ナナリーちゃんと夕食を食べ、彼女が眠るのを見守る。 その後、こっそりとルルーシュの部屋へ足を向けた。 誰もいない明りの消えた彼の部屋は、それでも彼の香りを纏ったまま私を迎える。 彼の部屋に来るときは、いつも必ずC.C.がいた。 今はその彼女もいない。 物足りなさを感じる彼の部屋に踏み入ることはできず、そのままクラブハウスを出た。 今日の昼、ニュースでナリタの騒ぎが報道された。 日本開放戦線と黒の騎士団がコーネリア総督の軍とぶつかったらしい。 詳しくは知らせられなかったが、黒の騎士団は抑えられなかったと聞いた。 直向きなる美俗 二日後。 何事もなかったかのように帰ってきた筈のルルーシュは、またしても学校を休んだ。 スザクはナリタで山崩れの被害にあった街の救出活動に尽力しているらしく、やはり欠席。 カレンも休みだ。 ルルーシュから直接聞いたことはないが、カレンは黒の騎士団のメンバーなのではないかと推測している。 シャーリーが不安がるように、ルルーシュとカレンはよく休みの日が被る。 そして私が知っている、双方が抱くブリタニアへの感情。 急にルルーシュがカレンを気にしだしたこと。 ブリタニア人であるカレンが何故ブリタニアを憎んでいるのか、どちらかと言えば日本人に支持されている黒の騎士団に所属できているのかは分からないけれど、そうとしか考えられない。 いずれ聞ける日がくるだろうかと、少しだけ期待する。 なんてことを考え思考を巡らす私の隣で、青い封筒を持ったシャーリーが嬉しそうに笑っている。 授業中になにかコソコソしていると思えば、授業が終わった途端これだ。 「何か嬉しいことでもあったの?」 「え!?そう見える?」 「見えるよ。さっきからニヤニヤしてる」 自分の口が緩んでいるのに気付いていなかったらしいシャーリーが、慌てて自分の口を押さえた。 手に持った青い封筒を、大切そうに机の中に入れる。 「それ、なに?」 「お父さんが送ってきてくれたの。コンサートのチケットなんだけど……」 段々と言葉尻が霞む。 嬉しそうに口を緩めていたシャーリーの顔が、少し不安げに曇った。 突然の変化に驚く私に一歩歩み寄り、シャーリーが真面目な顔で私の目を見た。 「あ、あのね、」 「う、うん?」 「こ、このコンサート、さ。折角だから……ルルを誘ってみようかなって、思ってるんだけど!」 シャーリーの勢いに圧され気味な私に、彼女は後ろめたいような顔を向ける。 「いいかな?」と、許しを求める言葉をかけてくるシャーリー。 ナナリーちゃんと三人とはいえ、毎日のようにルルーシュと夕食を食べる私に、シャーリーは抜け駆けしまいと許しを求める。 ルルーシュの秘密を知ろうと一人で画策したこともあるし、何度だって彼に一人で近付いた。 あまりにもシャーリーのことを考えなかった自分が、今まで酷い抜け駆けをしてきたように思い――いや、実際そうなのだろうけど――罪悪感が胸を襲った。 そんな私が、ノーと言えるわけもなく。 「誘ってみたら、いいんじゃないかな」 「、ありがとう!」 本当に嬉しそうに抱きついてくるシャーリーに、胸が痛んだ。 シャーリーの笑顔は眩しくて、私に触れる手が親しみを素直に伝えてくれる。 ルルーシュのことが好きで好きで好きで、本当に大好きだけど。 眩いくらいの彼女を失いたくないのもまた、本心で。 本当に大切で、大好きな友人だ。 「あ」 うっかりシャーリーとの友情に心を震わせていると、急にシャーリーが私から離れた。 何かに気付いたような顔をして、少し悩んでいるような表情をつくる。 「どうかしたの?」 「あのね、実は、カレンのことなんだけど……」 「うん?」 「誰にも、言わないでくれる?」 「うん」 いつものお喋りの要領で軽く返事をすると、真剣そのもののシャーリーが勢いよく私の肩を掴んだ。 教室に人は疎らだったが、それでも人目を気にするようにシャーリーは周囲を確認し、先ほどとはまた違った真面目さで私の目を覗き込んでくる。 再び彼女の気配に圧される私。 「実は私、見ちゃったの」 「何を?」 「ルルとカレンが、キスしてるとこ」 一瞬、頭が真っ白になる。 「校庭で、ルルからカレンに」 続く彼女の言葉に、思考を取り戻しかけていた頭が再び真っ白になる。 急に、カレンを気にし始めたルルーシュ。 