お目付け役のシャーリーがルルーシュの不在に不満を漏らす。 ルルーシュに旅行の話を聞いたらしいミレイ会長が、本当に詳しくは知らないのだと口を尖らせた。 授業を休み、ナナリーちゃんをおいてまで旅行へ行くなんて、不思議に思うのも当たり前だろう。 今日はスザクも学校を休んでいる。 最近ニーナは少しずつスザクに慣れてきている……とは言え、今日のように朗らかな彼女を見ると、やはり普段スザクがいる場では心を許していないことが伺える。 「カレンも、休んでるんですよね」 「シャーリーってば考えすぎ」 どんどんと顔に影が落ちるシャーリーを茶化すようにミレイ会長が彼女の頭を小突く。 すると次にミレイ会長は、黙々と箸を口に運ぶ私に目を向けた。 「は気にしてないみたいね」 「別に気にしてないわけじゃないですけど……」 「あらー、シャーリー、には何やら余裕があるみたいよ?」 「え!?……ルルと何か」 「何もないないない!会長、勝手に話を広げないでください、余裕なんてありません!」 あながち何もないわけではないので少し後ろめたさは感じつつも、言えるわけがない。 しかし余裕がないのも本当だ。 今朝のC.C.とのやりとりを思い出しては、自分の失態に身悶えるほどの恥ずかしさを感じる。 「って、シャーリーみたいな可愛げがないのよねー」 「会長を楽しませるために恋してるわけじゃないですから」 「つまんないわねえ」 「会長、面白がらないでくださいよ!」 ミレイ会長のお気に入り、可愛いシャーリーが声をあげる。 彼女の素直さは確かに、時折嫉妬すら覚えるくらい可愛いと思う。 口には出さないが、時折あんなふうに振舞ってみたら少しは意識して貰えるのかと悩むことすらある。 「も、素直じゃないわけじゃないんだけどねえ」 「なんででしょうねえ。素直に恋してるんですけどねえ」 ワザとらしく悩むようにしてミレイ会長が身を乗り出す。 私も会長の口癖を真似して返す。 「もっとさらけ出して恋愛してもいいんじゃない?」 何故か図星をさされた気になり、ギクリとする。 何をとは言わないまま、肩を竦めたミレイ会長は言葉を切った。 私が何をさらけ出していないのか。 分からないといった顔をしたシャーリーが首を傾げ私を見たが、私も首を傾げ返す。 「ほんと、あんた達って可愛いわよね」 少しだけ聞こえたミレイ会長の声は、普段の彼女には見られない女の子らしさを帯びている気がした。 << ○ >> |