物憂げな顔でルルーシュが俯いていた。 何を考えているのか、把握なんて到底出来ないけれど、彼の悩みの種となっているのは行政特区日本についてだろう。 ベッドの上でぬいぐるみを抱いたまま、C.C.が私を見る。 C.C.の隣に座って、テーブルの上に置かれたピザに手を伸ばす。 まだ温かいピザの、チーズが伸びる。 「これ、美味しい」 「新作だ」 新作のピザを気に入っていたらしいC.C.は、機嫌を良くした様に応えた。 黙々と口にピザを含み味わうと、再び沈黙が訪れる。 C.C.が最後の一切れを手に持ったところでルルーシュが物思いに耽ったまま、言葉を洩らした。 「……は、特区に参加するのか?」 「えっ……」 「いや、いい」 即答できなかった私に少し落胆したように、ルルーシュはそれ以上会話を続けるのを止めた。 今あるもの 寮の部屋にある机の引き出しに隠していた紙切れを一枚、握り締めた。 白紙の書類。 行政特区日本への登録用紙だ。 どうして私がこんなものを持っているのか分からない。 気がついたら、この用紙を貰っていた。 誰にも相談しないまま、一人で、貰いに行ったのだ。 受付に座っていた事務員は、ブリタニア人が一人でこの書類を取りに来たことに怪訝な顔をしていた。 周りにいた日本人たちも、奇異な目で私を見ていた。 今更私が一人で特区日本に参加したところで、何の意味もないことは分かっている。 義兄はもういないのだから、特区に飛び込む私は一人、特異な存在となるだろう。 姉はブリタニア人の男性と、既に仲良く暮らしている。 今一番私が守りたいもの、傍に居たい人は、特区の中にはいない。 義兄が私に教えてくれたことは、大切な人を守るために自分ができることをやりぬくこと。 どんなに非難されようと、他の何を失おうと、大切なもの一つの為に。 だから、最初から参加なんてしないことは分かりきっている。 溜め息をついて手の中の紙を丸め、ゴミ箱に放り込んだ。 部屋を出てクラブハウスへ向かう。 ルルーシュに、これからのことを聞きたかった。 それから、はっきりと伝えたかった。 「あれ、シャーリー?」 「あ、」 廊下で、出かけようとしているシャーリーに会った。 どこか不安そうで、おどおどしている。 「何処か行くの?」 「う、うん……ちょっと」 「そう」 珍しく言葉を制限しているシャーリーに少し不安がよぎる。 しかし、何かに焦っているようなシャーリーは、私との会話もそこそこに出て行ってしまった。 私の視線から逃れるように足早に去っていった彼女の姿は、すぐに見えなくなってしまう。 追いかけようかと私も表に出るが、シャーリーの姿はない。 躊躇った後、やはりクラブハウスへと足を向けた。 しかし今度は、クラブハウスの前で話をするルルーシュとリヴァルを見つける。 リヴァルとルルーシュが私に気付く。 「、何か用か?」 「大した話じゃないから、後でいい」 ヘルメットを被りどこかへ出かける様子のルルーシュを足止めするわけにもいかない。 リヴァルは私とルルーシュの顔を見比べて、悪戯っ子のように笑った。 「、ルルーシュは今からシャーリーに会うんだってよ」 「え?」 「シャーリーに呼び出されたんだってさ」 呆れたようにリヴァルを見るルルーシュ。 先ほどの様子のおかしいシャーリーの姿を思い出し、不安になる。 ルルーシュは何も心配していないようだが、シャーリーの用事というのは何か特別なものなんじゃないだろうか。 「行くの?」 「ああ」 「これで仲直りしてくれれば、俺たちも気が楽なんだけどなー」 リヴァルを前にして、これ以上何も言うわけにはいかない。 私の表情を不審げに見るルルーシュと、その表情を女心の複雑な動きだと受け止めているらしいリヴァル。 「私、ナナリーちゃんの所に行くね」 二人から顔を隠すようにクラブハウスの中に入った。 廊下を歩きながらも、頭の中にシャーリーの顔がちらついた。 ナリタに行った朝の、シャーリー。 