その日の学園は、一つの話題で持ちきりだった。

今までも影でコソコソと話題になっていた人物だったが、今日はそれと違う。

枢木スザク、今は学園ではなくテレビ画面の向こう側に立っている。

ゼロを追い立てる白いナイトメア、ランスロットの操縦者。

そして、副総督ユーフェミア皇女殿下の、騎士。











宵待ち















テレビの向こうで、立派な服に身を包み赤い絨毯の上を歩く。

ユーフェミア皇女殿下の前に跪いたスザクが、誓いの言葉を口にする。

教室では生徒が各々の私物であるノートパソコンを広げ、それに見入っている。

この映像が意味するものは、スザクが完全にブリタニア側の人間になってしまったということ。

ブリタニア人にとっては、日本人が大きな栄誉を手にした苦々しい光景だろう。

日本人にとっては喜ばしいことなのか、それともスザクの裏切りに見えるのか――私にはうまく判断ができない。

先日、夜遅くに帰ってきたルルーシュは酷く落ち込んでいた。

疲弊だけではなく、何かショックなことがあったように見えた。

その翌日に、大々的に報道されたのが、スザクがユーフェミア皇女殿下の騎士に任命されたことだった。

そして、黒の騎士団を追いやったナイトメアに乗っていたのが、そのスザクであったことをC.C.が皮肉っぽく教えてくれた。

今日、ルルーシュは学校に来ていない。

今、どんな気分で、この映像を見ているんだろう。

彼の心の拠り所で、彼が最も頼れる人物だったスザク。










「それでは!我がアッシュフォード学園生徒会風紀委員、枢木スザク君の騎士叙勲を祝いまして!」


そう高らかに言って、リヴァルが大きな動作でスザクのグラスにジュースを注いだ。

ホールには大勢の生徒が集まり、各々ジュースの注がれたグラスを手にしている。

皆、リヴァルとスザクに視線を集め、乾杯の瞬間を待っていた。


「おめでとうパーティー、開始!」

「カンパーイ!」


リヴァルの開始という言葉にあわせ、その場に居た全員が高くグラスを掲げる。

生徒達は口々にスザクに祝辞を述べ、用意されたピザを食べたり会話に花を咲かせる。


「企画、立案はナナリーだよ」

「お祝い、いっぱいされたでしょうけど、私たちのも受けて頂けますか?」

「もちろん、すっごく嬉しいよ」


ミレイ会長とナナリーがスザクの周りでにこやかな笑みを浮かべる。

ナナリーの後ろに立っている咲世子さんも、珍しいくらい嬉しそうに微笑んでいた。

私はシャーリーと、次々と空になっていくお皿やジュースの瓶を片付けては補充する。

台所で新しいピザを用意していると、ミレイ会長も入って来る。


「ごめんごめん、これ持って行っちゃっていい?」

「あ、はい」


素早い動きで両手に皿をもちホールへ持っていく会長。

シャーリーが残りの皿を持つと、一気に私が手持ち無沙汰になってしまった。

台所から出て行くシャーリーとミレイ会長を手伝おうと慌てて後を追う。


「会長、ニーナは?」

「声は掛けたんだけど……」


シャーリーがニーナの姿がないことに気付く。

最近は生徒会室で皆揃うこともあった為、ニーナもスザクに馴れたかと思っていたが、やはりそうでもないらしい。

ニーナがユーフェミア様に何やら特別大きな気持ちを抱いていることは知っていたので、やはり彼女も複雑なのだろうと話す。

以前、河口湖の立て篭もり事件でニーナをユーフェミア様が庇ってくれたのだと、シャーリーから聞いた。

ピザの皿をテーブルに並べていると、ホールにカレンが入ってくるのが見えた。

声を掛けようとした瞬間、続けてルルーシュが入ってくる。

私はピザの皿を並べつつ、シャーリーの顔を見るが、彼女はカレンを見ていてルルーシュに気付いていない。


「カレンー!ピザ並べるの手伝ってー!」


シャーリーが声をかけるが、カレンは聞こえているのかいないのか、その声に反応しない。

不自然なほど真っ直ぐに、スザクに向かって歩く。

ルルーシュもまた、祝いの席に不似合いなほど真剣な顔で、真っ直ぐにカレンを追っている。

