予想通り、二人並んで帰ってきたルルーシュとC.C.は今まで以上に絆が強まったように見えた。

ルルーシュの共犯者となりえるのは、C.C.だけ。

だけど、ナナリーちゃんの傍にいてあげられるのは、C.C.じゃなくて私。

今は、それで――。








恋慕の贖罪










「スザクおはよう!」

「おはよう

「久しぶりだね」


学校に駆け込んできたスザクとタイミングよく会う。

久しぶりの学校だと張り切ったようなスザクの笑顔が眩しくて、目を細めた。


「今日は軍の仕事は?」

「今日は休みなんだ」

「そっか、じゃあきっとルルーシュは大喜びだね」

「ははは、ルルーシュが大喜びしている姿が想像できないな」

「確かに」


ルルーシュが大喜びしている様を二人で想像しながら笑っていると、前方に見慣れた背中が見えた。


「噂をすれば影ってやつね。ほら」


促すようにスザクの背中をポンと叩くと、パッと顔を輝かせたスザクが私に頷いて駆け出した。

スザクに気付いたルルーシュが顔を緩まるのが見える。

私もスザクを追って少し足早に二人に追いつく。


「おはよう、ルルーシュ」

「おはよう、も一緒だったのか」

「いまそこで、スザクと会ったとこ」

「そうか……スザク、偶にはウチで食事でもどうだ?ナナリーが寂しがってる。今日の予定は?」

「ああ、今晩なら」


快く了承するスザクの姿を見て、今夜は私は遠慮した方がいいかと身を引く。

それに気付いたルルーシュが優しげに目を細めた。


も、一緒に」

「えっ?」

「ナナリーが寂しがるだろ。まだスザクと二人揃ったことがないからな」

「で、でも……スザクは」


偶の休暇で、折角この三人が揃えるのに私がいて邪魔ではないだろうかとスザクの顔を見る。

スザクは、何故私が遠慮しているのか分からないといった能天気な顔をしていた。


も居てくれたらきっと楽しいよ」

「そ、そうかな?」

「あ、もしかして僕がいるの嫌かな」

「全然! 全然そんなことない!」

「じゃ、決まりだな」


思わず身を乗り出した私を面白そうに見てルルーシュが言い切った。

スザクが少し気を遣ったようにルルーシュを見る。


「迷惑かけちゃ――」


スザクが言い終わる前に、リヴァルのサイドカーが出す急ブレーキ音に言葉が遮られた。

スザクに衝突するギリギリのところで向きを変えリヴァルが飛び降りてくる。


「おおいルルーシュ!会長、見合いするって知ってたか!?」

「ああ、今日だろ」

「今日!?知っててなんで教えなかった!?」


ルルーシュは胸倉を掴むリヴァルに冷静に言葉を返す。


「大丈夫、僕も知らなかったから」


スザクが励ますようにリヴァルに言葉をかけるが、そもそもリヴァルが怒っている主旨を理解していないので何の役にも立っていない。

私も昨日会長に聞いていたが、リヴァルに怒られるのも嫌なので黙っておいた。

リヴァルから開放されたルルーシュは待ちきれないと言わんばかりに体の向きを変えた。


「食事の件、ナナリーに言っても?」

「うん」


スザクの返事を待つが早いか、ルルーシュはクラブハウスに向かって走り出した。


「ああ、授業!」

「分かってる! 教えてくるだけだって!」


楽しそうに走るルルーシュに、スザクの言葉も無意味に届いた。

久しぶりに純粋に学生らしいルルーシュの笑顔を見たなあと、何故か私まで浮かれてしまう。


「ね、ルルーシュ大喜びでしょ」

「ははは」


私の言葉に、照れたように笑うスザク。

隣で項垂れるリヴァルの肩を叩き、教室に行こうと促すと「は見合いのこと知ってた?」と恨みがましそうに聞いてくるので、聞こえなかったふりをした。




午前中の教室に、ルルーシュは姿を現さなかった。





昼休み、生徒会室に向かう。


「ルルーシュどうしたんだろ?」

「ほんとだよ、朝はちゃんといたのになあ」


ルルーシュの話をする私とスザクの後ろで、ニーナが歩いている。

リヴァルは相変わらず落ち込んだ表情で俯く。

時折窓の外を眺めては「会長の見合い、どうなったかなあ」と呟く姿が悲しい。

久しぶりに学校に来ていたカレンは、大人しそうに横を歩いている。

