冷めた瞳の、彼がいる。 どこか寂しそうで、何事にも無気力で、それでも時折驚くほどの憎悪と強い意志を瞳に宿す彼。 背を向けて遠ざかって行く彼を追いかけ、私はその体に手を伸ばす。 腕を掴むと、彼がゆっくり振り向いた。 振り向いた、彼の、ルルーシュの表情は――。 手の中の銃口 「いた」 額に衝撃を感じ目を覚ます。 目を開けると、私の膝小僧が視界いっぱいにあった。 どうやら眠っていたらしい。 舟を漕いで膝に額をぶつけたというわけだ。 骨と骨がぶつかったところを擦りながら部屋を見回す。 電気の点いていない部屋は真っ暗になっていた。 もう夜になっているらしい。 手に持ったままの携帯電話には、着信履歴が並んでいた。 慌ててチェックすると、リヴァルやミレイ会長、シャーリー、生徒会室からの着信だった。 窓の外からは、日本人の怒声が聞こえる。 少し寝ている間に、外は非日常な戦場となってしまっているようだ。 履歴から、シャーリーにリダイヤルする。 コール音が鳴ることなく、シャーリーが電話に出た。 「!? 今どこにいるの?」 「シャーリー、ごめん、電話出られなくて」 「それはいいけど、大丈夫なの?」 私を心配してくれていたらしいシャーリーの声には、安堵と少しの怒りが含まれていた。 後ろから、興奮したように私の様子を探るミレイ会長やリヴァルの声が聞こえる。 皆に心配をかけてしまったことを反省する。 「ごめん、シャーリー。私は大丈夫」 「今、どこ?」 「今……学園の外」 「、今の状況分かってる?」 「うん。だから、動けないの」 「……そこは、安全な場所?」 「今のところは」 シャーリーが電話の向こうで、リヴァルやミレイ会長に私のことを話すのが聞こえた。 学園内にいないと聞き、二人が驚いた声をあげる。 ミレイ会長が「迎えに行く!」と叫ぶのが聞こえた。 それに頷いたシャーリーが、もう一度電話に出る。 「、場所教えて」 「だめ」 「どうして!?」 「迎えに来たら、危ないから」 「でもは――」 「私は自業自得だし、なんとかするから。皆は、絶対そこにいて」 「ちょっとちょっと! あんたまた一人で無理してっ!」 突然ミレイ会長が電話口で叫ぶ。 シャーリーから電話を奪ったようだ。 「何処にいるのか言いなさーい!」と怒鳴るミレイ会長の言葉には応えない。 私の意志が固いと分かったのか、会長は一度言葉を止めて息を整える。 そして、落ち着いた声でもう一度話し掛けてきた。 「そこに、ルルーシュは?」 「いないけど……」 「ルルーシュもまだ戻ってきてないの。知らない?」 「――ごめんなさい、知らない」 「そう」 溜め息をついて会長はもう一度私に確認した。 「、本当に大丈夫なのね?」 「はい」 「分かった。絶対、無事でいなさいよ」 「はい」 返事をして通話を終える。 真っ暗な部屋。 電話という他人との繋がりが切れた私に、空気が刺さった。 窮屈な空間に押し込められたようにプレッシャーを感じ、身を縮まらせた。 いつの間にか、外の喧騒は静まっていた。 どこか遠くで、建物の壊れる音がする。 まるで波が引いたかのように、周囲には人の気配がない。 皆、何処へ行ってしまったのだろう。 しかし窓から顔を覗かせることも躊躇われ、私は痛いほどの孤独感の中に身をおき続けた。 そのとき、再び携帯が光りだす。 ディスプレイには、ルルーシュの名前。 私は慌てて通話ボタンを押した。 「もしもし」 「、ドアを開けろ」 淡白なC.C.の声。 私は慌てて立ち上がり、真っ暗な部屋を横切って玄関に向かった。 暗闇に覆われた部屋、それでも私の足は躊躇うことなく正しい道のりを進んだ。 玄関に立ち、鍵を開ける。 カチリと鍵の開く音がした後、外からドアノブが回った。 扉が開き、帽子を深く被り洋服を着た細身の女性が中に入ってきた。 再びドアが閉まり、それと同時に女性が帽子を脱ぐ。 帽子の中に纏められていた長い緑の髪が落ち、呆れたようなC.C.の瞳が私を見ていた。 彼女は手に持っていた紙袋を私に無理やり手渡す。 「お前の服が入っている、すぐに着替えろ」 「え……」 「その制服のまま歩くのはまずい」 「あ、うん」 私はアッシュフォード学園の制服を身に纏ったままだった。 紙袋の中に、着替えが用意されていた。 それから、顔を隠す為の帽子も。 私が着替えている中、C.C.はこれからのことを話す。 「今、黒の騎士団は各地の部隊を率いてトウキョウ租界へ来ている。とりあえずルルーシュの所へを連れて行く。その後、作戦の過程でアッシュフォード学園へ行くついでにお前をそこで降ろす。いいな?」 「……学園に?」 「ああ」 「……私も――」 「戦えないお前は足手まといだ。絶対に一緒に来たいなど言うなよ」 「……」 相変わらずはっきりとものを言う。 彼女の物言いが胸に刺さりつつ、現在進行形で迷惑をかけすぎている今、私に返す言葉などある筈がない。 「、帽子はできるだけ深く被れ。それから髪は全部帽子の中だ」 「う、うん」 C.C.に言われ、帽子を目一杯深く被る。 紙袋が空になったことを確認しようと中を覗くと、黒い塊が見えた。 触れるとそれは、硬くて、手におさまる程度の大きさのもの――。 「護身用だ、持っていろ」 「……私が、これを……」 「いざと言うときは、自分の身くらい自分で守れ。行くぞ」 紙袋の底から銃を手に取る。 馴染まない冷たく硬い質感。 それを掌の中で固く握り締めた。 C.C.が開いたドアから外へ出ると、周りの様子は激変していた。 並んでいた建物は、ほとんどが廃墟と言ってもいいほどだった。 崩れ落ちたビルやマンション。 日の沈んだ真っ暗な空が、荒れ果てた惨状をより一層演出している。 「……戦争が、起こったみたい」 「戦争が、起こっているんだ」 私の呟きを拾い、C.C.が淡々と答える。 同じような光景を幼い頃に見たことがある。 日本がブリタニアに占領されたときのことだ。 あの時も私は、守られていた。 姉に、義兄に。 そして今も、C.C.に守られて荒れた地を歩く。 私は全然成長していない。 守りたい人がいるのに、守られてばかり。 ちっぽけな私の手に握られた銃が、大きな存在感を放つ。 自分の身を自分で守る、そうじゃない。 私がやるべきことは、やりたいことは、そうじゃない。 引き金に、指をかけてみた。 大切な人の為に、私はこの引き金をひくことができるだろうか――。 << ○ >> |