休む日が被るカレンとルルーシュ。 黒の騎士団の関係で云々と結論をだしていた私。 もしかして、二人がそういう関係ではないと思いたかった私の妄想だったのかもしれないという考えがふいに浮かんだ。 ゼロとの二重生活で忙しいルルーシュだからといって、カレンに好意を抱かない理由にはならない。 カレンは、病弱なのだ。 何故、病弱な筈の彼女が黒の騎士団に入っているなんて考えてしまったのだろう。 自分の推測に穴ばかり見つかり、むしろシャーリーの考えの方がしっくりくることに気付く。 「……カレンに聞いてみたの?」 「うん……カレンは付き合ってるわけじゃないみたいなこと、言ってたけど」 「他には、何か……?」 「よく、分かんない」 「そ、そっか」 二人で言葉を失う。 沈黙が流れた後、チャイムがなったのを合図に私は自分の席に戻った。 その後、素直なシャーリーはひたすら唸っていた。 カレンとルルーシュのことにまず間違いないだろう。 同じ問題で悩んでいるのは私も一緒だったが、シャーリーとは逆に顔に出さないのが私だ。 「どーしたの?難しい顔して」 生徒会室でシャーリーの向かいに座ったミレイ会長が、自身の前に広げたノートパソコンから顔を上げてシャーリーに声を掛けた。 部屋の隅にあるパソコンデスクには、いつものようにニーナが座っている。 机の上にはお馴染みの宅配ピザ。 「ルルーシュがいなくて寂しいとか?」 「っていうか、カレンも一緒に欠席なんです……また」 「呑気だねえー。世間は一昨日のナリタ騒ぎでもちきりだってのに」 「でも私には、ルルとカレンの方が問題なんですよ!」 シャーリーの恋する乙女らしい真っ直ぐな主張をミレイ会長が茶化し、それに怒ったような声をあげるシャーリー。 彼女の手にある青い封筒がテーブルを叩き、軽い紙の音がたった。 些細な音に、下で寝ていたアーサーが起きる。 「言っちゃえばいいのに。好きですーって」 「え……そんなのダメですよそんなの!だってもし――」 「断られたらどーしよう!友達でもいられなくなっちゃうかも……あっはははは」 シャーリーの必死な声に続けるようなセリフをミレイ会長が言い、そのまま面白そうに笑い出した。 今更照れくさくなったシャーリーが、頬を染めて視線を下ろす。 「居心地いいもんね、今この場所、この私たちって」 急に静かに、かみ締めるように会長が言葉を紡ぐ。 シャーリーが頷き、私もまた、その意味が心に染み込むように感じた。 ミレイ会長は、チラリと私を見た。 例えばもし、シャーリーがルルーシュに告白したとして、彼がそれを受け入れたとき。 私とシャーリーは、今までみたいに居れるだろうか。 逆もまた然り、だ。 中途半端なまま、笑いあってからかいあう今の私たちは、本当に居心地がいい。 「でも、少し覚悟しておいた方がいいよ。 変わらないものなんか、何処にもないんだから」 私もシャーリーも、ニーナも俯く。 雰囲気が沈むのを感じ、慌ててミレイ会長が明るい声をあげた。 「そんなに深刻にならないでよ。どーしても気になるなら、いっそ本人に聞いてみれば?ねえ、その辺どうなの?」 会長が誰かに声を掛けるのと同時に、生徒会室の扉の閉まる音がした。 突然のことに、反射的にそちらを向く私とシャーリー。 そこには、今入ってきたばかりのルルーシュが私服姿で立っていた。 ルルーシュは今日もまた何処かへ出掛けているのかと思っていたのだろう、驚くシャーリー。 一応、ルルーシュが今日休んでいる理由を知っていた私は、そこまで驚かない。 「ルル!?今日休みじゃ……」 「ナナリーが少し熱を出してね。咲世子さんは、昼まで用事だって言うから」 「ああ、そ、そうなんだ」 シャーリーがナナリーちゃんの様子を尋ねるも、終始表情を変えることのないルルーシュは簡潔に答える。 二人が話しているのを聞きつつ、一瞬シャーリーの前に置かれた青い封筒に目を遣る。 書類の上に置かれたコンサートのチケットが入っている封筒。 二人で、コンサートに行くのだろうか。 弱々しく灯りそうになった嫉妬の炎を掻き消すべく、私は二人から目を逸らし食べかけのピザを口に運んだ。 どうやら会長に仕事を頼まれたらしいルルーシュは、会長の指示通りに書類を手に取り生徒会室から出て行った。 