繕い 生徒会室を出て、ナナリーちゃんに会いに行く途中でルルーシュに会った。 鞄を肩から提げ、制服は着ていない。 「ルルーシュ、出掛けるの?」 「ああ」 「ナナリーちゃんは?」 「今、咲世子さんが帰ってきたから、入れ違いに見てもらってる」 「……そう、熱は?」 「まだ少しあるけど、もう落ち着いてるよ」 「よかった」 安心して一息つく。 ルルーシュは腕時計を確認しているかと思えば、急に私を見た。 「そういえば、シャーリー知らないか?」 「え?」 「どうした?」 シャーリーの名前に驚く私を不審そうに見る。 思わず反応してしまった私は後悔する。 本当は、私もシャーリーについて聞きたくてしょうがないことがあるのだ。 コンサートに、行くのかどうか。 聞くかどうか躊躇い、口に出しかける。 目の前のルルーシュが、ワケが分からないという顔をしているのを見て、やっぱり引っ込めた。 「分かんない。なんか、鞄持って慌てて帰っちゃった」 「寮に?」 「ううん。お母さんのとこに行くって言ってた」 昼に生徒会室でルルーシュをシャーリーが追いかけて行った後。 ミレイ会長と話しているところにシャーリーが慌てて駆け込んで戻ってきた。 私とミレイ会長に急いで挨拶をし、鞄を持ってそのまま出て行ってしまった後、戻ってこなかった。 何があったのかは分からなかったが、焦った様子の彼女に詳しく事情が聞ける状況ではなかったのだ。 ルルーシュが何か知っているかと思ったが、この様子では知らないようだ。 「シャーリーに用事?」 「ああ、いや……」 恐らくコンサートのことだろう。 それ以上聞いてもいいものかと再び悩んでいると、ルルーシュはまた時間を確認した。 「それじゃあ、俺は行くから」 「うん、気をつけて」 「あ、ナナリーのことなんだけど……」 「大丈夫、今日も一緒に夕食の約束してるの」 「そうか、頼む」 病み上がりの妹を心配するなら、行かなければいいのに。 そんな言葉を飲み込み、違う、私が行ってほしくないだけだと認める。 ミレイ会長の言葉がよみがえる。 早足に学園を出て行くルルーシュを見えなくなるまで見送った。 咲世子さんの料理を食べながら、隣に座ったナナリーちゃんと話をする。 「ナナリーちゃん、体は大丈夫なの?」 「はい。ご心配おかけしてごめんなさい」 「全然そんなことないよ。もっと心配かけてくれてもいいくらい」 冗談めかして二人で笑う。 食事を終えた後、一応もう一度熱を測る。 すっかり熱は下がったものの、やはり大事をとって早々にナナリーちゃんを寝かせる。 今夜は咲世子さんが最後までナナリーちゃんを見ているらしく、私は寮に戻ることにした。 帰り際、ルルーシュの部屋による。 扉を開けると、C.C.がピザを食べていた。 「C.C.毎日ピザで飽きないの?」 「飽きないな」 ふとした疑問をぶつけるも、あっさりと返された。 「何か用か?」 「そう言うわけじゃないけどね。帰るからC.C.にも挨拶しとこうかと思って」 「律儀なやつだな」 最近、少しC.C.の様子が柔らかくなったような気がする。 彼女に何かあったのか、それとも少しは打ち解けてくれているということなのか。 「最近、ルルーシュと何かあった?」 「別に。なんだ、嫉妬か?」 余裕たっぷりの顔で笑みを浮かべて私を見る。 またしても、ミレイ会長の言葉がよみがえる。 「うん、嫉妬」 あっさり答えた私に、拍子抜けしたような顔をするC.C.。 次の瞬間には訝しそうになった。 「なんだ、えらく素直だな」 「私は前から素直ですけど」 「そうだったか?」 結局私の疑問は解決されないまま。 だけど、それでもいいかと思えた。 いや、気にならないと言えば嘘になるわけだが。 私がルルーシュと秘密の共有を喜ぶように、私がルルーシュの傍にいることを求めるように、C.C.もそうなのかもしれない。 だったら、いくら聞いたって無駄だ。 私がC.C.だとしたら、絶対言いたくないし、言わないから。 それでも一つだけ、どうしても確認したいことがあった。 「ね、ルルーシュって付き合ってる人いる?」 「は?」 「女の子よ、恋人!彼女!」 「そういうのは、お前の方が詳しいんじゃないか?」 「分からないから聞いてるの」 「……いないんじゃないか?」 「だよね」 カレンの名前は、出さなかった。 なんとなく、C.C.やルルーシュに確認するのは卑怯な気がした。 黒の騎士団のメンバーだという推測が、本当に私の妄想だったらそれでいい。 だけど、もし、当たっていたら。 単純な好奇心でそんなことを知るのはカレンに申し訳ない気がする。 そしてそんな情報を私が知ることは、ルルーシュもC.C.も望んでいない気がした。 次の日、朝からアルバイトに出掛け、夕方には姉に会いに行った。 あれ以来ちょくちょく姉に連絡を取っていたが、姉の体調はやはり精神的なものが大きかったらしく急速に回復した。 すぐに顔色も戻り、仕事にも復帰していた。 相変わらず古びたマンションを上がり、家のドアの前に立つ。 錆びた音を響かせ扉を開け玄関を見ると、姉の靴の隣に男物の靴が揃えて置かれていた。 