黙した記憶













見慣れた筈の部屋に入る。

質素で飾り気のない、何度も通った部屋。

2年前までは、私も住んでいたマンションの一室。

ボロボロのマンションだったけど、大好きだった。

決して過ごしやすい環境じゃなかったけど、いつだって温かかった。

今ではもう、寂しさしか感じない。


「ねえ、

「何?」


私は姉の洋服を畳んでいた手を休め、後ろを振り返った。

寝室のあちこちにダンボールが置かれている。

引越しの荷造りの為のものだったが、この家にはもう姉のものしか置いていないのでそんなに時間はかかりそうにない。

最初は何処からか忘れられた義兄の物が出てくるのではないかと気が気でなかったが、そこはルルーシュが手伝ってくれたこともあり杞憂に終わった。

少し寂しさを感じてしまったとしても、それは安堵であると誤魔化した。

私に声を掛けた姉は洋服が散乱したベッドに腰掛け、カレンダーを持ったまま私を見ていた。

首を傾げて何やら見ているので、気になって立ち上がり姉の隣からカレンダーを覗き込む。


「ねえ、これ、なんの日だと思う?」


姉が指差したのは、来月の暦。

平日を表す黒い数字がピンクのペンでカラフルに彩られている。

よほど浮かれて書き込まれたのがよく分かる、跳ねるようなライン。

それは――


「確かに、私の書いたものだと思うんだけど……なんの日だったかな?おかしいわねえ」

「……誕生日」

、知ってるの?」

「大切な人の、誕生日だよ」

「大切な、人?」


姉にとっても、私にとっても大切な人。

今はもう、いない人。


「私の、友達の誕生日なの」


姉が不思議そうに私を見る。

私が友人の誕生日には不似合いな顔をしているからだろうか。


「前に、お姉ちゃんが書いてくれたんだよ。私のかわりに」

「そうだったかしら?」

「うん。私は覚えてる」

「そう……そうなの」


思い出せないが納得したという風にゆっくり頷く。

危うく顔が歪んでしまいそうになるのを隠すため、ワザと明るい声を出して作業を再開した。


「さ、はやく荷造り終わらせちゃおう!」


姉に背を向け、再び洋服を畳んではダンボールに詰める。

しかし、背後の姉は一向に動く気配を見せなかった。

数着ダンボールに詰め終わっても、姉の動く様子がない。


「お姉ちゃん?」


気になってもう一度、姉を振り向く。

姉は、黙ったままカレンダーを見ていた。

月も先ほどのまま、ピンクでマーキングされた日をずっと見ている。


「お姉ちゃん?」


もう一度、呼ぶ。

姉はカレンダーから目を離さないまま、口を開いた。


「どうしてかしら……私にとって凄く嬉しい日だった気がするの。なんだか、寂しい気持ちになるの」


姉の言葉は、口調とは裏腹だった。

別に寂しそうでもない、嬉しそうでもない、ただただ本当に不思議だという顔をしていた。

そこでやっと、言葉を失くした私を見た。


「あ、ごめんね。さ、続けましょ」


無造作にカレンダーを放ったまま、姉は荷造りの続きを始める。

それからはもう、そのカレンダーに目をかけることもなく、日が暮れる前に荷造りは終わった。

私はこっそりとカレンダーを拾って、自分の鞄の中に隠した。














 × × ×



「ねえ、シャーリーとルルーシュ見た?」

「え?いえ、まだ今日は……」


朝一番に会ったミレイ会長が、挨拶もそこそこにおかしな事を言い出した。

駆け寄ってくるなり大ニュースとでも言いたげに耳元で声を出す。

先日早朝に別れてからシャーリーには会っていなかった。

別れ際にシャーリーを見た様子から、あまり彼女のことを心配はしていなかったのだが、何か二人にあったらしい。

ルルーシュにも姉の引越し手伝いの関係で会う時間がないままだ。

珍しくしばらくはナナリーちゃんと一緒にいれるから大丈夫だと、電話で伝えられた。


「どうしたんですか?」

「喧嘩しちゃったらしいわよ」

「喧嘩?」

「そ。それで、他人ごっこだって」

「他人ごっこ?」


詳しく聞くと、ルルーシュとシャーリーがお互いをまるで初対面の他人であるかのように振舞っているらしい。

二人が喧嘩した、そして他人ごっこ。

イメージがわかない。

シャーリーの様子が普通でないのは、気付いていた。

ルルーシュもシャーリーの父親のことで悩んでいた。

二人に何かがあったらしいことを考えると、それはきっと単純な喧嘩ではないと予測できる。

急に不安になり、教室へ向かう足が速くなる。

三年の教室へ向かうミレイ会長と軽く挨拶をし、駆け足になった。

教室へ入ると、所定の席についているシャーリーが目に入った。

特別落ち込んでいる様子もなく、先日の朝に比べれば驚くほど明るい顔だ。

ルルーシュの席を見ると、こちらもやはりおかしな雰囲気もなく座っている。

いつものように、リヴァルの話に興味なさそうに相槌をうつ。

一瞬足をどちらに向けるか迷い、シャーリーの元へと歩いた。


「おはよう、シャーリー」

、おはよう」

「もう大丈夫なの?」

「うん」


私の言葉に頷く彼女の顔を見れば、もう心配などいらないことが分かった。

安堵の息をつき、鞄を置く。

ルルーシュの方を見れば、まだリヴァルと話を続けていた。

そのままホームルームが始まり、ルルーシュともシャーリーとも詳しく話せないまま昼になった。









中庭でお弁当を広げる。

最初は何気ない話をしていたが、いつものようにミレイ会長がルルーシュの話題を持ち出した。


「で、シャーリーはルルーシュと何があったの?」

「え?」

「いいじゃない、ちょっと話してみなさいって」

「いや、別に何もないですけど」

「ルルーシュが何か怒るようなことしたの?」

「ええ?そんな、つい最近会ったばかりの人に怒ったりしないですよ私」


何のことか分からないと言いたげに首を傾げ、ルルーシュを知らない人のように話す。

ミレイ会長は「徹底的に他人ごっこかあ」と溜め息をつくが、私には分かった。



シャーリーは、ルルーシュのことを忘れている。



二人に何があったのか。

それすらもシャーリーには聞けない。



お弁当を片付けて教室に戻る途中。

シャーリーと二人きりになったのを見計らって、一つだけどうしても聞きたかったことを聞いた。


「ねえ、シャーリー」

「何、

「ルルーシュのこと、好き?」

「え?なに、いきなり」


変なこと言わないでよと可笑しそうに笑う。

聞かれた理由が分からないというように、私が冗談でも言ったかのように。

もう、忘れているんだ。

二人で話したルルーシュの良い所とか、二人で悩んだルルーシュとカレンのこととか、二人で喜んだルルーシュの優しさとか。

もうシャーリーの中にはないんだ。


「ごめん、変なこと聞いて」


その後は、他愛もない話ばかり。

シャーリーの口からルルーシュの名前が出ることもなかった。

彼女が何をしにナリタへ行ったのかも、私に何の話を聞かせてくれようとしていたのかも、もう聞けない。









































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