つい先ほど会ったばかりの、シャーリー。 ルルーシュを好きだったことも、私と彼の話に花を咲かせたことも忘れてしまったシャーリー。 私は携帯電話を持ち、シャーリーのアドレスへかけた。 数回のコール音で、シャーリーの声がした。 「もしもし? どうしたの?」 「シャーリー、私たち、友達だよね」 「え? うん」 「何か、あったんじゃないの?」 「……どうして」 シャーリーの無防備な声が、とたんに警戒を始める。 どうして、知ってるの?と言おうとして言葉を止めたようだった。 「見てたら分かるよ。だって、友達だもん。ねえ、私には、話せないこと?」 「……分かんないの」 「ねえ、シャーリー、今どこにいるの? 私も、そっちに行っちゃだめ?」 「……」 シャーリーは黙り込んだ。 明らかに、私を警戒している。 友達なのに、私に怯えている? だけど、知らないところでシャーリーとルルーシュの仲が壊れてしまうのはもう嫌だ。 単なる私の自己満足にすぎないけれど、それでも、何かできることがあるならやりたかった。 シャーリーもルルーシュも、これ以上失って欲しくないし、失いたくなかった。 「シャーリーお願い。私のこと、信じて。私……」 「今、街に出てる。租界の――」 シャーリーが、静かに場所を告げた。 私は携帯電話を耳に当てたまま体の向きを変えてクラブハウスを飛び出す。 リヴァルもルルーシュも、もういなくなっていた。 いつの間にか電話は切れていたが、ひたすら走った。 街が流れるように過ぎていくのを眺める間もなく息を切らす。 息苦しくなって、一旦足を止めた。 途端に呼吸が速くなり、腰を折って肩で息をしていると、私の顔に影が降りた。 「本当に来たんだ」 顔を上げると、驚いた顔のシャーリーが立っていた。 息が荒れていて、何か喋ろうとしても上手く言葉にできない。 シャーリーの姿はつい先ほど別れたときと何ら変わりなく、顔を見る限り何かあったようには見えない。 「だ、大丈夫、だった?」 「の方が大丈夫じゃなさそうだけど」 絶え絶えに言葉を吐くと、面白そうにシャーリーが笑った。 そっと背中を撫でてくれる。 優しい彼女の手が、心にじわりと広がった。 「もう大丈夫」 「え?」 シャーリーの言葉に顔を上げる。 「変なことに首突っ込まないようにすることにしたの」 「……そう」 完全に何かを吹っ切ったわけではなく、心配事を残したままであることは見て分かった。 しかし、シャーリーの言うとおりだ。 シャーリーが何に悩んでいるにしろ、そこにルルーシュが関わっているのなら、触れないでおいた方がいい。 「ね、ルルーシュってさ……」 「!?」 突然シャーリーの口から出た彼の名前に、大きく心臓が跳ねる。 「何考えてんだろう」 「……それは、どういう?」 「さっき、イレブンを助けてたの」 初めてシャーリーと二人で、ルルーシュに会ったときのことを思い出す。 あの思い出も、彼女の中からなくなっていることを知った。 だけど、同じようなシチュエーションに、運命のようなものを思わず感じてしまう。 「さあ、何考えてるんだろうね、ルルーシュは」 「さ、ルルーシュのこと好きだよね」 「うん」 「そっか……」 私のはっきりとした素早い肯定に、シャーリーは苦笑した。 心配そうに私を見る。 「ルルーシュに何かされたら、頼ってね」 「え?」 「その時は、絶対ルルーシュから守ってあげる。が私のこと心配してくれたみたいに」 シャーリーの言葉の真意はよく分からなかったけれど、両手で小さく拳を作る彼女の姿。 何かに怯えているようで、不安がっている筈のシャーリーが、私を励ましてくれている。 ルルーシュの記憶がなくなったくらいでシャーリーに少し距離を感じていた自分が恥ずかしくなった。 彼女は何も変わっていない。 シャーリーは大切な私の友達のままだ。 「うん、ありがと」 私はシャーリーに抱きついた。 以前のように、シャーリーも私に腕を回して楽しそうに笑った。 << ○ >> |