生徒会室に着くと、待ちかねていたようにアーサーが足に擦り寄ってきた。


「おはようアーサー。今お昼ごはんあげるからねー」


猫用の皿を出し、餌を開ける。

ピザの宅配を受け取り、テーブルの上に広げる。

最近学校に来ていなかったスザクとカレンに、雑談交じりに近況を伝えていくうちにシャーリーとルルーシュの喧嘩の話題になった。

喧嘩の原因について憶測が飛ぶが、とてもそれに混ざる気になれない私は黙々とピザを食べた。


「夫婦喧嘩でしょ、いつもの」


呆れたように言葉を吐くカレンに、意外そうにスザクが顔を上げる。


「あれ、君は――?」

「やだ、関係ないからね、私は」


そう言い切るカレンに違和感はない。

本当にそういう関係ではないらしいと、話の話題とは全然違う部分で少し安心した。


「うっ」


呻いたようなスザクの声が聞こえ、下世話な喧嘩の原因を推測していたリヴァルと、その他の面々の視線が集中する。

アーサーに手を噛まれたスザクが痛そうに顔を背けていた。


「アーサー、どうして君は……」


その時、生徒会室のドアが開きルルーシュが顔を出した。

様子がおかしい。

電話を耳にあてたまま、彼らしくもなく息をきらしていた。

声を掛けるリヴァルやスザクの言葉など届いていないかのように室内を見回し、慌てて出て行く。

明らかに何かあったらしい彼を追いかけようかと躊躇っていると、スザクが立ち上がるのが見えた。

そのまま、スザクも生徒会室を出る。


「どうしたんだ、あいつら?」


不審そうに閉じたドアを見るリヴァルの言葉に「さあ?」と首を傾げて、私も部屋を出た。

廊下を見るが、もう二人の姿は見えない。

何処に行ったのか分からず、とりあえず勘を頼りに廊下を進んだ。

しかし一向に二人の姿は見つからない。

足を止め、冷静になってみる。

ルルーシュは何かを探しているようだった。

あの焦り方から見て、黒の騎士団――ゼロの関係か、もしくはナナリーちゃんの関係だろう。

それをすぐに追いかけたスザクがルルーシュに追いついたと仮定し、その後スザクはそのまま戻ってきていない。

ルルーシュはスザクに何らかの誤魔化しを含めた理由を説明して、今は二人で何かを探している、と思う。

ルルーシュの秘密の規模と、あの切羽詰った様子から見て、恐らく生徒のあまり近付かないような場所にいるのではないか。

私は周りを見回し、賑やかな生徒のいる場所を離れた。

焦ったようなルルーシュの顔を思い出す。

こんなとき、私に何も出来ないことが悔しくてしょうがない。

駒としてでもいいから、私に少しでも頼ってくれればいいのに。

午後の予鈴が鳴る。

人がどんどん少なくなっていくのを見て、焦りが募る。

人が多い場所が減るにつれて、私の目的地が広がってしまう。

校舎から離れ、一旦クラブハウスに向かおうと足を進める。

人通りのなくなった道に、ふと人影が見えた。

その姿は、黒いアッシュフォード学園の制服とは全く反して白かった。

だから一層、その場にいるその人が異様に見える。

その人は左腕にギブスをして、大きなサングラスをしていた。

よく見ると、右手にも包帯を巻いているし、体中に怪我の手当てをした跡があった。

白い髪が見える。

ブリタニア人でも、日本人でもなさそうだ。

見るからに不審な彼が、建物の中に入っていくのが見えた。

思わず私はその後を追って中に入る。

中は聖堂だ。

正面にあるステンドグラスが、太陽の光を色鮮やかに染めて入り口を照らしていた。

その光の前に、先ほどの男が座っている。

まるで私が来るのを知っていたように、私を見ていた。


「ルルーシュのことが好きな女なんて、馬鹿ばっかりだね」


突然ルルーシュの名前を出され、驚く。


「ルルーシュを探してるの?あいつは今、地下にいるよ」

「なんで――」

「へえ、健気だね。ルルーシュのことそんなに好きなんだ」


初対面の筈の男が、何もかも知っているかのように私に話しかける。

まるで心を読まれているようで、恐ろしくなって身を引くと、楽しそうに彼は手を叩いた。


「あはは、当たりだよ! よく分かったね、僕が心を読めるって」


