慟哭反響 「銃を下ろして、スザク」 「……?」 岩の陰からゆっくりと、歩み出る。 スザクは驚いたように目を見開いた。 しかし、それはルルーシュもカレンも同様だ。 スザクは、私を呆然と見た後、無理やり顔を硬くしてみせた。 「驚いたよ。君も、関わっていたなんて」 急に冷めた表情で私を見る。 こんな目でスザクが私を見るなんて、考えたこともなかった。 必死に平静を装って銃口をスザクに向ける。 「、邪魔をしないでくれ」 「できない相談よ」 「手が、震えてるよ」 この場にそぐわない優しい声、優しい視線。 スザクは、やっぱりスザクだ。 人に銃を向けたことのない私は、情けないことに手の震えを抑えることができなかった。 本当に、引き金をひくことになってしまうのかと思っただけで、銃を捨ててしまいたい衝動に駆られる。 「? な、なんで…?」 落胆に、絶望に満ちた声でカレンが呟く。 「ゼロがルルーシュで、ルルーシュがゼロだから」 「え?」 どうして、ルルーシュじゃ駄目なんだろうと、悲しくなった。 仮面を被ったゼロに寄り添って忠実だったカレン。 何故、どうして、仮面をはずしたルルーシュでは、駄目なのか。 利害が一致しているのだから、手を取り合ったっていいじゃないか。 もしも、ゼロがルルーシュじゃなかったら、カレンはそう考えていたかもしれない。 「カレン、どうしてルルーシュじゃ駄目なの?」 「ルルーシュだろうが、ゼロだろうが、してはいけないことをしたんだ。彼は、世界を裏切った」 スザクが強く言い放つ。 彼はルルーシュを睨み付け、視線をはずさない。 言葉に詰まったカレンは、未だ冷静になれず崩れ落ちている。 「スザク、ルルーシュを撃たないで」 「、銃を下ろすんだ」 「スザクが、銃を下ろすなら」 私は譲るわけにはいかない。 けれどスザクも譲らない。 完全に意味のない堂々巡りになってしまう。 しかし―― 「、君なら分かるだろ。僕なら、君を抑えてそのままルルーシュを撃つことができるよ」 「確かに、スザクの身体能力なら、可能だろうね」 「それに、きっと君に人は撃てない」 パァン 銃声が、響いた。 スザクの髪数本が、宙を舞う。 驚いたように、表情を凍りつかせるルルーシュとスザク。 「撃てるよ。私はね、軍人の義妹なんだから」 大切な人を守るために、銃を構えた義兄。 私も、大切な人を守るために、撃ってみせる。 スザクは少し呆然とした後、表情を堅くした。 「、君の義兄さんは君にこんなこと望んでいなかったはずだよ」 「……」 「が幸せになる為に、戦ってくれてたんじゃないか。その気持ちを裏切っちゃ駄目だ」 優しい義兄の顔が、脳裏をよぎった。 姉を誰よりも愛し、姉と私を養うために望まぬ仕事に励んでくれた義兄。 そして、無残に散った義兄。 悲しみのあまり、涙に暮れた姉。 「、銃を下ろすんだ」 スザクの手が、私に伸びる。 私の脆い精神が、人に銃口を向けなくていいんだという選択肢を大きく示す。 ゆっくりと視線をルルーシュに移した。 どこか寂しそうで、何事にも無気力で、それでも時折驚くほどの憎悪と強い意志を瞳に宿す彼。 気がついたら、目で追っていた。 最初はその感情の名前も知らず、ただ自分の心に従って彼を追いかけた。 追いかけて追いかけて、やっと追いついたと思ったけれど、それでも彼はいつだって――。 「……」 スザクが悲しそうな顔を見せた。 私の銃口は、力強く彼へと向かう。 もう、手は震えない。 「義兄は、誰よりも大切な人を守って戦ったの。私も、誰よりも大切な人を守って、戦うの」 「」 「ルルーシュ、早く行って。ここは、私が残るから」 悲しそうに私の名を呼ぶスザクは、まるで私の義兄のようだった。 呆然とするルルーシュに声を掛け、促す。 しかしルルーシュは、先へ進もうとしない。 「ルルーシュ、早く、行って!!」 「そんなこと、できるわけないだろう!」 「どうして!? ナナリーちゃんを迎えに行くんでしょう! 早く!」 「駄目なんだ! もう……ナナリーだけじゃ、駄目なんだ」 搾り出すように、ルルーシュが呻いた。 ルルーシュから、初めて聞く、想い。 ずるい、こんな時にそんなことを言うなんて。 いつもいつも、言って欲しいときに何も言ってくれなかったくせに――。 「ズルイよ、ルルーシュ。なんで、今、そんなこと……」 「、お前は撃つな」 ルルーシュの言葉で、力が抜けるのを感じた。 視界が涙で曇る。 膝がまともに伸びなくなり、ゆっくりと足が崩れた。 悔しくて、悲しくて、それでも少し嬉しいと想っている自分が腹立たしかった。 私に、ルルーシュを守れる力はないのだ。 C.C.のような共犯者にもなれない。 カレンのような、部下にもなれない。 ただの、足枷と成り果ててしまった、私。 切り捨ててくれれば良かったのに。 せめてルルーシュの目的の為に、囮にでも使ってくれれば良かったのに。 未だ言葉を失ったままのカレンを見た。 醜い感情が押し寄せてくる。 「カレン、なんで……ルルーシュじゃ駄目なの」 カレンが肩を震わせた。 「私が、カレンだったら良かったのに……!!」 悔しくて妬ましくて、羨ましくてしょうがなかった。 カレンへぶつけた私の醜い嫉妬が、カレンの顔を辛そうに歪ませた。 ナイトメアの操縦が出来ない私、特殊な能力など何も持たなかった私。 「は、それでいいんだ」 スザクの声が私に降り注ぐ。 残酷な、言葉。 涙腺が決壊してしまったかのように涙が流れ、嗚咽が漏れる。 息が思うように出来なくて苦しい、頭がフワフワとして、思考が失われてしまったかのようだ。 みっともない姿を晒してしまうのが嫌で、両手で顔を覆った。 しかし留まることのない涙と嗚咽。 次第に周囲などどうでもよくなってくる。 思考が動かない。 身の内に大きくてドロドロとした塊が蠢いているようだ。 吐き出さなくちゃ、醜い何かを吐き出さなくちゃ、私は壊れてしまうかもしれない。 「う」 食い縛った歯の間から、声にならない声が漏れた。 それが、決壊の合図。 洞窟内に、私の叫びが響いた。 声など、このまま枯れてしまえばいい。 息ができなくて、苦しい。 このまま、息絶えてしまえばいいのに。 << ○ >> |