あらしまえ 学内に響く歓声で、私は現実に引き戻された。 耳に届いた高い声で、自分がいつの間にか気を抜いてしまっていたことに気付く。 つい先ほどとは打って変わって、ピザのステージ前に集まっていた筈の観客が別の場所に殺到しているのが見えた。 何事かと立ち上がるが、放送室の中からでは事態が掴めない。 慌てて部屋を飛び出し、騒ぎの原因を探す。 生徒や一般客が混ぜこぜになった先には、軍の制服やテレビ局のカメラが見える。 まさかルルーシュたちの身に何かあったのではないかと、姿を探す。 ナナリーちゃんの車椅子は目立つから遠目からでも分かるはずだと視線を彷徨わせると、案の定大きな車椅子が目に入った。 そしてそれを押して、群集から逃げるように走るルルーシュの姿。 テレビから逃げているのだと悟り、その姿を追った。 「ルルーシュ」 「、悪い、今は――」 「こっち」 慌てるルルーシュの手を引き、近くの屋台へ引っ張る。 ナナリーちゃんが、私の名前を安心したように呼んでくれた。 先ほど無人になっていることを確認したばかりの屋台へ入る。 「ここなら多分大丈夫」 「ああ、ありがとう」 安心したように息をつくルルーシュは、すぐにナナリーちゃんに向き直った。 「大丈夫か? ナナリー」 「ええ」 ナナリーちゃんも、大きな騒動に少し驚いたようだが今では胸を落ち着かせていた。 カウンターの内側から外を覗くと、ちょうど騒ぎの中心が見える。 スザクの操縦するガニメデが、人を避けながら近付く。 思わずステージの方を見ると、木の上に引っかかってしまった哀れなピザ生地の姿があった。 ガニメデの腕が大きく動き、人ごみの中から一人の人物を掬うように手に乗せた。 そこに乗っているのは、先ほどナナリーちゃんの車椅子を押して放送室に現れた人物――。 「ユーフェミア様だったんだ……」 「ああ」 思わず洩らした呟きに、ルルーシュが応えてくれた。 それでこの大騒ぎの事態を理解する。 そして、当然のことなのだが、ルルーシュやナナリーちゃんはユーフェミア様たちの異母兄弟にあたるのだと気付いた。 今まであまり考えたことがなかった為に、今更ながら実感してしまった。 スザクに助け出されたユーフェミア様は少しスザクと話をし、急に民衆の側に体を向けた。 「ねえお兄様」 「ん?」 「ユフィ姉様、スザクさんとうまくいったんですって」 ナナリーちゃんの言葉にルルーシュが顔を上げ、驚く。 彼女は肩をすくめるように、寂しそうに言葉を続けた。 「お似合いですよね、お二人なら」 「ナナリー、お前……」 ナナリーちゃんが、スザクに抱いていた思いを初めて知る。 淡くて綺麗で、純粋な想いが叶わなかったのだということも。 寂しそうに、少しだけ悲しそうに、それでも笑みを絶やさず大切な人の幸せを願う顔を見て、切なさがこみ上げる。 その気持ちを私も知っている。 だから余計に痛かった。 ルルーシュがユーフェミア様を見上げる。 ユーフェミア様は、ガニメデの下に押し寄せるテレビ局の報道陣にコメントを求められ、ライブ中継を依頼した。 「大切な発表があります」 そう言い切ったユーフェミア様は、居ずまいを正し背筋を伸ばした。 なにかを宣言する皇族の姿だ。 少しだけあどけなさの残る、威厳は感じられないその姿に逆に好感が持てるような人だと思った。 「神聖ブリタニア帝国エリア11副総督ユーフェミアです。今日は、私から皆様にお伝えしたいことがあります!」 人々の声が、彼女の声を聞くために静まる。 「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは富士山周辺に行政特区日本を設立することを宣言致します!」 