ルルーシュの姿が見えなくなり、再び生徒会室の扉が閉まるのを確認したシャーリーは、ミレイ会長に非難の声をあげる。 「もー、会長。心臓に悪いですよー、あーゆー……」 いい終わらないうちにテーブルに視線を移したシャーリーは、たった今ルルーシュが持って行った書類のあった場所で視線をとめる。 書類の上に置いてあった封筒が、ない。 「あれ、チケット……あ!」 ルルーシュが書類と一緒に持って行ったのだと気付き、慌てて立ち上がる。 ルルーシュの名前を呼びながら、一目散に彼を追いかけて行った。 素早い動きで生徒会室を飛び出したシャーリーの後姿を見送り、再び視線をピザに戻すと、私を見ているミレイ会長の視線に気付いた。 「あの、会長、何か……?」 「シャーリーのあの封筒、何かなーって」 「コンサートのチケットらしいですよ」 「それって、ルルーシュとのデート用!?」 「誘うって言ってましたけど」 いいネタを掴んだとばかりに顔を輝かせるミレイ会長は、弾んだ足取りで私に近付いた。 「どうなの、は?」 「どうって……何がですか」 「心配じゃないわけ?愛しのルルちゃんが、シャーリーとデートなのよ」 「……心配も何も――」 「心配なんだ!?やっぱりそうよねえ!」 微妙な言葉の間を感じ取られ、不覚にも本心を露呈してしまったようだ。 それはもう、心配で心配でしょうがない。 「で、で?いつなの、そのコンサートは!?」 「え……知らないです」 「何処のホール?」 「知らないです」 「ああーん、なんで知らないの!?」 残念そうに唸るミレイ会長。 ようするにいつものパターンで、二人のデートを物陰からこっそり見たいわけだろう。 「ね、聞いてみてよ、後でさあ」 「嫌ですよ」 「もー、ってば二人がデートするからって拗ねないの!」 「す、拗ねてなんか……!!」 思わず立ち上がり声を荒くしてしまった私に、意外そうな顔を向けるミレイ会長。 しかし次の瞬間には嬉しそうに笑った。 それは新しいおもちゃを見つけた子供のような――。 私は私で、自分の失態に気付き顔が熱くなる。 まさか、こんなに自分が過剰に反応してしまうとは思ってもみなかった。 「二人のデート姿見るのが辛い?」 「べ、別にそういうわけでは……」 「どうするう?私たちが見ているのも気付かず、シャーリーとルルーシュが手とか繋いじゃったりして!」 「……あの」 どんどんと想像が膨らむミレイ会長の言葉に、ついつられてしまう私の頭の中は、もはや二人のデートビジョンが浮かんでいた。 もちろん、ミレイ会長プロデュースのものだ。 複雑そうに顔を歪めてしまったらしい私を楽しそうに見るミレイ会長。 「あんたのそういう顔、初めて見たかも」 「そ、そうですか」 照れくさくて、目を逸らした。 すると突然、先ほどまでの茶化した口調とは打って変わった静かな口調になる。 「なんか、安心した」 突然の変化にうまく対応できず、顔を上げる。 ほっとした様な見守っているような、優しげな目が私を見ている。 「っていつも、自分のことを抑えているみたいだったから」 「……」 「折角恋してるんだから、もっと素直になっていいんじゃない?」 「素直、ですけど……」 「は、いい子でいたいんだろうなって思うのよ。そりゃ、好きな人によく見られたいとか困らせたくないとかは分かるんだけどね。それで、好きな人と付き合えたってキツイだけよ」 「別に、私はそんなんじゃ――」 「もっとヤキモチやいて、あれして欲しいこれして欲しいって言っちゃいなさいよ。ルルーシュ本人にはなかなか言えなくても、シャーリーや私には言っていいんじゃない?」 頭が働かない。 口を開けたまま、ポカンとしてミレイ会長を見た。 「も、ルルーシュとデートしたいんでしょ?」 「……はい」 「カレンとルルーシュのこと、気になる?」 「はい」 素直な返事に、ミレイ会長が満足そうに頷いた。 人にこんな気持ちを打ち明ける日が来るなんて、思ってもみなかった。 思っていても、言ってもいいんだと、言って貰えるなんて。 「それが、恋する女の子ってやつよ」 茶化すように言うミレイ会長の言葉が、初めて嬉しいと思った。 「で、コンサートの日時は?」 「知りませんし、聞くつもりもありません」 盛大にミレイ会長の舌打ちが聞こえた。 シャーリーとの友情の為にも、こればっかりは譲っちゃいけない。 << ○ >> |