ラジオの放送が途切れる。 ノイズ交じりになったかと思うと、放送が不自然に終わった。 何が起こったのかはよく分からない。 ただ、ユーフェミア皇女殿下の声がスピーカーから聞こえた瞬間のことだった。 惨劇の鐘 首を傾げるナナリーちゃんを咲世子さんに任せ、私は慌てて生徒会室へ走った。 あそこでなら、リヴァルたちがテレビ放送を見ている筈だ。 生徒会室に飛び込むと、案の定皆がテレビ画面に噛り付いている。 飛び込んできた私にシャーリーが驚いて目を丸くするが、それに構わず私は駆け寄った。 ミレイ会長、ニーナ、リヴァルは横目で私を確認し、またモニターに目を戻した。 「何が、あったの?」 「分かんない」 私の問いに、シャーリーが答えてくれた。 しかし、何が起こったのかを把握している人はいないようだ。 画面が荒れて、ニューススタジオでのコメンテーターたちの会話映像と、よく分からないナイトメアフレームが行きかう映像が交互に映る。 ナイトメアフレームは、戦闘の態勢を既に整えており、銃撃戦の音が響いている。 「なに、これ……? 映画?」 「……ちがうと思う」 リヴァルの答えは、ハッキリしていた。 ハッキリしていたけれど、そうでないことを祈るような、辛そうな声。 「何があったの?」 「ユーフェミア皇女殿下が、日本人の虐殺指令をだしたの」 ミレイ会長が、自分でもまだ半信半疑であるとでも言いたげな、自信のなさそうな小さな声で呟いた。 私は一度耳を疑い、今のミレイ会長の言葉をもう一度反芻する。 その意味を考え、理解する。 そして、もう一度モニターに目を戻す。 「じゃあ、これは――」 いつの間にか、スタジオの映像なんて消えてしまっていた。 そこにあるのは、走り回るナイトメアフレーム。 銃弾の跡が見える、穴の開いた式典会場。 そして所々に見える、赤。 「うそ」 思わず口を押さえる。 朝、見送ったルルーシュとC.C.の背中を思い出した。 気がついたら、私はクラブハウスを飛び出して走っていた。 街中にある大きなモニターに、富士の行政特区の惨状が映し出されていた。 その画面に釘付けになっている人々。 日本人の姿はない。 遠く遠く、富士の方向を見る。 私の足で向かえる場所ではない。 けれど、居ても立ってもいられず、富士山を目指して走った。 走りながら、電話を鳴らした。 機械音がして、ルルーシュを呼び出す。 しかし、ルルーシュは出ない。 走って走って、胸を覆う不安を消し去ろうとした。 今思えば、この不安がそもそもの始まりだったのだろう。 以前、シンジュクで民間人が殺されたというニュースを聞いたとき、私は似たような不安を感じた。 ルルーシュはその時にC.C.と出会い、そして彼の反逆が始まったのだ。 私にとって、彼がなくてはならない存在になったのも、その事件が元々のきっかけで……。 今度はルルーシュを失うことになってしまうんじゃないかと、不安が増していく。 もう一度電話を鳴らした。 待っても待っても、彼は出ない。 諦めてコール音を止めようとしたとき、ふいにその音が止まった。 「っルルーシュ!?」 「ルルーシュは今、演説中だ」 「……C.C.」 電話に出たのは、C.C.だった。 いつもの彼女のように、冷静で感情の読み取れない落ち着いた声。 変わらぬ様子に少し安堵する。 「ごめんなさい。あの、ニュースを見たら……居てもたってもいられなくて」 「そうか。、今学園にいるのか?」 「ううん、今は……租界」 「すぐに戻れ。黒の騎士団は富士でブリタニアを制圧した。日本人の暴動が起きるぞ」 「でも、私……」 「お前もブリタニア人だろう。危険だ」 「ルルーシュは大丈夫なの?」 C.C.が「ああ」と返事をするのと、周りで大きな悲鳴があがるのと同時だった。 声に驚いて振り向くと、ブリタニア貴族の前で血に染まって倒れている日本人がいた。 貴族の傍らに立つボディガードらしき人物が銃を構えている。 「人殺し!」 「ユーフェミア皇女殿下の命令だろう」 血塗れの日本人に寄り添った女性が、悲鳴のように叫ぶ。 それを聞いた貴族は、勝ち誇ったように笑った。 一連の流れを見ていた日本人が建物から出てきた。 「黒の騎士団が、ブリタニアをやっつけたぞ!」 建物の中にあるテレビの音声が、最大のボリュームになって外に漏れ出す。 ニュースの内容は、確かに、富士の式典会場を黒の騎士団が制圧したと伝えていた。 そのニュースを聞いた日本人が次々と建物から飛び出した。 勝ち誇った笑いをしていた貴族は、顔を凍りつかせる。 その貴族も、あっという間に日本人に囲まれて姿が見えなくなった。 「、身を隠せ」 「でも……」 「早く!」 怒ったようなC.C.の声に驚いて肩が震える。 その声に従うように再び走り出した私は、身を隠す場所を探す。 先ほどまで居た大通りで、人の悲鳴が聞こえた。 それは、一人のものではなかったけれど、日本人の声なのかブリタニア人の声なのか、全く区別がつかない。 身を隠すアテなどない。 そう思っていたけれど、気付けばあの場所に向かっていた。 私と姉と義兄が暮らした、あのマンション。 迷う間もなく駆け込み、階段を駆け上がる。 ドアノブを捻ると、鍵が掛かっていて開かない。 キーホルダーに束ねたままにしてあった古い鍵を取り出して、差し込んだ。 取替えのされていない鍵は素直に回り、ドアが開く。 室内に入りドアを閉めると、一気に外の喧騒が壁を隔てた。 「C.C.……」 「身を隠したか?」 「う、うん。一応」 C.C.が呆れたように、しかし安堵ともとれる溜め息をついた。 馬鹿な真似をして、迷惑をかけてしまった。 「ごめんなさい、C.C.」 「全く、ルルーシュのことになると馬鹿なことばかりするな」 「ごめんなさい」 「後で迎えに行ってやる。絶対に、見つからないようにしておけ」 C.C.の言葉で、明りをつけようとしていた手を引っ込め、慌ててドアの鍵を閉める。 「何処に隠れている?」 「マンション……実家の」 「ルルーシュなら、その場所を知っているか?」 「うん」 「ならいい。待っていろ」 そう言ってC.C.の通話が切れた。 私は久々のマンションを眺め、奥に進む。 住み慣れたはずの空間は、既に見知らぬ部屋になっていた。 家具もなにもない為、広く、寂しく感じた。 窓際に寄ると、外の喧騒が先ほどより更に大きくなっているのが聞こえた。 銃声も時折混じる。 その光景を目にするのが怖くて、私はブラインドを開けるのをやめてしゃがみこんだ。 携帯を見つめ、握り締める。 膝に、顔を埋めた。 << ○ >> |