割れた仮面 「……ここは?」 目を開くと、見たことのない光景が広がっていた。 薄暗く、先ほどより湿った空気が、ここは学園内ではないことを瞬時に把握させる。 私は気を失って倒れていたようだ。 体の下が固い。 起き上がってみると、平らに加工された岩肌の上にいた。 薄暗い周りを見回し、右を向くと入り口らしい光の塊が見えた。 明りに照らされた岩壁で、ここは洞窟内らしいと気付く。 左を見る。 そこには、まるで世界のガイドブックで見るような、古めかしくも人工的に加工された石の壁があった。 石の壁は上から当たる日の光で、そこだけステージのように眩しかった。 「なに、これ……」 立ち上がり、綺麗に削られている岩壁に触れる。 背の高い、大きな壁は何かの入り口のようにも見える。 しかし平らなその壁に、入り口を開くための装置は何もついていない。 そこに大きく描かれた何かの記号のような絵。 その絵……マークには見覚えがある。 これは、C.C.の額に描かれているものだ。 それは、つまり――。 「ギアスの……?」 気を失う直前の記憶が蘇る。 固く握ったはずのナナリーちゃんの手。 幼い姿をしたV.V.と名乗る少年。 私は空っぽの手を見る。 「ナナリーちゃん!?」 洞窟内を見回し、ナナリーちゃんの名前を何度も呼ぶ。 しかし返答はこない。 ただ声が響く。 どうして、どうして手を離してしまったんだろう。 どこにもいない。 ナナリーちゃんがいない。 V.V.がC.C.の関係者であることは、最早疑いようがない。 そして、ギアスのことが関係していることも。 しかしそれが、ナナリーちゃんに何の関係が? どうしてナナリーちゃんを迎えに? 洞窟は意外と広く、しかし私がナナリーちゃんを探して何処にもいないと判断するには十分なほどだった。 私はC.C.に渡された銃を取り出した。 どうして、V.V.が現れたときにすぐこれを使わなかったのだろう。 明らかに怪しかった、あんな状況で現れる彼をどうして私は黙って引き入れてしまったのだろう。 後悔だけが募り、銃身を握る。 何の為の、私だ。 守ろうと決めたものすら守れない、私にしかできないと思っていたことすら、全うできない。 そのとき、外で轟音が響いた。 近くで戦闘しているような音が聞こえる。 ナイトメアが激しく争っているようだ。 周りを見回し、私は近くの岩陰に身を潜めた。 何者かが、一人で洞窟内に入ってくる。 岩陰からそれを見つめるが、一瞬逆光でその姿が誰のものか判断ができなかった。 次の瞬間に、気付く。 ルルーシュだ。 ゼロの仮面を被った彼が、駆け足で洞窟の奥へ進む。 岩陰から飛び出そうと体が勝手に動いた。 しかし、手にあるものの硬い感触が、私を引き止める。 私の手の中にあるもの、それは、ナナリーちゃんの手ではない。 ルルーシュに頼まれた筈じゃないか、傍にいてくれと――。 私は……私はそれができなかった……。 ルルーシュの前に出て、見知らぬ男子にナナリーちゃんを攫われたと、私は何も分からず此処で寝ていたと言う? 情けなさと悔しさで、思い切り歯をかみ締める。 手に握ったままの銃を更に強く握る。 私に気付かないルルーシュは、ステージのような岩壁に駆け寄り、手を触れようとした。 しかし、彼の手が岩壁に触れるその直前に、鋭い銃声が聞こえた。 一瞬、壁に火花が散る。 ルルーシュの後ろに、銃を構えたスザクが立っていた。 「こちらを向け。ゆっくりと」 聞いたことがないような冷たいスザクの声。 背を向けたまま動かないルルーシュの背に、スザクが再び声を掛ける。 彼の声は平坦で、冷徹な調子を崩さない。 「ユーフェミアは罪なき日本人を一方的に殺した。君はそんな女を――」 「便利な力だな、ギアスとは」 スザクはギアスのことを知っている。 ルルーシュは勿論、私も驚く。 銃口を向けられたままのルルーシュを庇うために、出て行くべきか迷う。 しかし、ここで私が出て行ってしまえばゼロと私の関係から、ゼロの正体がばれてしまう可能性もある。 「カレン、君もゼロの正体を知りたくはないか?」 「何を今更」 私のいる方とは反対側の壁際にある岩陰から、カレンの姿が現れた。 銃をスザクに向けている。 「君にも立ち会う権利がある」 淡々と語るスザクが、銃口をルルーシュに向ける。 スザクを止めようとし、躊躇う。 仮面が取れていない今、私が出て行くことで彼の正体が暴かれることになるのではないか。 しかし仮面をとられてからでは遅い。 どうしよう、どうしよう、どうしよう――。 スザクが引き金をひいた。 ルルーシュの仮面に弾が当たる。 仮面に罅が走り、亀裂が綺麗に伸びた。 ゼロの仮面は、あっさりと、きれいに真っ二つに割れ、彼の顔から落ちた。 額から赤い血を流したルルーシュの顔が曝される。 無様ではなく、腹をくくったような、冷静ないつものルルーシュ。 「なんで……どうして……!?」 カレンが、衝撃を受けたように膝を折り、地にへたり込んだ。 スザクが悲しそうに顔をゆがめた。 「信じたくは、なかったよ」 ルルーシュは顔に流れる血を拭うことなく、笑った。 「そうだ、俺がゼロだ」 「あなたは私たち日本人を利用していたの? 私のことも……!?」 「結果的に日本は解放される、文句はないだろう」 カレンは自分の問いへの返答に、涙を流した。 スザクが残念そうに、怒りを入り混じらせながら、首を振った。 「早く君を逮捕すべきだったよ」 「気付いていたのか?」 「確信はなかった。だから否定し続けてきた」 友人であったルルーシュのことを信じたかったスザク。 「だけど君は嘘をついたね。僕とユフィに……ナナリーに」 「ああ、そのナナリーが攫われた」 ルルーシュの言葉に驚くようにスザクは顔を上げた。 彼にとってもナナリーちゃんのことは予想外だったのだろう。 呆然と事の成り行きを見守っていた私も、我に返る。 ルルーシュの顔には血が彼の顔のラインを作ったままだ。 ナナリーちゃんを探さないと……。 ルルーシュも、スザクにナナリーちゃんのことを話していた。 今だけは、ナナリーちゃんの為に力を貸してほしいと。 「俺とお前、二人いればできないことなんて――」 「甘えるな」 スザクは銃口をルルーシュに向けた。 だめだ。 ルルーシュは、ナナリーちゃんを救いにいかないと、だめだ。 私には、やりきれなかった。 だから、せめてルルーシュをナナリーちゃんの所へ、行かせてあげないと。 私は手の中の銃を握り締め、岩陰から出る。 << ○ >> |