反発 放課後、帰ろうとしていたルルーシュを追いかけた。 私の切羽詰った様子を見てか、彼は私をクラブハウスへ連れて入った。 ミレイ会長から、しばらくの間立ち入りが禁止されたはずの場所だ。 クラブハウスに入り、誰もいないのを確認するとルルーシュが私に向き直った。 聞きたいこと、言いたいことが沢山あった。 しかしそれ以上に、こうやって話をするのは凄く久しぶりに感じた。 シャーリーの父親の葬儀で見た彼の姿からは立ち直ったように、背筋を正して立つルルーシュに思わず見惚れた。 なかなか口を開かない私に不思議そうに眉を寄せた彼の顔で我に返る。 「?」 「あ、ごめん。あの、ちょっと聞きたいことがあって…」 「……シャーリーのことか?」 「うん」 私の疑問など既に予想済みだったらしい。 眉を寄せて、私を見る。 「には関係のないことだ」 冷たい一言が、胸に刺さる。 言いたくないことなのかもしれない。 聞かないほうがいいことなのかもしれない。 それでも、私は関係ないと言われるだけで、こんなにも辛い。 「どうしてシャーリーの記憶を消したの?」 「そうするしかなかったからだ」 「だって、こんなの、すぐ破綻するの目に見えてるじゃない」 「それでも」 「もう既におかしいことだらけじゃない。皆が変だと思ってるよ」 段々と感情が昂るのが分かった。 抑えなくてはいけないと、分かっているのに言葉が止まらない。 ルルーシュを好きだった気持ちごとなくなってしまったシャーリーの姿が浮かぶ。 もう、前みたいに二人でこそこそ話して、恋の話に花を咲かせられないのだと思っただけで辛かった。 怒りなのか悲しみなのか区別がつかない。 ルルーシュの顔に苛立ちが浮かんでいるのが分かった。 彼はこんな顔を私に見せたことはない。 誰よりも私が、彼にこんな顔をさせたくないと思っていたから。 それでも言葉が止まらなかった。 言い訳のしようがないくらい、私はルルーシュを責めていた。 「シャーリーは立ち直ろうとしてた筈なのに!記憶を消されなくたって、シャーリーは時間をかければきっと――」 「お前は、何も知らないくせに!」 「な、何も知らないから、教えて欲しいって言ってるんじゃない!」 「お前に教えて、なんの利益があるんだ。お前の好奇心を満たすだけだろう!?」 「……っ!」 言葉を失う。 最早苛立ちを隠そうとしないルルーシュは、私に辛辣な言葉をぶつける。 私に教えたって、何も得られるものはない。 私自身がそれを一番分かっている。 悔しくて拳を握り締めた。 悔しくて悲しくて、返す言葉もないけれど、納得するわけにいかない。 「シャーリーは、大切な友達なの。一緒にはしゃいだことも、全部忘れちゃったの」 「……」 「どうして、記憶を消さなきゃいけなかったの?」 「だったら、分かるんじゃないのか?お前も、同じ事をしただろう」 姉の姿が目に浮かぶ。 幸せそうに笑う姉。 新しい男と寄り添う姉。 カレンダーを見つめる、姉。 「私ね、思うんだ……私の判断は、正しくなかったって」 「……」 「何度も何度も、自分に言い聞かせた。これでよかったんだって、言い聞かせた。でも自分で納得したことなんてないし、結局言い聞かせなくちゃいけない時点で、それは私が受け入れられてないっていう一番の証拠なんじゃないかなって」 「じゃあ、どうしたら良かったんだ!?」 「一緒に、進んでいかなくちゃいけなかったんじゃないかなって、思うの」 何も言わずにルルーシュが私を見る。 「忘れちゃいけなかったのかもしれない。私がお姉ちゃんと話をして、立ち直る手伝いをしてあげなくちゃいけなかったのかなって。誰かを好きになったことって、忘れていいことじゃないんだと思う。私はお姉ちゃんの大切なもの奪っちゃったんだ……」 「今更、そんなこと」 「ルルーシュには、本当に感謝してる。でも私は、今のお姉ちゃんの姿を見てそう思ったの。