優しい花







夕食の後、落ち着く間もなくルルーシュは席を立った。

今夜のルルーシュはなんとなく落ち着きがない。

最近はいつもこんな様子だ。

本人が隠そうとしているのが分かったので黙っていたが、ナナリーちゃんにもなんとなく雰囲気は察せられているようだった。

先ほど挨拶をしようと覗いたルルーシュの部屋にC.C.がいなかったことも気になった。

もしかしたら、そのことが原因なのかもしれない。

部屋を出たルルーシュの足音が聞こえなくなると、ナナリーちゃんが私にこっそりと言った。


「今日のお兄様、少し――ピリピリしていましたね」

「うん。何か、あったのかな」


ルルーシュの元へ言って話を聞きたいと思いつつ、ナナリーちゃんを一人にするのも気が引けて立ち上がれずにいた。

しかし、それすらも彼女には見抜かれていたようだ。


さん、お兄様のところへ行ってあげてください」

「え?」

さんのこと、お兄様は大切に思っていますから」

「ナナリーちゃん……」

「私の変わりに、さんがお兄様の傍にいてくださったら、私も安心できるんです」


ふわりと笑うナナリーちゃんの言葉に胸が熱くなる。

なんとなく、ナナリーちゃんは私の気持ちを知っていると思っていたが、はっきりとそれを示したこともなければ示されたこともなかった。

受け入れて貰えるかどうかが怖かったせいもあるし、なんとなく二人の世界を壊してしまうのが怖かったのかもしれない。

そんな不安が、ナナリーちゃんの笑顔一つで吹き飛んだ。


「ナナリーちゃん、私、ルルーシュのこと――」

「はい。私は、もうずっとさんのこと、お姉様のように思ってました」

「私も! 私も、ナナリーちゃんがホントの妹みたいだって思ってる」

「ありがとうございます」


私は席を立った。

ルルーシュを追いかける。

多分今は部屋に居るはずだ。

ナナリーちゃんの言葉が嬉しかった。

きっと、私が気を遣っていることをずっと気にしてくれていたんだと思う。

それを口にするタイミングがあまりにも自然で、ナナリーちゃんは本当に凄いと思った。

優しさに包まれて、幸せな気持ちにさせてくれる。


「ルルーシュ」


私はルルーシュの部屋に入った。

しかし、私の予想に反して部屋は無人だった。

明りの消えた部屋に背を向け、ルルーシュを探す。

外へ行ったのかと思い出入り口へ足を向けると、案の定外から戻ってきたらしい彼の姿があった。

夕食時より切羽詰っているようで、彼の顔や足取りに苛立ちが見える。

ルルーシュに駆け寄ろうとしたとき、向かいの階段にC.C.の姿があることに気付いた。

C.C.は私に気付いておらず、何故か思わず私は身を隠してしまう。

ルルーシュが苛立たしげに呟く声が聞こえた。


「チェックをかけるには駒が一枚――」

「足りないか?」


ルルーシュの言葉に被さる様にC.C.が声を掛ける。

二人は階段の踊り場に立ち、向かい合って話を始めた。

何かの為に二人で協力することを相談している最中、ルルーシュの電話が鳴る。

明りのついていない広いホールに音が響き、ルルーシュの電話の明りだけが鋭く光っているのが見えた。

電話に出たルルーシュは、次にC.C.へ電話を手渡す。

少しの間C.C.は電話で誰かと言葉を交わし、会話が終わるとそれをルルーシュに投げ返した。

ルルーシュとC.C.の協力は、たった今掛かってきた電話によって破棄されたらしい。


「私はマオとやり直すことにした」


私の知らない人の名前。

C.C.はルルーシュの静止も聞かず建物を出て行った。


「さようなら」


口調を強くし、そう言い放ったC.C.の姿が消えた扉をしばらくルルーシュは見つめていた。

悔しそうに顔を歪めるルルーシュに、声を掛けてもいいのか迷っているうち、彼が私のいる方へと階段を上り進んで来た。

身を隠す間もなくルルーシュと目があう。


、いたのか」


不愉快そうに顔を顰めるルルーシュを見て、盗み聞きしてしまった罪悪感と後悔が募る。

私にそれ以上の言葉を掛ける気も、責める気もないらしいルルーシュはすぐに顔を背けて私の横を通り過ぎた。


「ルルーシュ、あの……ごめんなさい」

「別に、どうせもう解決したことだ」

「……C.C.は?」

「新しい男とやり直すそうだ」


何処となく寂しそうな背中を追いかけた。

彼はそのまま部屋に入り、私もそれに続く。

いつものようにパソコンに向かうルルーシュの後ろで、ベッドに静かに腰掛けた。

耳に電話をつけ誰かと連絡を取り始めるルルーシュを後ろから見つめるが、彼が私を見ることはない。

ルルーシュと誰かの会話――おそらく黒の騎士団のメンバーだと思うが――を聞かないように努めながらも、ルルーシュのことを知りたいという思いが私の耳を傾けさせる。

内心で葛藤する私を知ってか知らずか、ルルーシュは私がいることなど意にも介さないように話をしている。

信用されている証だと嬉しく思いながらも、それを裏切らないようにする為の自制が辛い。

言葉が止まり、通話を終えたらしいルルーシュが電話のディスプレイを見て何かに気付く。

ルルーシュがボタンを押すと、録音されていたC.C.と見知らぬマオという男の会話が流れた。

録音されていた会話から、ルルーシュの正体と取引にC.C.が一人でクロヴィスランドに来るように指示されていることが分かった。

ルルーシュは突然大きな鞄を手にし、中にコードやノートパソコンといっや電子機器を詰め始める。


「行くの?」

「まったく、迷惑な女だ」

「頼られてるんじゃない?」

「――勝手な女だ」


溜め息をつくようにルルーシュは鞄を肩にかけた。


、留守を頼む」

「……ついて行ったら、迷惑?」

「そうだな――留守を頼めるのも、お前だけだ」

「行ってらっしゃい、ルルーシュ」


出て行くルルーシュを見送りながら、きっとルルーシュとC.C.は一緒に帰ってくるだろうと思った。

二人の信頼関係が羨ましく、時に少し妬ましい。

だけど、先ほどからC.C.のいないこのベッドがすこし冷たく感じるのも事実だ。

二人が帰ってくる頃に、お茶を用意して待っていようと決めて、一先ず私はナナリーちゃんの元へ向かった。

ルルーシュは落ち着いたようだと、報告しなければ。

































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