心臓が、跳ねる。 まさか、まさか、そんな筈はない。 義兄が、帰ってくる筈が、ない。 それじゃあ誰の靴が? こんな古びたマンションに、義兄以外に一体誰が来るというのだ。 そんな、まさか――。 驚きの中に、隠しきれないほどの喜びがあることに気付かざるをえなかった。 ありえないことの筈なのに、もしかしたらという希望が確かにあった。 あれは、幻だったのか、夢だったのかもしれない。 義兄はまだちゃんとここにいて、姉と一緒に暮らしているのだ。 靴を脱ぎ廊下を進むと、リビングの扉の向こうから姉の笑い声が聞こえた。 姉が、嬉しそうに笑ってお喋りをしている。 帰ってきた、帰ってきたんだ、義兄さんが! 期待に胸を膨らませ、知らず足が駆け出した。 歩みさえももどかしく、扉を勢いよく開いた。 「にいさ――……!」 乱暴に、しかし軽やかに開いた扉が私の視界にリビングを映す。 食卓に座って笑う姉と目があう。 手前に座っている男性の後姿が、ハッキリと見えた。 「あら、おかえり」 「こんにちは、お邪魔してます」 高そうなスーツを着た見知らぬ男性が、私を振り返り人の良さそうな笑みを浮かべた。 思わず部屋を見回し、人を探す。 いる筈の、私の大切な人の姿を。 「、どうしたの?お茶飲む?」 「ちゃん、覚えてるかな、僕のこと」 段々と、笑顔が崩れるのを感じた。 見知らぬ男が立ち上がり、私の前に立つ。 呆然と立ち尽くす私を見下ろして、日本人らしからぬ顔で私を見る。 日本人らしからぬ、違う、日本人じゃない。 この人は、ブリタニア人だ。 「前に一度だけ、電話で話したことがあるんだけど」 思い出す。 この声に、聞き覚えがある。 義兄と留守番をしているときにかかってきた電話の人。 「お姉ちゃんの、同僚の、人――?」 「そう!」 ぱあっと一気に嬉しそうに笑う。 彼がほっとしたように無邪気に姉を振り向くと、姉は「そんなことではしゃがないでよ」と親しみの篭った顔で笑い返していた。 ニコニコとしたその男に促され、私も食卓につく。 目の前に、姉がティーカップを差し出した。 温かそうに湯気をたたせたそのカップには、知らない香りのお茶が入っている。 ゆっくりとカップを手に取り、口に運ぶ。 一口、口にお茶を含む。 ちょうどいい位の濃さ。 仄かな甘みと、上品で新鮮な味わい。 「どうしたの、?」 驚いた顔の姉と男が視界に入り、ぼやける。 気付かないうちに、私の頬を涙がつたっていた。 「このお茶、美味しい、ね」 「ありがとう。やだ、そんなことで泣いちゃったの?」 可笑しそうに笑って、姉がハンカチで私の頬を拭く。 そんなことじゃない。 本当に、美味しいお茶。 薄くもないし、渋くもないお茶。 私の一番好きなお茶とは似ても似つかない。 「あのね、相談したいことがあるんだけど」 「何?」 「引っ越そうと思うの」 「え……」 驚いて目を見開く私に、まるで弁解するように男が話しかける。 「ほら、いつまでもこんな所にいたら物騒だしね」 「一緒に暮らすんですか、姉と?」 「え?」 姉と男が顔を見合わせる。 二人とも照れたように目を逸らし、「もー、ったら」と姉が嬉しそうに呟いた。 「ちゃんも、もっと綺麗なマンションの方がいいと思わない?」 男の顔を真っ直ぐ見れず、私は姉の顔を見た。 期待に満ちた顔。 「反対なんて、するわけないじゃない。ここは、お姉ちゃんの、家だもん」 あからさまに安堵した顔を見せる男と姉。 私は慌てて立ち上がり、鞄を持った。 「、もう帰るの?」 「うん。ちょっと寄っただけだから。またバイト行かなくちゃいけないし」 「そう?無理しないでね」 「うん、それじゃあ」 早口にそれだけ言って、リビングを飛び出した。 玄関まで見送ろうと、男が歩いてついてくる。 「ちゃん、君のお姉さんとのこと――」 気兼ねしているように言葉を暈す。 頭の中がグチャグチャで、考えがまとまらなかった。 ただただ、男の後ろに立った姉が、幸せそうに微笑んでるのが見えた。 「姉のこと、幸せにしてやってください」 それだけ言うと、二人の顔も見ないまま家を飛び出した。 嬉しそうな声だけが、耳に届いた。 義兄の言葉が、響く。 『俺がいなかったら、あいつはもう幸せになれるのに。俺がいるから』 私はその言葉に、なんて返したか。 『そんなことないよ!』 では、あの姉の顔はなんだ。 違う、そうじゃない。 私は、姉に幸せになって欲しかったから、義兄の記憶を消したんじゃなかったか。 義兄がそう、望んでると思ったから。 だから、これでいいんだ。 私は、正解だったんだ。 「義兄さん、私、正しかったよね?」 そう呟いた。 もちろん、返事はない。 あの時、一人ぼっちで義兄を消さなくてはいけなかったとき、私は何故立っていられた? たったこれっぽちのことで、こんなにも弱くなる私が、どうしてあのとき立っていられた? 「ルルーシュ……」 彼の腕が私を包んだ感触が、彼の慈しむような声が、今はない。 「私、お姉ちゃんを幸せに、できたよね?」 言葉を返してくれる人など、いる筈もない。 << ○ >> |