シャーリーがどんな状況だったのか知らないけど、私がシャーリーと会った時、シャーリーは立ち直れるって思った」 「違うんだよ。シャーリーは、それだけじゃなかったんだ」 「それだけじゃなかったって?」 「……」 言おうとしないルルーシュ。 それはもしかしたら、シャーリーの為でもあるのかもしれない。 「答えなんて分からないよ。きっと答えが一つしかないものでもないんだと思う。間違ってなかったかもしれない。でも、きっと正しくもなかったんだと思うの」 シャーリーの笑顔が、姉の笑顔が、以前と全く同じものではなくなった。 それを見て悲しいと思うのは、きっと私とルルーシュだけだ。 ルルーシュの顔から苛立ちは消えていたが、それでも私の言葉を受け止めてはいなかった。 私とルルーシュでは視点が違うのだ。 見ているものも、感じたこともきっと違う。 だから、唯でさえ意志の強いルルーシュの考えを私が覆すのは難しいことだろう。 それでも、私とルルーシュは、同じ立場でいる部分がある。 「ルルーシュ、忘れられるのも、きついよね」 そう言ってルルーシュの手をとると、はっとしたように彼が顔を上げた。 シャーリーと私が共有した気持ち、醜い感情も苦しい感情も、励ましあって慰めあった。 そんな感情も時間も、シャーリーは全て忘れてしまった。 どんなに悩んだって辛くったって、本当に大切な思い出だった。 温かくて、何にも変え難くて、忘れちゃいけない時間と感情。 それはきっと、私にとってだけではない筈だ。 「そうだな」 ポツリと、ルルーシュが呟く。 彼の顔から苛立ちが消え、私に同調してくれたことに安堵する。 「ルルーシュ、ごめん。責めるつもりはなかったの」 「分かってるさ」 「ルルーシュ」 「なんだ?」 「消えてないんだよね」 「……何が?」 「シャーリーと過ごした時間とか、大切な想いとか、消えたわけじゃないんだよね。だって、私の中にもルルーシュの中にも残ってるんだもんね」 「……そうだな」 「目に見えなくても、何処にあるかも分からないけど、消えたわけじゃないよ」 ルルーシュの手を握る。 ルルーシュは優しく握り返してくれた。 暖かな感触は、私の手だけではなく全身を覆ってくれるようだ。 「私に言えないこと、もう無理に聞こうとしないから。だけど、私で力になれることがあるときは、いつでも呼んで欲しい」 「……」 「私は、ルルーシュの駒で構わないから。私にはもう――」 「……」 私にはもう、ルルーシュしかいないの。 好きだと言って縋り付いて、泣き出したかった。 ルルーシュの手を固く固く握る。 彼は抵抗しなかった。 感情を曝け出してしまえば、私は楽になるかもしれない。 今にも溢れ出しそうになる涙を抑えた。 C.C.の言葉がよみがえる。 大好きなルルーシュと傷を舐めあいたいのか? じゃあルルーシュを慰めたい? 私はどちらにも「違う」と答えた。 シャーリーの父親のことをルルーシュは乗り越えた。 自分の信念を貫くために答えを出して、今一人で立っている。 シャーリーも、父親の死から立ち直った。 まだ立ち止まっているのは、私だけ。 直接関係があるわけでもないし、会ったことがあるわけでもない友人の父親。 どうしてまだ、私だけが立ち止まっているのか。 その答えに気付いた私は、ルルーシュから手を離す。 頭に残る醜い答えを頭から追い出す。 卑怯で利己的な私の心、ルルーシュにだけは知られたくない。 ルルーシュに押し付けてはいけない。 「?」 「ルルーシュ、今日は夕食にお邪魔しちゃってもいい?」 「もちろん。に最近会えないってナナリーも寂しがってる」 「ありがとう。じゃあ、ナナリーちゃんのとこ行こう」 「そうだな」 ナナリーちゃんの話題を出すと、ルルーシュは途端に心配そうな顔をした。 それが何を意味しているのか知らないけれど、彼がナナリーちゃんを守りたいという強い思いだけは嫌と言うほど知っている。 << ○ >> |