カレンに追いついたルルーシュが彼女の手をとった。

複雑な気分でそれを見て、私は思わずシャーリーの顔を見た。

シャーリーは、そこで初めてルルーシュに気付いたようで、何故か眉を顰めた。

それは嫉妬だとか、そういう類のモノではないとはっきり分かった。

しかし、どういう感情なのかはよく分からない。

スザクがルルーシュに気付き、嬉しそうに歩み寄る。

賑やかなホールに、聞いたことがない特徴的な声が響いた。


「残念でしたー、また仕事が増えちゃったね、スザク君」


声のした方へ、一斉に視線が集まる。

背の高いひょろりとした眼鏡の男性が、ニーナと並んで入り口に立っていた。

意外にもその人に最初に近付いたのは、名前を呼ばれたスザクではなくミレイ会長だった。


「ロイドさん! 何か?」

「えっ? ミレイちゃん、知ってる人?」

「婚約者だもん」

「え!?」


ニーナの問いに、ミレイ会長ではなく隣の男性が答える。

ホール中の生徒が声をあげる。


「で、いいんだよね?」

「あ……はあ」


にっこりとミレイ会長は同意を促され、少し困ったように後ろを振り向いた。

彼女が誰かを――多分、ルルーシュを――見る。

その時、初めて私は、ミレイ会長はもしかしたら恋をしているのかもしれないと思った。

しかし彼女の顔はすぐに正面に立つ男性へと向き直る。

二人の間に慌てて割って入ったのはリヴァルだった。


「ちょっとちょっと……! じゃあ、あんたが!? な、名前は?」

「ロイド伯爵」

「伯爵ぅ!?」


ミレイ会長の控えめな答えに驚き、リヴァルは慌て惑いながら少し姿勢を正した。

急に口調も、彼にしては少しだけだが、丁寧になる。


「あ、その、お二人はどういうご関係で?」

「だから婚約者」


楽しそうな表情を崩さないままリヴァルに答えたロイド伯爵は、喚き戸惑うリヴァルを物珍しそうに見た。

スザクが人を避けて前に進み出る。


「もしかして軍務ですか?」

「そ。大事なお客様が船でいらっしゃるんでね、お出迎えを。勿論ランスロットとユーフェミア皇女殿下も一緒に」


ロイド伯爵の声で、女の子達から歓声があがる。

悔しそうに顔を歪めるルルーシュの顔を見た。


「それじゃあ、皆、今日は本当にありがとう」


ホールに向き直ってお礼を言うスザク。

ナナリーちゃんが進み出る。


「スザクさん、お仕事頑張ってくださいね」

「うん」


ナナリーちゃんの声に嬉しそうに頷き、そのままスザクはホールを出た。

ミレイ会長はロイド伯爵とスザクの姿が消えた扉を見つめ、こちらに向き直る。


「よーし、じゃ、パーティーも終わりね。皆、残ったピザとジュース片付けちゃって!」


手を叩いてホールに声を響かせるミレイ会長にしたがって、生徒達は各々満足いくまでピザを食べる。

ルルーシュがホールを出ようとするのに気がついて、ミレイ会長が声を掛ける。


「こーら、ルルーシュ! この後、生徒会メンバーはホールの片付けでしょ!」

「あ、ちょっと、これから行く所が……」

「ルルーシュずるいぞー!」


リヴァルとミレイ会長に引き止められそうになりながらも、足は止めない。

ルルーシュが助けを求めるように私を見た。

私はしょうがないなあと溜め息をついて、リヴァルとルルーシュの間に入る。


「ルルーシュ、行ってらっしゃい。今日の夕食は?」

「ああ、先に――」

「はいはい」


抗議の声をあげるリヴァルを放って、ルルーシュの背を押す。

ホールから出て扉が閉まると、ホール内の賑やかさが壁一枚隔てられた。


「助かったよ、

「うん、気をつけて」


急いで駆け出すルルーシュは、走りながら電話をいじって誰かに指示を出し始めた。

その背中を見送り、再びホールに戻ろうとすると、ちょうど扉が開いてカレンが出てきた。

彼女も、手に電話を持っている。

慌てたようなカレンとぶつかりかける。


「あ、。ごめんなさい、私、ちょっと……」

「ううん、私の方こそ。大丈夫?」

「ええ」


カレンの体は、走り出したくてしょうがないのに、それが出来ないというように不自然な焦りを見せている。


