深層より 項垂れている私を楽しそうに眺めていた男が、五月蝿そうに顔を顰めた。 苦々しく唸り声をあげる。 「お気楽なガキ共め。これだから学校ってやつは――へえ」 言葉を切り、ふいに顔を上げる。 「君の大好きなルルーシュが来たみたいだよ」 ルルーシュの名前を聞いただけで、動揺してしまう。 そんな心中が分かっている彼は、私を見て笑った。 どうしよう、どこかに隠れた方がいいのか、それともこのまま居るべきなのか。 自分がどうすべきかも全く考えられずうろたえていると、扉の開く音がした。 「ようこそ、泥棒猫くん!」 両手を広げてルルーシュを迎える。 振り向いた私の目に、驚いたルルーシュの顔が見えた。 「!? 何故ここに?」 「あ、その、私……ルルーシュの様子がおかしかったから、探してて、あの」 ルルーシュの目が見れない。 楽しそうに手を叩く男をルルーシュが鋭く睨み付けた。 「マオ、に何を言った?」 「べっつにー、彼女が思っていたことをそのまま伝えてあげただけだよ。それから、彼女の友人のこととかね」 悔しそうに唇を噛んで、ルルーシュが私を見る。 頭の中がゴチャゴチャで、ルルーシュが私に怒っているのかどうかも判断できない。 ルルーシュの手が私に伸びる。 叩かれるのか、拒まれるのかと身を固くする。 今まで感じたことのない程、ルルーシュの手が怖かった。 しかし、私の予想とは全く違い、彼の手は私の頭に優しく乗せられる。 「、あいつの話は聞くな」 強くルルーシュが私に言った。 不思議なくらいに、私の心が落ち着く。 動揺して混乱していた頭の中が、彼のその言葉で急速にまとまっていく。 彼の言葉は私に、こんなにも大きな影響を与える。 それでも、私はルルーシュを好きでいてはいけないのではないか、そう思うと酷く切なくなった。 同時に、冷静になった私は頭に置かれたルルーシュの手が弱々しいことに気付いた。 彼も不安でたまらないといった顔をしている。 どうして気がつかなかったんだろう。 私はまた、自分のことばっかりで、こんなにも分かりやすく揺らいでいるルルーシュに力付けられるなんて。 気持ちの整理など、何一つついていない。 シャーリーのことも、何も分かっていないし、私は醜い嫌な女のままだけど。 「うん」 今度は私がルルーシュを落ち着けてあげたくて、必死に笑った口の形をつくった。 きっと上手く笑えていないけど、私の気持ちは伝わった筈だ。 私とルルーシュを露骨に嫌そうに見る男――先ほどの会話から、マオという名前だと分かった。 「武器も作戦もなく、爆弾もそのまま。黒の騎士団もさっきのお友達も使っていないねえ。どうしちゃったの、ルル?」 マオが楽しそうに手を叩く。 ルルーシュの顔は固く、マオを見ている。 「は、戻っていてくれ」 「え――」 「頼む、居て欲しくないんだ」 顔を私に向けようとしないルルーシュが、いつもの彼らしくもない、懇願する響きを伴って私に言った。 マオがまた、楽しそうに手を叩く。 「かっこ悪いもんね、ルルーシュ。頭で考えるばっかりの君じゃ僕に勝てない。策も練りようがない。無様な姿、見られたくないんだよね」 「黙れ、マオ」 「ああ、こうやって僕が君の頭の中を代弁するのを聞かれたくないんだね、ごめんごめん」 明らかに故意に物事を進めるマオに怒りを抱く。 ルルーシュが、佇んだままの私を振り返った。 彼の瞳が、もう一度私に頼んでいた。 出て行ってくれ、と。 私は、ルルーシュのどんな弱い面を見たって構わないと思っている、けれど……。 鮮やかなステンドグラスの明りに背を向け、聖堂から出る。 背中から、ルルーシュがマオ発する言葉が聞こえた。 「用意してあるんだろう、ラストゲームを」 扉が閉まる。 私たちの心情とは裏腹に、光は眩しく、空は澄んでいた。 行き場を失った私の足は、聖堂の前で止まったまま動かない。 シャーリーのこと、ルルーシュのこと、私のこと、再び頭を巡り始めた事柄に答えは出ない。 いや、違う。 考えれば考えるほど、私の心に醜いものが溜まっていくことに耐えられないのだ。 「、何をやっている?」 声が聞こえた。 声のした方を振り向くと、スーツを着たC.C.が立っていた。 「……C.C.なんで」 「私用だ。ルルーシュとマオはこの中か?」 「うん」 「そうか」 C.C.は、黙って私の横に立った。 聖堂の中で何が起こっているのか分からない私に反して、彼女は全てを悟っているように見える。 私もC.C.も何も言わず、二人でずっと扉を見つめていた。 どれくらい時間が経ったか分からない。 もしかしたら、C.C.は答えてくれないかもしれないと思いつつ、私は扉を見つめたまま尋ねた。 「C.C.は、ナリタで何が起こったか、知っている?」 「ああ」 「私は、ルルーシュのこと、信じていいの?」 「それはお前が決めることだ」 「シャーリーは、ルルーシュのこと、許した?」 「それは、私よりお前の方が分かるんじゃないか?」 私もC.C.も扉を見つめたままだったから、お互いの表情は分からなかった。 C.C.は私に何も教えてくれない。 しかし、気付けば一つ一つ、心の中で物事の整理がついている。 「、下の階層にナナリーがいる」 「え?」 「行ってやれ。それが、お前のできることなんだろう」 「……ありがとう」 私はC.C.に教えて貰ったとおりにナナリーちゃんの所へ走った。 最初から、そうだった。 最初から、私の行動なんて利己的なものでしかなかった。 ルルーシュの為だとか、ナナリーちゃんの為だとか、シャーリーの為だとか、そんなの後付にすぎない。 ルルーシュのことを好きな私が、その欲求を満たすために理由をつけて行動しているだけだ。 今更、何を私は迷っているんだろう。 知らない男に言い当てられただけで揺らぐような、そんな気持ちで今までルルーシュを好きだったわけではない。 抑えられない気持ち、それが、恋だ。 << ○ >> |