「この行政特区日本では、イレブンは日本人という名前を取り戻すことになります。イレブンへの規制ならびにブリタニア人の特権は特区日本には存在しません」 「ブリタニア人にもイレブンにも平等の世界なのです!」 民衆の声が高まる。 手を広げ笑顔で宣言するユーフェミア様からは、政治家の事務的な言葉とは違う温かく真摯な気持ちが感じられた。 「聞こえていますか!? ゼロ!」 ユーフェミア様が、ゼロに呼びかける。 思わず私はルルーシュを見た。 ルルーシュも急な呼びかけに驚いたように目を開いている。 「貴方の過去も、その仮面の下も私は問いません。ですから、貴方も特区日本に参加してください!」 「ゼロ! 私と一緒にブリタニアの中に新しい未来をつくりましょう!」 民衆がユーフェミア様の名前を呼び、歓声が巻き起こる。 今日聞いた、どんな歓声よりも大きな歓声。 しかしやはり、ブリタニア人のなかには不満顔を見せる者もいた。 隣に屈むルルーシュを見る。 俯いて体を震わせている姿は、どう見ても喜びからきているものではない。 膝をついてルルーシュの顔を見ると、彼の全身が怒りに燃えているのが分かった。 ナナリーちゃんが、震えるルルーシュの手にそっと触れる。 「ルルーシュ、今のうちに戻ろう」 「ああ」 私はナナリーちゃんの車椅子を引き、静かに屋台の中から出た。 俯いたままのルルーシュが寄り添って歩く。 ユーフェミア様の周りに集まった人たちの後ろを横切り、クラブハウスへ向かう。 クラブハウスへ入ると、ナナリーちゃんを部屋へと送った。 「お兄様、大丈夫でしょうか?」 ルルーシュの姿が見えなくなってから、ナナリーちゃんが心配そうに口を開く。 「うん」 曖昧に笑ってナナリーちゃんの手に触れると、ナナリーちゃんが私の手を握ってくれた。 耳につけたままだった電話に、通信が入る。 ナナリーちゃんが顔で出るように合図してくれた。 「はい?」 『、撤収始めるよー! 何処にいるの?』 「あ、ごめん……」 「行ってください」 躊躇ってナナリーちゃんを見ると、私を安心させようと笑う。 部屋の扉が開き、電話を手にしたルルーシュが入ってきた。 「、学園祭の……」 「うん、私にも今連絡きたとこ」 「そうか。ナナリー、大丈夫か?」 「ええ。行ってきてください、お兄様、さん」 ナナリーちゃんに送り出された私とルルーシュは学園の校舎へ向かう。 無言のまま足早に歩く。 苛立ったような顔つきで、何かを考え込んでいるルルーシュは焦りを隠せていない。 その焦りや苛立ちの原因が、先ほどの宣言にあることは確かだ。 行政特区日本……義兄と姉のような立場の人のことを考えると、本当にいい案のようにみえる。 詳しくはまだ分からないが、これ以上に好条件な日本人への待遇は考えられないくらいだ。 しかし、黒の騎士団のことを思う。 行政特区日本かできれば、黒の騎士団は必要がなくなることくらい私にも分かる。 ルルーシュがどんな考えを巡らし、どんな決断を出すのかは分からなかった。 もし義兄が生きていたら、行政特区日本にすぐ賛同して、迷わずルルーシュと敵対していたかもしれない。 今の私は、そうではない。 どう考えたらいいのか分からない。 行政特区日本に賛同する心を持つだけで、まるで自分がルルーシュを裏切ってしまう気がする。 隣を歩くルルーシュの手に触れると、驚いたように彼が私を見た。 「ナナリーちゃんの手には敵わないけど」 「……いや」 少しでも彼の心を落ち着かせることができないかと、彼を見る。 ルルーシュは短く呟いて、目を伏せた。 お互いの歩くペースが緩やかになったのは、きっと気のせいではないだろう。 << ○ >> |