心中を当てられ、驚きで身がすくむ。

同時に、彼のサングラスの理由を悟った。

彼は、きっと――


「そうだよ、僕のギアスの力だよ」

「……ルルーシュに、何を?」

「……」


不機嫌そうに大振りに手を上げた彼は、首を振った。


「あーあ、ルルーシュルルーシュって五月蝿いな。あの女といい君といい、ホントに馬鹿だよね」

「あの女……?」

「君の親友なんだろ? あの女にルルーシュが何したか知ってるんだろ?」

「シャーリーのこと、言ってるの?」

「ああ、知らないんだ、君。あの女さ、ルルーシュのこと殺そうとしたんだよ、銃で撃とうとしたんだよ」

「嘘!」


可笑しそうに口を開けて笑う男。

シャーリーがルルーシュに銃口を向けた?そんなこと、ある筈が――。


「殺されるのが怖くて、ルルーシュはそいつの記憶を消したんだ。弱虫だよね、酷いよねえ!」

「嘘!」


楽しそうにパン、パンと彼が手を叩く音が聞こえた。

ナリタに行った二人に何があったのか知らない。

ただ、結果として、シャーリーは記憶をなくしていた。

今、シャーリーに真実を確かめようとしたところで、彼女は何も覚えていないのだ。

ルルーシュに真実を聞いたって――。


「ルルーシュは嘘つきだからね。きっと嘘をつくよ」

「……」


だめだ、ともう一人の私が叫ぶ。

信じなくてはいけない、私は、ルルーシュを。

信じるべき相手を見間違えてはいけない。

得体の知れないこの男とルルーシュ、どちらを信じるべきかなんて分かりきっている。


「君って嫌な女だね。友情より好きな男をとるんだ?」

「そんなこと――……」

「友人が大切ならさあ、ルルーシュのこともっと責めるべきなんじゃないの? ルルーシュは君の大切な友人に酷いことしたんだよ?」

「……」

「ああ、そっか! 君にとっては都合のいいことなんだ」

「やめて」

「だって君の友達、もうルルーシュのこと好きじゃないんだもんね。君はそれで良かったと思ってる、嫌な女」

「そんなこと思ってない」

「恋敵がいなくなったんだよね、君はずっと彼女に嫉妬して、抜け駆けしてた! あの子はいつも君に気を遣ってくれていたのに、君は彼女を出し抜くことばかり考えてた!」

「違う!」


パン、パンと彼が手を叩く。

口を開けて笑う。

そんなこと、思っていなかった、私とシャーリーの間にそんなドロドロした感情流れていなかった。

私は、私たちは、ただ彼を好きでいて、彼の話をするのが楽しくて、それだけだった……筈だ。


「君のお友達は、君なんかよりずっと純粋で優しくて、友達想いだったよね。その点君は違う」

「そんな、こと」

「君は、友人の父親の死を利用しようとしたんでしょ? 友人の父親の死にそれらしい口実くっつけて、ルルーシュに甘えて縋りたかった」

「……っ!?」


C.C.の言葉が蘇る。


ルルーシュに縋りたいのか?


私は、口実を探してた。

誰かに泣きついて、支えて貰う為の口実を探していた。

全ては私の自己満足だ。

私の事情を知っているルルーシュに甘えたいだけで、シャーリーのことだってその口実にしていただけなのかもしれない。

だから、いつまでも、私だけがみっともなく足踏みしている。

酷い女だ、友達面する資格もないかもしれない。

自分を責める言葉が枯れることなく湧いてきては、胸に刺さった。


「へーえ、分かってるんだ、自分の醜さ。嫌なやつ」

「……分かってる、分かってた」

「それなのに、まだ自分がルルーシュのこと好きでいていいと思ってる? 自分がルルーシュを支えられると思ってる?」

「私は、私は……ルルーシュのこと――」


返す言葉が見つからなかった。


そうだ、私に、ルルーシュのこと好きでいる資格がある?

ナナリーちゃんの傍にいてあげられるのは自分だけだと、思う資格がある?

それは全て、私が、意地汚く奪った地位なんじゃないか。

せめてものシャーリーへの贖罪、それは、私がルルーシュのこと――。

























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