「私、ちょっと今日はあまり調子がよくなくて……ごめんなさい、片付けも手伝わないで」

「気にしないで。無理はしない方がいいから」


少し言い訳のように、何かを誤魔化すようにカレンが謝る。

忙しなく手が動き、視線が電話にチラチラと向けられている。

明らかに焦っている。

なんとなく、先ほどのルルーシュに被る。


「それじゃあね、カレン。体、お大事に」

「ええ、ありがとう」


ホールに入ると、扉が閉まる直前にカレンが走り出す足音が耳に届いた。

カレンはルルーシュと違って、あまり嘘が上手くないなと思わず笑ってしまった。

顔を上げると、恨みがましそうにリヴァルが私を見ている。


、ルルーシュに甘すぎ」

「ごめん」






× × ×





ルルーシュが帰ってこなかった。

ここ最近はC.C.もルルーシュと一緒に出ることが多く、私は無人の彼の部屋で二人の帰りを待った。

昨日の昼、ホールで別れたときは外泊について何も言っていなかった。

夜、ナナリーちゃんが寝静まってから彼らを待ったが、深夜になっても二人は帰ってこなかった。

それだけなら別段珍しいことでもないので、私は寮へ戻ったのだが。

朝、クラブハウスを訪れてもルルーシュの姿はなかった。

早朝に出て行ってしまったのかとも思ったが、ナナリーちゃんも彼の姿を一度も見ていないという。

ルルーシュが帰ってきたにも関わらず、ナナリーちゃんに何も告げずそのまま出て行くというのは、考えづらい。

ナナリーちゃんも咲世子さんも、心配を隠しきれないようだった。




しかしあっさりと、その日の昼にルルーシュから電話が入った。


「連絡ができなくてすまない。ナナリーの様子は?」


あまりにもいつも通りの状態でルルーシュが話すものだから、少し腹が立った。

同時に、胸に抱えていた自分の心配や不安が杞憂に終わったことが嬉しくて、涙が浮かんだ。


「ど、何処行ってたの!? わ、私とナナリーちゃんが、どんなに心配したか……!」

『悪かったよ、ナナリーは大丈夫そうだな』

「だ、大丈夫だけど、物凄く心配してて、もう、ほんとに……ルルーシュの馬鹿」

、今日は帰るから』

「うん、待ってる。ナナリーちゃんと。あ、今ナナリーちゃんに替わるから」

『ああ』


私はナナリーちゃんの部屋へ走った。

部屋に入ると、窓際で相変わらずルルーシュを心配したような顔のナナリーちゃんと咲世子さんが座っていた。


「ナナリーちゃん、ルルーシュから、電話!」


私の声で、まるで花が咲いたように顔を明るくしてナナリーちゃんは電話をとった。

嬉しそうに、少し怒ったようにルルーシュと話をする。

咲世子さんと目があって、どちらからともなく微笑んだ。






それからもルルーシュの行動は変わらなかった。

相変わらず学校を休みがちで、留守も多い。

私とナナリーちゃんが心配して言葉をかけると、困ったように笑いつつ家を出て行った。




生徒会の方では、学園祭が近付いて慌しくなっていた。

カレンもスザクも、あのパーティー以来、学校に来なくなった。

シャーリーは部活を休んで生徒会活動に重点をおくようにしてくれて、三人分の仕事をまとめるのに皆で必死だった。

まあ、とくに頭脳派副会長ルルーシュの不在が痛かったわけだが。

中華連邦がキュウシュウに攻めて来たときは、危うく戦争勃発で学園祭も中止かと危ぶまれたが、黒の騎士団と軍の活躍で鎮圧したらしい。

最近はブリタニアの報道なんてアテにしなくなった私は、ネットに詳しいリヴァルに様々な情報を教えてもらった。

ネットでは、テレビで報道されない黒の騎士団の活動が流れている。

もちろん、嘘も本当もごちゃ混ぜだろうけど、ルルーシュに確認もできない私は自身の判断に頼っていた。

私が嘘を信じようが、真実を見つけようが、ルルーシュの言葉があればそれに従うまでだ。














































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